GUNSLINGER GIRL 作:相田裕 ---------------------------------------- ■第4話 エルザ・デ・シーカの死(前編) ♂フェルミ(ピエトロ・フェルミ): ♂ジャン(ジャン・クローチェ): ♂ジョゼ(ジョゼッフォ・クローチェ): ♂ロレンツォ(ロレンツォ・ピエリ): ♂バラッキ: ♂部下: ♂警官: ♂ドラーギ: ♀リコ: ♀ヘンリエッタ: ♀トリエラ: ♀エレノラ(エレノラ・ガブリエリ): ---------------------------------------- ***年末。ある公園の広場。 ***男と少女の射殺体。それを警官や刑事が囲んでいる。 ***男は頭を、少女は右目を撃ちぬかれている。 部下「これはひどいですね警部。」 バラッキ「殺害されたのはおそらく深夜だな。」 部下「強盗殺人ってとこですか?」 バラッキ「そんな雰囲気でもなさそうだ。」 部下「財布もパスも手つかずですね。」 バラッキ「被害者の身元はローマ在住の商社マン親子か…。」 ***部下、落ちていた拳銃をつまみ上げる。 部下「この拳銃は犯人が置き捨てたものでしょうか?」 バラッキ「ドイツ製の自動拳銃ってのは珍しいな…。」 ***後ろから呼び声。 警官「バラッキ警部。」 バラッキ「何だ。」 警官「SISDE(内務省情報局)の方が見えてますが…。」 バラッキ「……呼んできてくれ。」 警官「はっ。」 部下「情報局が何の用でしょう。」 バラッキ「どうやらやっかいな事件らしい。 面倒な事になりそうだ。」 ***ジャンと作戦二課課長ロレンツォ、バリケードテープを越えて入ってくる。 ジャン「君がここの責任者か。」 バラッキ「市警のバラッキです。 突然内務省がやって来るとはどうした事ですかな?」 ジャン「この殺人には重大事件との関わりが疑われている。 この件は我々が担当することになった。 必要書類は全てここに揃っている。」 バラッキ「そういう事ならどうぞ御自由に。 これで私たちもクリスマス休暇に戻ることができる。」 ***バラッキと部下、立ち去る。 部下「警部! 何だかおかしくないですか?急に内務省が来るなんて。」 バラッキ「気にするな。連中が自分から面倒を抱えたいと言うんだ。 とは言え…、確かに妙な感じはあった。 情報局の人間にしては手際がいいし。 何より仕事熱心すぎる…。」 ***ジョゼとロレンツォ、義体エルザと担当官ラウーロの死体を見る。 ロレンツォ「ジャン、確かにうちの子か?」 ジャン「ええ、課長。昨日外出したままのエルザ・ラウーロ組です。 脳を破壊されて即死ですね。」 ロレンツォ「殺したのは誰だ?このフラテッロは任務中だったのか?」 ジャン「記録では私用で外出とありました。 犯人は今の所限定できません。」 ロレンツォ「もし公社の人間と知って襲ったなら五共和国派(パダーニャ)か南部マフィア…」 ジャン「国内の政府機関もありえます。」 ロレンツォ「あるいは…、身内の作戦一課かもしれん。」 ジャン「戦闘で義体が喪われるのは初めてですから、我々二課の攻撃には絶好の口実でしょう。」 ロレンツォ「どちらにせよ一課のドラーギが何か言ってくるな…。 記録をとったら遺体を回収しろ。 私は先に戻って部長へ報告する。」 ---------------------------------------- ***公社にほど近いカフェ。 ***ジョゼとヘンリエッタ、楽しげに会話。 ヘンリエッタ「それでトリエラは8人目のくまさんにアウグストゥスって名付けたんです。 今度は62人そろえてやるぞって。 でも私たちの部屋じゃすぐいっぱいになっちゃいますよね。」 ジョゼ「ヘンリエッタもぬいぐるみが欲しい?」 ヘンリエッタ「い…いえっ!! 私はジョゼさんとクリスマスを過ごせるだけで…。 それで十分です…。」 ジョゼ「いやいや。もっと欲張ってもらいたいな。 あいにくぬいぐるみほど女の子らしくないんだけど…。」 ***ジョゼ、プレゼントボックスを取り出し。 ジョゼ「さあどうぞ。」 ヘンリエッタ「あ…。」 ***ヘンリエッタ、はにかむ。 ヘンリエッタ「ありがとうございます…。 えと…、開けますね…。」 ***ヘンリエッタ、包装紙を破らないように開ける。 ジョゼ「ずいぶん丁寧なんだな。」 ヘンリエッタ「包み紙もアイロンがけしてとっておくんです…。 カメラと…、日記帳ですね。」 ジョゼ「何だかちょっと変な取りあわせだろ。 でも…、これで日々の記録をたくさん残せるだろ? ヘンリエッタは最近忘れっぽいからな。」 ヘンリエッタ「はいっ!大切にします!」 ジョゼ「現像は公社の人間に頼めばいい。」 ***ジョゼの携帯が鳴る。 ***メールで義体エルザが死亡した連絡が入る。 ---------------------------------------- ***公社、義体棟中庭。 ***ヘンリエッタ、カメラでリコを撮る。 ヘンリエッタ「ほらリコ…笑ってっ。」 ***リコ、笑うがフラッシュに目を瞑ってしまう。 ヘンリエッタ「あーっ、目をつぶっちゃだめだよー。 もう一回撮るからね。」 ***ベランダからそれを眺めるジョゼ。ジャンは興味を示していない。 ジョゼ「……、だけど兄さん。 そう簡単に義体が倒されるものだろうか?」 ジャン「故意か偶然か目を撃たれたんだ。 砕けた9mmの弾片がエルザの脳蓋から摘出された。 担当のラウーロも頭に一発。」 ジョゼ「彼らは優秀なフラテッロだった。」 ジャン「ああ。 一週間もすれば義体と弾片の解析が済むだろうが…。 早く収めないと一課が騒ぐだろうな。」 ジョゼ「ドラーギ課長か……。」 ジャン「今までは疎まれながらも放っておいてくれたが…。 これを機に義体の試用が問題になるかもしれないからな。」 ***ジャン、ジョゼにタバコを差し出す。 ジョゼ「いや。……煙は止めた。」 ジャン「ヘンリエッタの為か?」 ジョゼ「ああ。」 ジャン「全くあきれた弟だ…、そんなに入れ込んで…。 ラウーロはその点良くわきまえた男だった。」 ジョゼ「ああ…。そうだったな。」 ***ヘンリエッタ、二人に気づきカメラで撮る。微笑む。 ---------------------------------------- ***公社、作戦一課課長室。 ***課長ドラーギと部下ピエトロ・フェルミ。 ドラーギ「ピエトロ、カタンザーロは楽しんできたか?」 フェルミ「はい課長。 メカジキの薄切りとグレコ・ディ・ジェラーチェを堪能しました。」 ドラーギ「ではいい息抜きになったな。 今朝の事件はもう耳に入ったか?」 フェルミ「あー…二課のお人形が襲われたとか何とか…。」 ドラーギ「課員も一人やられている。 犯人はまだあがっとらんようだ。」 フェルミ「おままごと連中にはいい薬でしょう。」 ドラーギ「お前にこの事件を調査してもらう。」 フェルミ「は?」 ドラーギ「今回の事件は二課の突き上げにいい機会だ。 一課で独自に探りを入れたい。」 フェルミ「はあ…。具体的にはどうすれば?」 ドラーギ「要は義体が将来使い物になるかどうかだ。 役立たずと知ればに進言できる。 事件の詳細を追うついでに、義体がどんなものか見てこい。」 フェルミ「了解。」 ***フェルミ、課長室を後に。歩きながら部下のエレノラに声をかける。 フェルミ「エレノラ! 昨日の報告書は後回しだ。」 エレノラ「は?」 フェルミ「一緒に来い。急ぎの仕事が入った。」 エレノラ「はっ…はい! ---------------------------------------- ***公社、作戦二課。 ***ジャンとリコ、フェルミと部下エレノラを出迎える。 フェルミ「どうも。一課のフェルミとガブリエリです。」 ジャン「課長からは全面的に協力するように言われている。」 フェルミ(M)「その少女からは硝煙の臭いがした。 コロン臭い修道士と同じくらい最悪な組み合わせだ。」 