GUNSLINGER GIRL 作:相田裕 ---------------------------------------- ■第2話 Love thy neighbor ♂ジョゼ(ジョゼッフォ・クローチェ): ♂ジャン(ジャン・クローチェ): ♂ヒルシャー(ヴィクトル・ヒルシャー): ♂マルコー(マルコー・トーニ): ♂ジョルジョ: ♂ニハッド: ♂エミリオ: ♂ダニエレ: ♂議員秘書: ♀リコ: ♀ヘンリエッタ: ♀フェッロ: ♀トリエラ: ---------------------------------------- ***社会福祉公社、トリエラとリコの部屋。 リコM「年のはじめ、内閣の発行したパンフレットの片隅に、身障者を福祉活動に従事させることで、社会参加への門戸を開くという事業計画が載っていた。生まれつき四肢に障害のあった私のせいでいつもけんかばかりしていたパパとママは、お医者さんの薦めに従って17枚の書類にサインした。」 ***リコ、ゆっくり目を覚まし自分の手を見る。 リコM「こうして私は、生まれてから一度も外へ出なかった病室で迎えた11歳の誕生日に、初めて自由に動く自分の体を手に入れたのだ。」 ***ヘンリエッタ、二段ベッドの上段から下段のリコを覗く。 ヘンリエッタ「おはようリコ。」 リコ「おはよう。」 ヘンリエッタ「晴れてるからお洗濯しよ。」 リコ「うん。」 ***公社、ランドリースペース。 リコM「私は公社での生活をとても気に入っている。言われた通りにしていれば皆優しいから。」 ***公社、屋上。洗濯物を干す二人。 リコM「それに。それに例えば。朝の静謐な空気。洗剤の香り。空と太陽と…。…そして自分の体。これら全ては病室のベッドの上にはなかったものだ。」 ---------------------------------------- ***時間経過。公社、屋上。リコ、ヘンリエッタ、トリエラ。 トリエラ「ヘンリエッタ、今日の私たちの予定は?」 ヘンリエッタ「野外射撃場で訓練って聞いたけど…。」 ***トリエラ、ニヤり。 トリエラ「そっか。」 ヘンリエッタ「トリエラ、何か嬉しそうだね。」 トリエラ「んー?ヒルシャー先生の座学よりマシかなってね。」 ***トリエラ、立ち上がり大仰にヒルシャーのモノマネ。 トリエラ「『トリエラ、テキスト36商人シャイロックの台詞から読みなさい。』」 ヘンリエッタ「(笑)」 ***リコ、微笑んで。 リコ「私は…。知らない事ばかりで机の上の勉強も楽しいよ?」 トリエラ「はいはい。リコは何でも楽しいんだろ?」 リコ「うん。」 ---------------------------------------- ***公社、野外射撃場。義体と担当官がセットで射撃訓練。 ***リコが打ち終え、ターゲットをジャンが確認する。 ジャン「……全然駄目だ。もっと自由に自分の体を扱えるようにしろ。」 リコM「私たちにはそれぞれ公社の大人の人が担当についている。」 ジャン「次はバースト10秒だ。」 リコM「訓練でも仕事でもいつも一緒なので、二人まとめてフラテッロと名付けられた。フラテッロ、”兄弟”という意味だ。」 ---------------------------------------- ***射撃ヤードの後ろで話しているヒルシャーとマルコー。 マルコー「ヒルシャー、トリエラの指導はしないのか?」 ヒルシャー「僕は側にいない方がいいのさ。」 マルコー「情けない兄貴だなあ。」 ヒルシャー「君こそ自分の「妹」は?」 マルコー「どうも義体の調子が悪くて休ませてる。しばらく仕事には使えないかもな。」 ヒルシャー「今度の仕事は何なんだい?」 マルコー「ああ…最近ある大物政治家がな……、「個人的な用件」を頼みたがってるらしい。」 ヒルシャー「個人的…ね。うちの子に変な仕事はさせたくないな。悪い人たちをやっつけろって言って五共和国派のアジトを襲わせるのは簡単だけどさ…。そういう仕事は作戦一課の方が専門じゃないのか?」 マルコー「それがだ。その政治家ってのは……。義体運用係の俺たち二課の支援者なんだな。ただで親切にしてくれる奴には要注意だ。」 ---------------------------------------- ***公社、射撃訓練用建屋。ヘンリエッタが訓練中、薬莢を踏んで転ける。 ヘンリエッタ「きゃっ…!!」 ***ジョゼ、ヘンリエッタを受け止める。 ヘンリエッタ「んっ!……あ。」 ジョゼ「実戦で転んだら死んでしまうぞ。」 