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田中芳樹 |
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分 |
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001 |
N |
宇宙暦800年 新帝国暦2年 5月20日―――― 4月27日よりはじまった帝国軍の猛攻により、半ば不眠不休の戦いを強いられたヤン艦隊の面々にとっては、久方ぶりの安寧だった。 ようやく睡魔を満足させたヤン艦隊の幕僚たちは、カイザーラインハルトからの申し入れについて協議できる状態になった。 面々は、お互い血色が戻った顔を会議室であわせた。 |
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ヤン |
最初に、カイザーラインハルトを回廊に引きずり込む。 次に、会談のテーブルに引きずり出す。 これが最初からの狙いだったわけだから、会談の申し入れを拒む理由はない。 | |
ムライ |
しかし、帝国軍が我々に勝ち得ないからといって即和平を求めるとは思えない。 ここはやはり罠である可能性も考えるべきだろう。 講和を餌にヤン提督をおびき出して忙殺するつもりではないか? | |
シェーンコップ |
いや、その可能性は薄いと思う。 | |
ムライ |
ん? | |
シェーンコップ |
理由はカイザーの人となりだ。 あのプライドの高い金髪の坊やが、お得意の戦争で勝てないからといって、忙殺という手段に訴えてくるとは想像しにくいな。 | |
ポプラン |
カイザーがそうでも、その幕僚達の中にはいささか異なる価値観を持った連中もいるでしょうよ。 多量の流血を見て、しかも勝ち得なかった。 カイザーの戦争の天才としての面目は失墜したはずで、忠誠心過多、判断力過少の奴らが何か試みるということもありうる・・・と、思いますがね。 | |
ユリアンM |
いずれにしても、提督は会見に出向かれるだろう。その時僕も同行できるだろうか? それにしても、戦いを好むカイザーがなぜ急に会見を申し込む気になったんだろう。 | |
N |
ラインハルトが突然ヤンとの会見を申し込んだことは、帝国軍の中でも驚きをもって迎えられた。 再三にわたり今回の親征に反対していたヒルデガルド・フォン・マリーンドルフにしても、そうした事態を期待してはいたが、予測してはいなかったのである。 ラインハルトは、以前の発熱から未だ回復できず、ベッドに備え付けられた机で公務をこなしていた。 | |
ヒルデM |
あれほど正面から軍事力を衝突させて、ヤンを膝下にねじ伏せることに固執されたのに・・・。 まさか発熱されたことによって弱気になられたわけではあるまいし。 | |
ラインハルト |
・・・・・・キルヒアイスが諌めに来たのだ。 | |
N |
ヒルデの視線を感じたのか、ラインハルトはゆっくりと口を開いた。 | |
ヒルデ |
!・・・・・・・・ん。 | |
ラインハルト |
キルヒアイスが言ったのだ。もうこれ以上ヤン・ウェンリーと争うのはおよしください・・・と。 あいつは死んでまで俺に意見する・・・・・・ | |
ラインハルトM |
分かったよキルヒアイス・・・お前はいつもそうだ。 俺よりたった二ヶ月早く生まれただけなのに、年上ぶっていつも俺の喧嘩をとめる。 今の俺はお前より年上なんだぞ?お前は年をとらないからな。 だけど分かった。ヤン・ウェンリーと話し合ってみよう。 あくまで話し合ってみるだけだ。決裂しないとは約束できないぞ。 | |
ヒルデM |
結局、誰にも出来なかったことを、死者の霊だけが可能にしたのね。 でもそれで・・・・・・ | |
N |
その頃、帝国軍高級士官用食堂では、帝国軍の双璧、統帥本部総長オスカー・フォン・ロイエンタールと、宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤーがワインを酌み交わしていた。 | |
