第2話 東京都武蔵野区吉祥寺の廻転寿司
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孤独のグルメ
第3話 東京都台東区浅草の豆かん

原作
原作:久住昌之
作画:谷口ジロー
時間
10分
総セリフ数
26
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※M・・・モノローグ、 N・・・ナレーション。すべてゴロー



001
M
俺は酒が一滴も飲めない。
貿易商をやっておりベネツィアグラスを売りつけたりしているのに、自身が飲めないとはなんともおかしな話だ。
個人輸入業者にとって個人の顧客というのは好みも分かるし、高値で買ってもらえるので大切なのだが、正直いって3時間も話し込まれるとさすがにヘキエキする。
今しがたその苦行を終えてきた俺は、またも空腹を抱えて歩いている。
002
M
しかし・・・少し気になっていた。
クライアントの女性が教えてくれたことだが、この近くに男ひとりでも入れるような気さくな甘味屋があるらしい。
さっきはそっけなく返答したものの、俺は甘い物には実際目が無いのだ。
特に和食系の甘い物、アズキ、ミツ、カンテン、モチ関係は・・・・・・
003
M
いつしか俺の足は自然と今しがた聞いた道を足早にたどっていた。
俺は歩きながら腹ごしらえの算段をする。
甘味処ならお雑煮とか煮込みうどんとかあるいは釜飯のようなものがあるだろう。
まず、そういうものを腹に入れる。そしてしかる後、おススメとやらの「豆かん」なるものをデザートに所望するとしよう。
004
ゴロー
お、ここか・・・・・・
005
M
「高級甘味」とうたっている割には小さな店だな・・・。
いや・・・、かえってこういう店がいいんだろうな。
いかにも甘味って店はやっぱり男一人じゃ入りにくいものだ。
---
 
 
006
M
店に入る。
うん、確かに"気さく"だ。これなら男一人でも周囲から浮かずにすむ。
さて・・・なににするか。うんうん、どれもこれも食ってみたいが・・・とりあえず空腹を満たすのが先決だ。
ところてん・・・お雑煮・・・煮込み雑煮・・・煮込み雑炊――――
007
ゴロー
ん?
008
M
なんだ・・・この「煮込み雑炊」ってのは。
うん、よしこれだ。これはいい。
雑炊とは気がきいてるじゃないか。
009
ゴロー
スイマセン。この「煮込み雑炊」をひとつください。
010
M
満を持して注文した俺だったが、帰ってきた答えは無常だった。煮込み雑炊は来月かららしい。
がーんだな・・・出鼻をくじかれた。
011
ゴロー
じゃ・・・この「煮込み雑煮」を。
・・・え?雑煮も来月からですか・・・・・・。ああ、冬場だけのメニューね・・・。
012
M
そうか・・・どうしよう。結局腹にたまるものがないってわけか。
それならいそべ焼きだのあべかわモチなんていう手もあるが・・・
一人前じゃモノ足りんし、2皿注文するのもナンだ・・・
かといって今から店を出てどこかで食って戻ってくるのもおかしい・・・
ここはサッと食って別の店でドスンとなにか食うか。
013
ゴロー
じゃ、豆かん下さい。
014
M
はあ・・・それにしても腹が減ったな。
ずっと昔・・・だったかな。文学作家が豆かんを好きだと書いてあるのを読んで食べたくなり、どこかで食べた記憶があるが味は忘れた。
思い出にふける俺の目の前に、久方ぶりの豆かんが出てきた。
015
N
豆かんは至ってシンプルなものである。

店主のオジサンが、器に入れた寒天に蜜をかけ水切りのザルから目分量でたっぷりと豆をのせる。
これで400円は安く感じる。
豆は茶褐色。粒が大きく艶もあり実に柔らかい。
黒蜜だが、いわゆる黒蜜よりクセがなくサッパリしている。あまり甘すぎない。
寒天が半透明に輝いている。
016
M
うん!これはうまい。
これはいい豆だ。実に美味しい・・・昔食べたものよりもずっとうまい・・・そんな気がする。
豆とカンテンだけなのに・・・どこまで食べても飽きないぞ。
しかし・・・・・・
017
M
店の人はずっとお客さんと代わる代わる話しているな・・・
そして店主さんもまったくそれを嫌がっていない。 何時間客と話していてもそれは自然なものというか・・・
ここには自分のような商売とはまったく違う時間が流れている・・・・・・
おそらく自分はこんなふうには生きられないだろう。
018
ゴロー
あ、こっちお勘定お願いします。
---
 
 
019
M
しかし・・・うまかった。
できれば腹ごしらえしてから食べたかったな。
020
M
浅草も、浅草寺裏はいわゆる浅草とはまったく違う、なんとも落ち着いた雰囲気をもっている。
なんだか男ひとりで歩くにはもったいないようだ。
021
ゴロー
お・・・
022
M
なんだ。いい感じの洋食屋だ。
ハヤシライス・・・ビーフシチュー・・・
023
ゴロー
うん。こりァいいな。
024
M
店に入ってみる。
奥で物音がするが、テーブル周りのライトはついていないな。
025
ゴロー
あれ・・・まだやってないのかな?
すいませーん。やってますか?
026
M
奥から少し太ったおじさんが出てきた。
まだ開店前だが、入っていいとの言葉をもらった。
そう。こういう対応をしてくれるのが、浅草のいいところだ。
さて!何を食おうかな。

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