フェルミ「名前は…リコ…何ていうんだ?」 リコ「名字はありません。」 エレノラ「リコ…って、あなた女の子よね?」 ジャン「義体の名前は担当官が命名する。 男の名前をつけるのも自由だ。」 フェルミ(M)「その少女は、臭いのことを除けばまるで社会科見学中の一次校生のようだった。」 フェルミ「とりあえず事件現場で話を聞きましょう。」 ---------------------------------------- ***エルザ死亡現場の公園への車中。 ***運転席にフェルミ、助手席エレノラ。後列にジャンとリコ。 エレノラ「それで…、二課は犯人の目星をつけられたんですか?」 ジャン「現在調査中だが……。 人を殺すのが二課の仕事だ。イタリア中に敵が居る。」 エレノラ「成程。」 フェルミ「…でもわざわざ子供を使う必要はあるんで?」 ジャン「銃でも聖書でも人は殺せるだろう? 本のカドで殴れと命じられたらそうするだけだ。」 フェルミ「…だからあんたらの課は嫌われてるんだよ。」 ***到着。現場を囲むようにして立つ四人。 フェルミ「…で、二課の聖書は頑丈なのが自慢だったんじゃ?」 ジャン「ああ。 だが妙に凝り性の義体は眼球が弱点で、脳がやられたらもちろん死ぬ。 しかしそんなことは稀だ。 今までフラテッロを襲った連中は皆死んでる。」 フェルミ「”フラテッロ”…? ああフラテッロ(兄弟ごっこ)ね。 それで…、この子らは自分で判断して抜くのか? つまり…、いくら強くでもでくのぼうなら不意に目を撃たれることもあるだろう?」 ジャン「担当官が自分の義体をどう「教育」するかは自由だが。 全員薬品を使って、仕事できるように洗脳している。」 フェルミ「”条件付け”というやつだ。」 ジャン「とりわけ…。 主人の身を守ることにかけては敏感に反応するようにできてる。 エルザは昔、ラウーロに水をこぼそうとしたウェイトレスの腕を折りかけた。」 フェルミ「でくのぼうではなかったというわけか…。」 ***フェルミ、不意に吸っていたタバコをジャンに投げつける。 ***リコ、素早く反応。タバコを叩き落とし銃をフェルミに向ける。 ***フェルミ、すぐに降参のジェスチャー。 フェルミ「(息をつくAD)。成程。」 ジャン「リコ…、銃をしまえ。 フェルミ、好奇心はけっこうだが。 お前が公社の人間でなければ今ごろ死んでる。 これで義体のことが少しはわかっただろう。」 フェルミ「でもあの版エルザは主人を守れずに死んだ。 義体もやっぱり人間ということか。」 エレノラ「この時エルザは2発応射しています。その弾丸は…?」 フェルミ「今課員が付近一帯を捜索している。 犯人に当たっていれば血痕が見つかるかもな。 その間に公社に戻ろう。 エルザのことをもっと知りたい。」 ---------------------------------------- ***公社、駐車場。 フェルミ「ジャンさん。エルザの部屋を見たいんだが。」 ジャン「ああ。リコに案内させる。」 ***ジャン、リコに。 ジャン「今日はここで銃を預かっておこう。 義体棟を案内してやれ。 リコ「こっちです。」 ---------------------------------------- ***義体棟。 ***リコ、フェルミ、エレノラの順で巡る。 フェルミ「義体棟ってのは寮みたいなもんか。」 リコ「はい。今は10人くらい暮らしてます。」 フェルミ「ああリコ。さっきから思ってたんだがな…。 エルザが殺されて悲しくないのか?」 リコ「別に関係ありません。 友達じゃなかったから。」 エレノラ「それでも同じ仲間じゃない。」 リコ「関係ありませんよ。」 ---------------------------------------- ***エルザの部屋。 ***ベッド、椅子が一脚、チェスト、小型のクローゼット。装飾品はない。 リコ「ここがエルザの部屋です。」 フェルミ「何もない部屋だな。」 