GUNSLINGER GIRL 作:相田裕 ---------------------------------------- ■第6話 A kitchen garden ♂ラバロ(クラウディオ・ラバロ): ♂ジャン(ジャン・クローチェ): ♂ジョゼ(ジョゼッフォ・クローチェ): ♂医師: ♂助手: ♀クラエス: ♀ヘンリエッタ: ---------------------------------------- ***公社、実験室。 ***クラエス、センサーの電極を身体中に貼られ、背筋力計を持つ。 医師「クラエス、用意はいいか?    肩関節の強度を試したいから思い切り引いてくれ。」 クラエス「はい。」 医師「さあ始めよう。」 ***クラエス、引く。 クラエス「んっ!!      ………っ!!」 医師「筋力ゲインどうだ?」 助手「腹直筋、広背筋まだまだ余裕あります。」 医師「(嘆息AD)。    クラエス…。全力で引けといったはずだ。」 ***クラエス、さらに力を加える。 クラエス「(力みAD)。」 医師「もっと強く。    強く。    強くだ。」 ***クラエス、肩に違和感。 クラエス「!……ん!!」 助手「限界値付近で右肩関節脱臼。」 医師「ん。」 助手「「痛み止め」を投与します。」    クラエスを修理に回せ。」 クラエス「………。」 ---------------------------------------- ┃【回想】ラバロとクラエスの出会い ┃***橋の上、ラバロを呼び出したジャン。 ┃***ラバロ、手に杖。 ┃ ┃ジャン「お久し振りです、ラバロ大尉。」 ┃ ┃ラバロ「ジャン。退役した俺に今更何の用だ。」 ┃ ┃ジャン「自分の新しい職場で教官が不足していまして。」 ┃ ┃ラバロ「お前が大隊を去った後ある噂を耳にした。 ┃    何やら怪しげな組織に関わっているらしいな。」 ┃ ┃ジャン「自分にとっては都合のいい組織です。」 ┃ ┃ラバロ「復讐のためには手段を選ばないのか。」 ┃ ┃ジャン「大尉はもう一度軍警察に戻りたくありませんか? ┃    あそこはあなたの生き甲斐だったはずです。 ┃    我々なら復帰をお手伝いできますよ。」 ┃ ┃ラバロ「………。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***後日。公社、屋外射撃場。 ┃***ラバロ、義体クラエスの射撃を見る。 ┃***ハンドガンでの射撃が数発目で的を射る。 ┃ ┃ラバロ「ようやく当たったか。 ┃    7ヤードで必中できるようになるまで帰ってくるな。 ┃    俺は先に戻る。いいなクラエス。」 ┃ ┃クラエス「………。」 ┃ ┃***公社、食堂。 ┃ ┃ジャン「ラバロ大尉、今日はクラエスの姿が見当たりませんが。」 ┃ ┃ラバロ「ああ。昨日演習場で居残り練習させた。 ┃    いくら教えても上達しなくて困る。 ┃    今頃は自分で寮に戻っているだろう。」 ┃ ┃ジャン「義体を本当の手足のように扱うには時間が必要です。 ┃    今、貴女が脚で不自由しているのと同じように。」 ┃ ┃ラバロ「………。」 ┃ ┃ジャン「リコは生い立ちが生い立ちだけに、他の子よりは自然に対応しましたが…。 ┃    クラエスは元々健常者ですからね。 ┃    そういう子は射撃より先に体を動かす訓練が必要です。 ┃    楽器演奏や書き取りも有効でしょう。」 ┃ ┃ラバロ「こんな仕事とは聞いてなかったぞ。」 ┃ ┃ジャン「演習場へ行ってご覧なさい。 ┃    多分クラエスはまだそこに居るでしょうから。」 ┃ ┃ラバロ「まさか…。」 ┃ ┃ジャン「あなたがそう命じたからですよ。」 ┃ ┃ ┃***公社、雨の降る屋外射撃場。 ┃***クラエスの射撃音が響いている。 ┃ ┃ラバロ「クラエス…」 ┃ ┃クラエス「ラバロさん…。 ┃     すみません。まだ必中とは程遠くて…。」 ┃ ┃ラバロ「馬鹿が。 ┃    一日中撃ち続けて上達するものか。 ┃    さあ帰るぞ。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***その日の夜。