ミッターマイヤー |
それでもビッテンフェルトなどは、決裂と決まるまでは手を出さんだろうが・・・・・・ ファーレンハイトとシュタインメッツの部下達の中には、上官の仇をとりたがる者が多くてな、抑えるのに苦労する。 何も敵を倒すばかりが策ではない。イゼルローン回廊に封じ込めてしまえばいいのだ。 連中がヤン・ウェンリー一人の才能と人望によって統一されている以上、そのまま気長に待って、ヤンが老いて死ぬのを待つという方法すらとり得るではないか。 だが、その意味では帝国も同じか・・・。 カイザーがお倒れになれば、指導者を失う。 ヤン・ウェンリーの基本戦略もそこにあるわけだが、その前にまさかご病気になられるとは・・・・・・ | |
ロイエンタール |
ふむ。 | |
ミッターマイヤー |
医者どもは単なる過労だと言い立てるが・・・ | |
ロイエンタール |
カイザーは・・・病で倒れられるような方ではない。 | |
N |
ロイエンタールの含蓄ある言葉に、ミッターマイヤーも賛同の意を持ったようだ。 イゼルローンの会議では、カイザーとの会談に対する初手のとり方について深い話し合いがされていた。 | |
ヤン艦隊幕僚A |
カイザーラインハルトの武人としての矜持は信用しうるとしても、新帝国軍すべてが、ミッターマイヤー元帥のように信義の人というわけではあるまい。 謀殺というより、戦死した将兵の復讐を図るものの暴発が押えきれないということも考えうる。 | |
ユリアン |
でしたらまず、僭越ですが僕がヤン提督の代理としてカイザーラインハルトのもとへ赴きます。 そして、細部まで条件やら提案やらを聞いてきて、改めて提督が会談の場へいらっしゃればよろしいでしょう? | |
ヤン |
いや、それはだめだねユリアン。 対等な立場で会談を求めてきたカイザーに対して礼を失することになる。 もしそれでカイザーが感情を害し、会談の要望を捨てることになれば・・・和平の機会は永遠に失われてしまうかもしれない。 そして今、帝国軍と再び正面から戦えば、まず勝算はない。 | |
キャゼルヌ |
そうだな。将兵の疲労も回復してはいないし、第一イゼルローンの生産規模では補給物資を整えるのに時間がかかる。 さらに決定的なのは戦死者の補充が利かないってことだ。 | |
ヤン |
そして我々は、フィッシャー中将を失った。 | |
幕僚の面々 |
・・・・・・・・・。 | |
ヤン |
作戦を立てるだけでは勝てない。それを完全に実行する能力が艦隊に無ければどうしようもない。 ここで会談の申し入れを拒否したら、自殺行為だよ。 | |
キャゼルヌ |
・・・まあいい。カイザーが会談を申し込むことは、我々の実質的な勝利を意味する。 それに勇気付けられてフェザーンや旧同盟領で反帝国のゲリラ活動でも起きてくれれば、我々の立場はさらに有利になる。 過剰な期待は禁物だがな。 さて、そこでヤンと同行する随員だが・・・・・・ | |
ユリアン |
・・・っ! | |
キャゼルヌ |
副官でもあるヤン婦人は当然同行するべきところだが、あいにく風邪をひきこんでいて、今日の会議にも出れないくらいだからな。 かく言う俺も戦力の補充に専念せねばならんから、今回は遠慮しておく。 | |
シェーンコップ |
万が一に備えて、やはり優秀な護衛が必要でしょうな! | |
キャゼルヌ |
貴官はダメだ。こんな時に要塞防御指揮官が留守にしてどうする。 | |
シェーンコップ |
フ・・・ | |
アッテンボロー |
あのー・・・・・・・・・ 小官は? | |
キャゼルヌ |
お前さんは。ヤンがいない間の艦隊を預かる責任があるだろう。 | |
アッテンボロー |
(虚を突かれ)え゙! | |
ポプラン |
うんうんその通りだ!それならぁ、責任の無い小官が。 | |
ヤン |
あー、間違っても空戦の機会はないから少佐の出番はないよ。 | |
ポプラン |
(同じく虚を突かれ)でぃ・・・! | |
アッテンボロー |
ひひひひひひひひっ! | |