ヘンリエッタ「はいっ」 ジョゼ「今度排莢受けを付けようか。」 ジャン「おい、ジョゼ。」 ***ジャン、呼びかけ近づく。 ジャン「仕事の日取りが決まった。訓練は中止だ。」 ---------------------------------------- ***公社、会議室。 ジャン「今回の仕事は政治家の暗殺だ。標的はサッサリ・カソリック急進党のマスカール下院議員。一週間後、ローマのヴィラ・ガッディホテル滞在中に実行する。詳細はこの資料のとおりだ。質問は?」 ジョゼ「ジャン。それは例の大議員の依頼なのか?」 ジャン「ああ。マスカール氏はコンラート法改正の件で大議員と対立しているらしい。幸い彼はテロ批判にに熱心だから、犯行はテロリストのものと偽装する。ヒルシャーとマルコーはうちの課員を使って準備してくれ。」 マルコー「わかった。」 ジャン「犯人は今エルザ・ラウーロ組が用意している所だ。」 ***後ろで聞いていた課員たち。 ジョルジョ「なあフェッロ…。まるで俺たち悪人みたいだな。」 フェッロ「みたい、じゃなくて実際そうなの。」 ニハッド「『汝の隣人を愛せ』ってあんたらの神様は言ったんじゃなかったの?」 フェッロ「相手も愛してくれるとは限らないもの。」 ニハッド「……。ロマンのない女だねえ…。」 ジョルジョ「ニハッド、こいつに真実の愛を教えてやれ。」 ---------------------------------------- ***ヴィラ・ガッディホテル前。公社の車の中にジャンとリコ。 ジャン「いいかリコ。このホテルに標的の議員が宿泊する。無事暗殺に成功したら…、その後現場からは五共和国派の毛髪や靴跡が発見される。そういう計画だ。今日はここの下見をするからな。」 リコ「はい。」 ジャン「中は後で俺と回るから、先に裏口を確認してこい。」 ---------------------------------------- ***リコが裏口を見回していると、ホテル従業員エミリオ出てくる。 リコ「!」 エミリオ「?」 リコ「あ…」 エミリオ「何か用?ここは業務用だから来ちゃだめだよ。」 リコ「ええと…。わたし…」 エミリオ「ああ、ひょっとして楽器を弾く場所を探してたの?」 リコ「え?」 エミリオ「その手に持ってるの楽器だろ?」 ***リコの手には楽器ケース。ただし中身は銃。 リコ「うん…。」 エミリオ「ここで良かったら構わないよ。どんな曲か聴かせてよ。」 リコ「これは…だめ。」 エミリオ「どうして?」 リコ「ええと…。上手に弾けないから。」 エミリオ「そっかあ…、まだ見習いなんだ。僕と同じだ。僕の名前はエミリオ。君は?」 リコ「リコ…。」 エミリオ「へえ…。変わった名前だね。」 リコM「この男の子はとても良くしゃべる。男の子とは皆そうなのだろうか……。どう話せばいいのか…、困る。」 エミリオ「僕はこのホテルで働いてるんだ。うちの親父は失業して飲んだくれてるからさ。だから早く一人前になって働くんだ。 リコ「そう…。」 エミリオ「リコのお父さんは何をやってるの?」 リコ「多分まだ市の水道局ってところにいると思う。」 エミリオ「多分?一緒に暮らしてないの?」 リコ「何年も離れていて会ってないから。」 エミリオ「じゃあ学校の寮か何かに入ってるのか。」 リコ「うん…。そんな感じ。 エミリオ「………。寂しくない?お父さんやお母さんに会えなくて。」 リコ「うん…。大丈夫…。」 ***リコ、少し悲しそうな顔。 リコ「大丈夫だよ。」 エミリオ「……。そっか。」 ---------------------------------------- ***ホテル前。車で待つジャンとジョルジョ。 ジョルジョ「遅いっすね。」 ジャン「ああ。一人じゃ何も出来ない奴だ。」 ---------------------------------------- ***再びホテル裏。 エミリオ「…それでダニエレさんに言ってやったんだ。今は貧乏人だけど…、そのうちいつか出世してみんなを見返してやるってさ。」 リコ「ねえエミリオ…。」 エミリオ「ん?」 リコ「そろそろ仕事に戻った方がいいよ?」 エミリオ「どうかしたの?」 リコ「ええとね…。私もそろそろ行かないといけないし…、エミリオも戻らないと怒られるでしょ?」 エミリオ「うーん…、そうかあ…。」 ***リコ、駆け出しながら。 リコ「ごめんねっ」 エミリオ「ねえリコ。」 リコ「?」 エミリオ「僕はいつもここらへんで働いてるからさ、今度こそ楽器を弾いてくれよ。」 リコ「え?うん…。それじゃ、行くね。」 ***リコ、駆け去る。 ***従業員口からコックらしき男ダニエレが出てくる。 ダニエレ「エミリオ、いつまで休んでんだ。」 エミリオ「あ。ダニエレさん聞いてくれよ!」 ダニエレ「どうした。」 エミリオ「さっきここで女の子に会ったんだ。」 ダニエレ「女の子?」 エミリオ「ああ。すごく可愛いんだ。たぶんフランス系でブロンドで、アマーティの楽器ケースを持ってた。」 ダニエレ「なんでえいったい…。一目惚れか?悪いことは言わん、やめておけ。」 エミリオ「どうしてさ。」 ダニエレ「フランス系でブロンドの、アマーティを持ったお嬢さんだろ?飲んだくれの息子とつりあうものか。」 ---------------------------------------- ***ホテル表。ジャンの元にリコ戻る。 ジャン「遅かったな…。」 リコ「すみません。」 ジャン「向こうで誰かに会ったのか?」 リコ「いえっ。」 ***しばし間。ジャン、リコの頭に手を置く。 ジャン「もし仕事中に誰かに姿を見られたら…、必ず殺せ。」 リコ「はい。」 ---------------------------------------- ***公社、ヘンリエッタとリコの部屋。 ***ヘンリエッタは破れたシャツを縫い、リコは銃の手入れをしている。 リコ「ねえヘンリエッタ。」 ヘンリエッタ「何?」 リコ「楽器を弾けるようになるのって大変?」 ヘンリエッタ「突然どうしたの?」 リコ「今日現場の下見に行ってね…」 ヘンリエッタ「うん。」 リコ「エミリオって男の子に会ったの…。」 ヘンリエッタ「え?」 リコ「エミリオはホテルのポーターなんだけど…」 ヘンリエッタ「へえ…。」 リコ「私のケースを楽器だと勘違いしたみたい…。それでいつか聴かせてくれって…。」 ヘンリエッタ「私もまだエチュードしかできないけど、すぐには無理だと思うよ?」 リコ「やっぱりそう?」 ヘンリエッタ「それに…、その子に会うのも難しいんじゃないかな…。」 リコ「うん…、そうだよね。」 ヘンリエッタ「それでも…。」 ***ヘンリエッタ、リコの方へ向き直る。 ヘンリエッタ「それでもさ。ひょっとしたら、その男の子はリコのことが好きなのかもしれないね。」 リコ「そういうのって良くわからないけど……。もし私なんかを空いてくれる人がいたら、幸せだな。」 ---------------------------------------- ***時間経過。マスカール議員暗殺決行当日。 ***ホテル内に設けられた仮設司令室。ジャン、各所と無線で話す。 ニハッド「こちらロビーです。今議員がチェックインしました。」 ジャン「護衛はどうだ?」 ニハッド「予定通り秘書と二人きりです。」 ジャン「盗聴は上手くいってるか?」 ジョルジョ「順調に拾ってます。これからシャワーを浴びるとかなんとか言ってますよ。」 ジャン「よし。そのタイミングで仕掛けるぞ。ヘンリエッタとトリエラは後詰めで待機しろ。大勢で目立ちたくない。」 ***議員の宿泊室の前。リコ、ノックして。 リコ「ルームサービスです。」 議員秘書「どうぞ。」 ***部屋に侵入。同時に秘書の頭を撃ち抜く。 ***続いてシャワールームから出てきた議員を射殺。 リコ「終わりました。」 ジャン「すぐ戻って来い。処理班を向かわせる。」 リコ「わかりました。」 ***秘書、まだ生きており電話に手を伸ばす。リコ、トドメを三発。 ジャン「リコはまだ出てこないのか。」 ***議員の宿泊室外、通路脇で待機するジョゼとヘンリエッタ。 ジョゼ「ジャン!従業員が一人こっちに来たぞ。今外に出たらまずい。」 ***リコ、知らず議員の部屋から出る。エミリオとハチ合わせる。 リコ「!!」 エミリオ「え?リ…リコ?リコがどうしてここに。それ、うちの制服じゃないか。」 リコ「ええと…」 ***エミリオ、リコの手の銃に気づく。 エミリオ「リコ……」 リコM「ええと…、こんな時何て言うんだっけな…。ああそうか…」 リコ「ごめんね。」 エミリオ「え?」 ***リコ、エミリオに引き金。 ---------------------------------------- ***時間経過、翌朝。 ***リコ、ゆっくり目を覚まし自分の手を見る。 リコM「朝、目が覚める度一番気になることがある。それは今日も自分の体がちゃんと存在するかということ。良かった、動く。自由な体。素晴らしいことだ。」 ***リコ、体起こす。 リコM「社会福祉公社。私はここでの生活をとても気に入っている。」 La fine