リコ「普通は相部屋ですが、エルザは一人暮らしでしたから。」 エレノラ「それにしたって…。 どの子もこんなさびしい部屋なの?」 リコ「ヘンリエッタやトリエラは色々物を増やします。 担当官の人が何かくれたりするみたい。 私には良くわかりませんけど。」 フェルミ「よし…、行こう。 他にエルザを知る者はいないか?」 リコ「トリエラが今朝ナポリから帰ってきてますよ。」 ---------------------------------------- ***三人、トリエラとクラエスの部屋に入る。 ***トリエラ、くまにリボンをつけている。クラエス、読書。 ***リコのみと勘違いしたトリエラが背中越しに。 トリエラ「リコ、仕事はもういいの?」 ………。ど、どちらさま?」 リコ「作戦一課のフェルミさんとガブリエリさん…。 エルザのことを調べてる人だって。」 フェルミM「本とぬいぐるみ。こちらはまるで俺の姪っ子の部屋だな。」 ---------------------------------------- ***少し時間経過。 フェルミ「じゃあエルザはどんな子だった?」 トリエラ「担当官(ラウーロ)に完璧に惚れてたわ。 ここの子はだいたいそうよ。」 フェルミ「君もそうなのか?」 トリエラ「馬鹿言わないで。ある種の愛情はあるけどね。」 フェルミ「……”条件付け”?」 トリエラ「条件付けと愛情は似てるの。 私にもどこまでが自分の感情だかわからない。」 フェルミ「忠実化の結果、愛情めいた感情が芽生えることがある…か。」 トリエラ「エルザはその典型ね。」 ***フェルミ、立ち上がり。 フェルミ「ありがとう。君と話せて良かったよ。」 トリエラ「今度来る時は花束くらい用意してね。」 フェルミ「そうだ…。君もエルザが死んでもどうでもいいと思ってる?」 トリエラ「どうかな…。いつも一人で居る子だったしね…。 それに普段のあの子を見ていると。 ラウーロの為に死ねて幸せだったかもしれないから…。」 ---------------------------------------- ***公社、作戦一課。 ***フェルミら帰った後。ジャンと課長ロレンツォ。 ロレンツォ「一課の調査官はどうだった?」 ジャン「なかなか優秀そうな男でした。」 ロレンツォ「二人を殺した銃弾について困った事が判った。」 ***ジャン、ロレンツォが渡した資料に目を通す。 ジャン「………。これはまずい。 これが事実ならば深刻な問題です。」 ロレンツォ「何とかならんか。」 ジャン「銃弾の事は隠して義体の能力不足ということにすれば、それ以上追及されないかもしれません。 それだけでも十分こちらの失点ですから。」 ロレンツォ「わかった…。そうしよう。 エルザ・デ・シーカは主人の為に戦い、そして死んだ。 それで十分だ。」 ---------------------------------------- ***後日。フェルミに調査報告を伝えるジャン。リコも同席。 フェルミ「では犯人は五共和国派(パダーニャ)の連中だと?」 ジャン「おそらく間違いない。 例の公園から指定テロリストの血痕が二人分見つかった。 国内で公安関係者を襲う危険な連中だ。」 フェルミ「ふむ…、義体もまだまだ不完全ってところですか…。 うちの課長もこれで満足するでしょうな。」 ジャン「どこで情報を仕入れたか不明だが、あの夜テロリストは二人を待ち伏せした。 エルザはラウーロを守って戦い、そして死んだ。 眼球の改良が今後の課題だろう。」 フェルミ「主人のために死ねて幸せ…。 なあリコ…。 もしお前もジャンさんを守って死んだら嬉しいのか?」 リコ「うーん。 死んじゃうのはやっぱり嫌です。でも…」 ジャン「担当官のために義体がいる。身代わりに死ぬのは当然だ。」 フェルミ「…リコ?」 ***リコ、満面の笑みで。 リコ「ジャンさんがそう言うなら、その通りなのでしょう。」 La Fine.