ムライ |
(咳払い) あー、ここはやはり常識豊かなものが一人・・・ | |
パトリチェフ |
(遮って)残ってお目付け役をしていただくということで、司令部からは小官が同行しましょう! | |
N |
結局、高級仕官からの随員は三名だけであった。 副参謀長のパトリチェフ少将、ローゼンリッターのブルームハルト中佐、かつてビュコック元帥の副官であったスール少佐である。 会議室を出た幕僚らのうちシェーンコップ、アッテンボロー、ポプランはバーに向かった。 ほろ酔いの三人は今回のヤンの随員について勝手なコメントする。 | |
ポプラン |
ブルームハルトは護衛役、スールはビュコック爺さんの代理として選ばれたのさぁ・・・ | |
シェーンコップ |
パトリチェフは? | |
ポプラン |
あれは引き立て役。それ以外に何があるってんだ? | |
アッテンボロー |
引き立て役ならお前さんでも良かったじゃないかぁ。 | |
ポプラン |
けっ!どうせ俺はトラブルメーカーですからね! | |
アッテンボロー |
それにしても意外だったのは、ユリアンを連れて行かないことだなぁ。 | |
シェーンコップ |
ユリアンを連れて行ったらどっちが随員だか分からなくなるからだろう。 | |
シェーンコップ |
フフフフフフフフフ・・・・・・! ハッハッハッハッハッハ!! ハァーッハハハハハハハ!! | |
N |
当のヤンといえば、私室で旅の支度に勤しんでいた。 本来その準備を手伝うべきフレデリカ・ヤンは病床にあるため、ユリアンが荷造りを担当していた。 だがその表情は、いまひとつ芳しいとはいえなかった。 | |
ヤン |
ユリアン。留守を頼むよ。 | |
ユリアン |
お任せください・・・と申し上げたいところですけど、僕はお供できないのが残念です。 僕ではお役に立てませんか?パトリチェフ少将より・・・・・・ | |
ヤン |
・・・・・・ッフフフ!バカだなぁ・・・私はずーっとお前を頼りにしてきたよ。 六年前、お前が体より大きなトランクを引きずって私の家に来たときから、ずーっと頼りにしてきたさ。 | |
ユリアン |
ありがとうございます。でも・・・ | |
ヤン |
私が行けないのだったら、代わりにお前に行ってもらうよ。 私がいるから私はいく。それだけのことさ。 | |
ユリアン |
はい!とにかく吉報をお待ちします! お気をつけて。 | |
ヤン |
うん。 ところでユリアン・・・ | |
ユリアン |
はい? | |
ヤン |
(耳打ち)正直なところ、キャゼルヌの娘とシェーンコップの娘と、どっちが好みなんだ? お前の決断次第で、私も覚悟を決めなくちゃならんからな。 | |
ユリアン |
て、提督っ!! | |
ヤン |
(口笛)〜♪ アッハッハッハッハッハ! | |
N |
このとき、遠くフェザーンにある軍務尚書オーベルシュタイン元帥から、ひとつの提案がラインハルトのもとに具申されてきた。 それは和平提案を装って、ヤン・ウェンリーをイゼルローンから誘き出すというありがちな謀略だったが、さらに辛辣だったのは、ただヤンを呼び出しても来ないであろうから、重臣を誰か一人使者の名目で人質に出すという点であった。 油断したヤンが帝国軍の前にやってきたところを殺して、後の憂いを経つ。 当然人質となった者はヤンの部下たちによって殺害されるであろうから、その報復を名目として指導者なりヤン一党を制圧すれば、全宇宙はローエングラム王朝の下に統一される。 だが、犠牲となることを承知で人質になりに行く重臣がいるだろうか。 | |
オーベルシュタイン |
使者として他に候補者なき場合は、臣がその任にあたりましょう・・・ | |
ミッターマイヤー |
だが、なぜか賞賛する気にはなれんな。 あのオーベルシュタインと無理心中などという死に方をさせられたのでは、ヤン・ウェンリーも浮かばれんだろうよ。 第一、奴が人質になったところで、ヤンが信用するものか。 | |
<ロインエンタール/p> |
いや。いっそ奴のやりたいようにさせてやればいいのさ。 | |