原作
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原作:久住昌之 作画:谷口ジロー |
時間
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10分 |
総セリフ数
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35 |
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★キャラクター紹介へ |
001
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M
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・・・・・・とにかく腹が減っていた。 |
002
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M
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俺は仕入れた輸入雑貨を置いておく倉庫で、南千住に格安の良い物件があるというので見に来たが、 予想を上回るボロさだった。 そのうえ隅田川が近いせいか、品物に最悪の湿気が強くサビやカビがひどい。まったくの無駄足だった。 |
003
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M
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おまけにどうやら俺はまたも道に迷ったらしい。 しかも・・・・・・追い討ちをかけるように雨が降り出す。 |
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004
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ゴロー
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(アーケードに走りこんで)ハッハッ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ふぅ! |
005
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俺が駆け込んだのは、山谷のアーケード街だった。 昼間から路上に男たちがたむろしている。 東京のほかの場所ではあまり見かけない奇妙な光景だ。 |
006
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M
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通り過ぎていく俺を、日雇い労働者と思われる男たちがじっと見つめる。 スーツ姿の俺は、この町では明らかに浮き上がった存在だ。 |
007
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M
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まいったな・・・とんでもないところにに迷い込んでしまった。 焦るんじゃない。 俺は腹が減っているだけなんだ。腹が減って死にそうなんだ。 こうやってアーケードを歩いていればいい店が・・・・・・ |
008
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ゴロー
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あ・・・しまった。アーケードはここでおわりか。 |
009
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M
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ああ・・・情けない。どこにも入れずに何をやっているんだ。 引き返すか・・・?いやいや同じ顔がウロウロしてたらヘンに見られる・・・。 仕方ない。雨の中を走るか。 |
010
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M
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(走りながら)くそっ。それにしても腹減ったなあ。 "めし屋"は・・・・・・どこでもいい、"めし屋"はないのか? |
011
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M
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ん?食事処・・・。 ええいここだ。入っちまえ! |
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012
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M
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客たちが一斉に俺を見る。まるで異邦人を見るような目つきだ。 構うもんか・・・とにかく飯だ。 俺はその視線をスルーし、一番奥の席についた。 |
013
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M
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ええっと・・・・・・何があるんだ。豚肉イタメ、オムレツ、目玉焼、玉子スープ、ヤサイスープ―――― |
014
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ゴロー
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・・・・・・・・・。 ぶた肉いためとライスください! |
015
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M
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俺は物おじせずハッキリという。 注文を聞きかえされるのはやっかいだ。 |
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ゴロー
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あと、おしんこ。・・・何があります? ああ。じゃあナスください。 |
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M
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こういう店のおしんこってのはきっと自家製なんだろうな。 |
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ゴロー
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あ・・・あとスイマセンとん汁ひとつ! |
019
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M
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注文してしまうと少し気が楽になり店内を見回すゆとりがでてきた。 しかし・・・みんな帽子を被っているのはなぜだろう?でも、ある種の美意識が感じられる・・・・・・ |
020
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M
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おばちゃんが、店に入ってきた中年の男に声をかける。メニューはライスととん汁。持ち帰りでと言っているな。 持ち帰り!そういうのもあるのか。 |
021
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M
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ん、次の客はとん汁2つとおしんこ2つを持ち帰りで頼んだ。 多いんだな・・・・・・持ち帰り。しかしライスなしとは自分のとこで炊くのか。 っと、俺のメシが来たぞ。 |
022
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ゴロー
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ハハ、やっと来たか! |
023
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N
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<ぶた肉いため> 野菜いための中にぶたばら肉が入っているものと思ったら、 予想に反してぶたバラのみをたっぷりと炒めて横に少量のキャベツの千切り わきには不思議な練りがらし。 <ナスのおしんこ> ほとんどまるまるひとつ分 <とん汁> とうふとぶた肉の具がいっぱい。汁はたっぷり。 <ライス> 量多し そして麦茶。 |
024
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M
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うーん・・・ぶた肉ととん汁でぶたがダブってしまった。 なるほど・・・、この店はとん汁とライスで十分なんだな。 |
025
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ゴロー
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(熱がる)ハフハフ・・・! ウンうまい! (とん汁をすすって)ズズゥゥ |
026
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M
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このおしんこは正解だった。 漬かりぐあいもちょうど良い。ぶたづくしの中ですっごくさわやかな存在だ。 |
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M
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今度の客は・・・ウィンナ炒めとライス。あっちはビールか。 まるで小学校の土曜日に家で食べるお昼のようだ。 なんだかあったかくていい店じゃないか。 |
028
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M
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しかし結局この店の中で食う客ってのは、ほとんど飯より酒の客なんだな。 |
029
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ゴロー
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ふう。うまかった・・・・・・ あ、おばさんお勘定! |
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030
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M
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俺はゆったりと店を出る。腹ははちきれそうだ・・・食いすぎた。 |
031
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M
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俺は数メートル歩いたところで店を振り返った。 おばさんと客たちが、店先で俺を見ていた。 おそらく・・・俺はあの店には不釣合いな客だったんだろうな・・・ |
032
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M
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雨はあがっていた・・・ |
033
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M
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ん、あれはさっきのライス無しのお持ち帰りの男じゃないか? おそらく知り合いなんだろう。料理の入ったビニール袋を持ち、家の前で立ち話をしている。 やがて二人は家の中へと吸い込まれていった。 |
034
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M
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なるほど!ここで一緒に飯を食うのか。 お持ち帰り。 ハハ。そういうことか。 |
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035
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M
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ようやく明治通りに出た。 タクシーが来れば乗ろう。来なければ、あるいて地下鉄日比谷線の三ノ輪駅に出ればいい。 そう思った。 |
036
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M
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俺は得体の知れない奇妙な満足感を味わっていた。 |