公社内ラバロの私室。 ┃***ラバロ、クラエスの資料に目を通す。 ┃***ノック。クラエスが入ってくる。 ┃ ┃クラエス「ラバロさん…。」 ┃ ┃ラバロ「どうしたクラエス…、寮を抜けだしてきたのか?」 ┃ ┃クラエス「あの…。 ┃     ジャンさんに、シャワーを浴びたら部屋を訪ねろと言われたのですが。」 ┃ ┃ラバロ「ジャンが?…聞いてないな。 ┃    まあいい…、とにかく入って来い。」 ┃ ┃***クラエス、ベッドに腰を掛ける。 ┃***ラバロ、二人分コーヒーを出す。 ┃ ┃クラエス「たくさんありますね…」 ┃ ┃ラバロ「何がだ?」 ┃ ┃***クラエス、壁一面の本棚見る。 ┃ ┃クラエス「本です。」 ┃ ┃ラバロ「ああ…。 ┃    そんな風には見えないだろうが…、俺達のような職業の人間はよく本を読むんだ。 ┃    教養や好奇心のない奴はいい兵士になれないからな。」 ┃ ┃クラエス「どんな本を読むのですか?」 ┃ ┃ラバロ「そうだな…。 ┃    今は家庭でできる野菜の育て方の本を読んでいる。 ┃    ……。 ┃    野菜型の宇宙人が攻めて来た時に役に立つように。」 ┃ ┃クラエス「………。」 ┃ ┃ラバロ「お前は本を読まないのか? ┃    渡された資料の中ではいつも… ┃    いや、何でもない…。」 ┃ ┃クラエス「良い兵士になるのに必要なら、私も野菜の本を読みます。」 ┃ ┃ラバロ「そうか。」 ┃ ┃クラエス「(コーヒー息で冷ますAD)。(飲むAD)。」 ┃ ┃ラバロ「射撃の練習はしばらく中止だ。 ┃    明日は朝から出かけるぞ。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***後日、湖畔。 ┃***ラバロ、クラエス、アウトドアスタイルで釣竿を持つ。 ┃ ┃クラエス「休日じゃないのに……、いいのですか?」 ┃ ┃ラバロ「ああ。これも仕事の内らしい。 ┃    エサはつけてやったから。さおのしなりを使って下手でそっと放ってみろ。」 ┃ ┃***クラエス、針を投入。 ┃ ┃クラエス「投げましたけど。」 ┃ ┃ラバロ「そして座って、魚を待つ。」 ┃ ┃***魚の跳ねる音、鳶の声、木々のざわめき。 ┃ ┃ラバロ「………。」 ┃クラエス「………。」 ┃ ┃ラバロ「退屈か? ┃    子供の頃父とした釣りは案外退屈なものだった。 ┃    あの頃は無為に時を過ごす喜びなんて知らなかったしな。」 ┃ ┃クラエス「私は退屈していません。 ┃     ただ…。 ┃     こんな境遇の私でもこんな体験ができるんだと…そう思っていただけです。」 ┃ ┃ラバロ「仕事のために連れて来たんだ。 ┃    実際のところお前には興味が無い。 ┃    興味があるのは軍警察への復帰だけだ。」 ┃ ┃クラエス「脚のこと…、聞いてもいいですか?」 ┃ ┃ラバロ「軍警察時代に小銃の暴発事故で脚を飛ばされた。 ┃    公社で3年働けば軍警察への復帰を助ける。 ┃    それがジャンとの約束だ。」 ┃ ┃クラエス「でしたら…。 ┃     それまでの間、私が貴方の脚になります。」 ┃ ┃ラバロ「よしてくれ。 ┃    先刻の話を聞いてなかったのか。」 ┃ ┃***クラエスの竿に当たりあり。 ┃ ┃ラバロ「ほら…引いてるぞ。」 ┃ ┃クラエス「あっ」 ┃ ┃ラバロ「早く上げろっ!」 ┃ ┃***クラエス、竿を上げる。魚が空高く舞い上がる。 ┃ ┃クラエス(M)「―――それから。 ┃       私たちは何度か湖に足を運んだ。 ┃       ロンバルディア、ヴェネト、ピエモンテ…。 ┃       公社での私たちはいつも無口で。 ┃       お互い、教官と教え子の役割を忠実にこなしたが。 ┃       何故かいつも湖では会話が進んだ。 ┃       それが二人の暗黙のルールだった。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***後日、夜の地下鉄。 ┃ ┃ラバロ「今日はちょうっとした実地訓練だから…。 ┃    正当防衛以外では抜くなよ。 ┃    地下鉄のチンピラを騒がれずにのせないようじゃ、本番なんてとてもできないからな。」 ┃ ┃***クラエス、笑顔で。 ┃ ┃クラエス「頑張ります。」 ┃ ┃***クラエス、地下に入る。 ┃***数分後、サイレンサー付きの銃声が響く。 ┃ ┃ラバロ「(ため息AD)。 ┃    アルフォンソ、クラエスが撃った。 ┃    騒ぎが起きないか見張っておけ。」 ┃ ┃クラエス「ラバロさん…。」 ┃ ┃***クラエス、男二人の死体を引きずって階段を登ってくる。 ┃***クラエスの腹にはナイフが刺さっている。 ┃ ┃クラエス「すみません…。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***ラバロ、車でクラエスを運ぶ。語気荒く。 ┃ ┃ラバロ「…この馬鹿が! ┃    警察活動じゃ…射撃の腕より抜くタイミングが重要だと教えただろ! ┃    ナイフの間合いに入ってから銃を使うと決めても遅いんだ。 ┃    今度撃つ時はためらうなよ。」 ┃ ┃クラエス「はい。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***後日。公社、室内射撃場。 ┃***レンジに並び立つクラエス、ヘンリエッタ。後ろにそれぞれの担当官ラバロ、ジョゼ。 ┃***ヘンリエッタの銃が弾詰まり(ジャム)を起こす。 ┃***ラバロ、銃口を覗くヘンリエッタを見て。 ┃ ┃ラバロ「!! ┃    お前死にたいのか!?」 ┃ ┃***ラバロ、杖でヘンリエッタを殴り飛ばす。 ┃ ┃ジョゼ「ラバロ!!やめろ!」 ┃ ┃ラバロ「黙れ!!」 ┃ ┃***ラバロ、ジョゼも杖で殴る。 ┃ ┃ラバロ「ろくに銃も扱えない奴をレンジに入れやがって!! ┃    SIGだからジャムらないと油断したか!」 ┃ ┃***ヘンリエッタ、ジョゼを守るためラバロに襲いかかる。 ┃ ┃クラエス「!! ┃     ラバロさんうしろっ!!」 ┃ ┃***クラエス、ヘンリエッタに向け銃を撃つ。 ┃***ラバロの杖の一撃で軌道逸れ外れる。 ┃ ┃ジョゼ「ヘンリエッタ!やめろっ!!」 ┃ ┃ヘンリエッタ「!」 ┃ ┃クラエス「(荒い息AD)。」 ┃ヘンリエッタ「(荒い息AD)。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***公社、医療室。 ┃***ラバロ、ジャン、クラエスの調整を見る。 ┃ ┃ジャン「大尉、貴方は悪くない。 ┃    ジョゼの方はどうも指導に身が入っていないようですが…。 ┃    問題なのは「条件付け」の譜面の方です。 ┃    まだまだ改善が必要だと分かりました。」 ┃ ┃ラバロ「あの子らの…、「条件付け」を書き換えるのか?」 ┃ ┃ジャン「おそらくジョゼが反対するでしょうが、二人とも何ページかの書き換えが必要でしょう。」 ┃ ┃ラバロ「こんな事を繰り返せば寿命が縮むぞ。」 ┃ ┃ジャン「義体の実用化の為には仕方ないことでしょう。 ┃    いずれにせよ貴方には関係ないことです。」 ┃ ┃ラバロ「………。」 ┃ ┃ジャン「公社が根回しすれば…。 ┃    軍警察への復帰は確実ですよ。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***後日。公社の駐車場。 ┃***調整を終えたクラエスとラバロ。 ┃ ┃クラエス「(走る息AD)。 ┃     ラバロさん!」 ┃ ┃ラバロ「久しぶりだなクラエス。今日退院したのか。」 ┃ ┃クラエス「貴方を捜してたんです! ┃     貴方が…、公社を辞めるって噂を聞きました。」 ┃ ┃ラバロ「心配するな。今からちょっと知り合いの記者に会ってくるだけだ。 ┃    最近の公社のやり方には疑問があるんでな。」 ┃ ┃クラエス「え?」 ┃ ┃ラバロ「…ああ、そうだ。お前に渡すものがあるんだった。 ┃    一つは俺の宿舎の鍵だ。 ┃    これからは自由に俺の本を持って行っていい。」 ┃ ┃***クラエス、鍵とメガネケースを受け取る。 ┃ ┃ラバロ「そっちは以前お前が使っていた眼鏡だ。 ┃    今は必要ないからレンズは交換したがな。」 ┃ ┃クラエス「どうしてこれを?」 ┃ ┃ラバロ「これまでお前を一人前にしようと鍛えてきたが…、最近のお前を見て不安になってきた。 ┃    引き金というのは良く考えて引かなきゃいかん。 ┃    公社がどんな命令を出すにしろ、作戦以外で力を使ってはいかんのだ。 ┃    だから、この眼鏡をかけてる間はおとなしいクラエスでいてほしい。 ┃    書き換え可能な命令じゃない、血の通った約束だ。 ┃    アイ カピート ┃    Hai capito?(わかったか?) ┃ ┃クラエス「スィ オ カピート ┃     Si, ho capito.(わかりました。)」 ┃ ┃ラバロ「いい子だ。」 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***数日後。公社義体棟、クラエスとトリエラの部屋。 ┃ ┃トリエラ「ラバロさん遅いね。」 ┃ ┃クラエス「うん…。」 ┃ ┃***ノック。ジャンIN。 ┃ ┃ジャン「クラエス。」 ┃ ┃クラエス「ジャンさん…。」 ┃ ┃ジャン「いいかしっかり聞けよ。 ┃    ラバロ大尉は死んだ。 ┃    一昨日、ローマ市街で轢き逃げにあって――― ┃    ―――即死だったそうだ。」 ┃ ┃クラエス「…!」 ┃ ┃***クラエス、精神喪失状態に。 ┃ ┃ ┃---------------------------------------- ┃***公社、作戦二課課長室。課長、ジャン、担当医師。 ┃ ┃医師「残念ですがあの娘はもう使えませんね…。」 ┃ ┃ジャン「一度定めた主人は容易に変えられないからな。」 ┃ ┃医師「そこで、一つ提案があります。」 ┃ ┃ジャン「なんだ。」 ┃ ┃医師「クラエスの「条件付け」を部分的に変更して、義体の開発部品は全て彼女で試せば全体負担が軽減されます。 ┃   これならば新しい主人も要らないでしょう。 ┃   全てを忘れてもう一度我々の役に立ってもらうのです。」 ┃ ┃ ┃【回想終わり】 ---------------------------------------- ***公社義体棟。クラエスとトリエラの部屋。 ***クラエス昼寝から目覚める。眼から涙。 ***体を起こし眼鏡を掛ける。 クラエス「………。      ん…。(ため息AD)。」 ***ヘンリエッタの部屋へ。 クラエス「あらヘンリエッタ…、シチリアから戻ったんだ。」 ヘンリエッタ「あ、ただいま。」 クラエス「どう?シチリアは楽しかった。」 ヘンリエッタ「うん。撮ってきた写真…みる?」 クラエス「(苦笑AD)。      いいよ…、どうせ恥ずかしい写真でしょ?」 ***クラエス、何か思い出す。 クラエス「ねえヘンリエッタ、今暇?」 ヘンリエッタ「あ…うん。」 ***クラエス、鍬、バケツ、スコップなどを準備。 ヘンリエッタ「何をするの?」 クラエス「家庭菜園を作ろうと思って。      さっき試しに聞いてみたらなんとジャンさんが許可してくれたの。」 ヘンリエッタ「どうして菜園なの?」 クラエス「お昼寝したらなんとなく…、野菜を育てたくなったのよ。」 ヘンリエッタ「ねえ…、クラエスはいつも寂しくないの?」 クラエス「何?」 ヘンリエッタ「クラエスだけいつも一人でお留守番してるでしょ?        私は…、ジョゼさんがいなかったらさみしくて死んじゃうもの。」 ***クラエス、キツい目になる。 クラエス「幸せなおちびちゃん?      私がサミシイかどうかは私が決めるの。」 ***地面を耕すヘンリエッタ。 ***クラエス、空を見上げる。 クラエス(M)「料理をするのも、絵を描くことも、楽器を弾くことも楽しいし。        ここには読み切れないほどの本がある。        そして、なにより私は無為に時を過ごす喜びを知っている。        それは遠い昔、お父さんか誰かに教えてもらったもの…。        そんな気がするのだ。」 La fine.