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MONSTER CHAPTER.01 ヘルDr.テンマ
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
86
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001
N
そして私は、海から一匹の野獣がやってくるのを見た。それは、10の角と7つの頭を持ち、
それぞれの角には冠が、それぞれの頭には神を侮蔑する名前があった。(中略)
竜がその権力を野獣に与えたため、すべての人々は竜を崇拝した。
人々はその野獣をも崇拝し、そして言った。
「誰がこの野獣のようになれるのか。誰が野獣に逆らって戦うことができるのか。」

<ヨハネの黙示録 第十三章1-4>

002
N(医師B)
見事でしたね。
あんな難しい部位の脳動脈瘤をあの速さでクリッピングするなんて!!
003
医師A
素晴らしいオペだったよヘルDr.テンマ。
ケンゾー・テンマは天才だということを改めて確認したよ。

脳神経外科と救急外科、両方かけもちで疲れきっているところを、よく頑張ってくれた!
004
テンマ
いえ、皆さんのおかげです。
ダンケシェーン、ありがとうございます。
005
N
医師らと握手を交わそうとテンマが進み出たその時、窓枠に鋭い陽光が入る。
その光は、薄暗いオペ室に慣れたテンマの目をさした。
006
テンマ
もうこんなに日が高くなっていたのか・・・・・・
007
医師A
ああ、なんたって真夜中から6時間ぶっ続けのオペだったもんな。

今日は外来もないし、ゆっくり休め。
008
テンマ
はい
009
N
徹夜での手術の疲れを隠しきれず、廊下をフラフラと歩くテンマ。
と、そこでトルコ人らしき女性が声を押し殺して泣いているのを見かける。子供も一緒だ。
010
テンマ
あ・・・・・・そういえば、同じ頃もう一件、トルコ人の労働者がかつぎこまれたね。
011
看護婦
ええ・・・・・・、Dr.ベッカーが執刀されました。
012
テンマ
結果は?
013
看護婦
(黙って首を振る)
014
テンマ
・・・・・・そう。 残念だったね・・・・・・
---
015
N
1986年、ドイツ、デュッセルドルフ。
市内のアパートの一室にテンマの部屋はある。
016
エヴァ
こら、起きろ!・・・・・・起きなさいDr.天馬!

役柄が逆でしょ。
キスで目覚めるのは、あたしみたいなお姫様のはずよ。
017
テンマ
ん・・・・・・あ、来てたのか、エヴァ・・・・・・
018
N
自分を起こす声に目を覚ますと、そこにはテンマの婚約者であるエヴァ・ハイネマンの姿があった。
テンマが務めるアイスラー記念病院。そこの院長も名をハイネマンという。
すなわち、テンマは院長の娘と婚約を結んでいるのである。
019
エヴァ
デートの約束忘れてたでしょ、賢三。
020
テンマ
あ・・・・・・いや・・・・・・忘れてないよ。
021
キャスター
先日、東ドイツから西(こちら)側に亡命した東ドイツ貿易局顧問のリーベルト氏が、
昨夜、妻子を伴ってマスコミの前に姿を現しました。
リーベルト夫妻は疲れた様子もなく、二卵性双生児の娘さん息子さんとともに明るい表情を見せていました。
一家は当分の間、デュッセルドルフに滞在し・・・
022
テンマ
う―――ん、寝た気がしない・・・・・・・・・・・・ZZZzzz...
023
エヴァ
こぉらぁ、ダメよ、起きて!!あなたのニュースよ!!
ほら、テレビ見て!
024
N
テンマはエヴァに無理やりに起こされ、寝ボケまなこをテレビにやる。
ニュースの内容といえば、昨夜。いや、今朝方に手術を終えた患者のものだった。
テンマも良く知る男が、フラッシュがたかれる会見場でたくさんの記者を前に得意げな表情を浮かべている。
025
キャスター
昨夜、クモ膜下出血で倒れ重体が伝えられたオペラ歌手のローゼンバッハさんですが、術後の容体は順調のようです。
それでは、手術にあたったデュッセルドルフ・アイスラー記念病院のハイネマン院長による記者会見の映像です。
026
ハイネマン院長
ローゼンバッハさんの診断名は破裂脳動脈瘤クモ膜下出血です。手術自体は予定通り、クリッピングもうまくいきました。
問題は、今後予想される脳浮腫、脳血管攣縮(れんしゅく)による脳虚血、二次性水頭症ですが、これらの予防は万全の態勢でおこなうつもりです。
彼の歌声をよみがえらせるために全力を尽くします!
027
キャスター
これまでも数多くの困難な手術を成功させてきたハイネマン医師のチームは、
今回の手術で、またわが国の医療界での地位をゆるぎないものにしたと言えるでしょう。
028
テンマ
・・・これは僕のニュースじゃなく、君のパパのニュースだよ。
029
エヴァ
それはそうだけど。あなたが昨夜父のチームの一員として完璧な手術をしてくれたからよ。
きっと父も感謝しているわ。病院の名声をあげてくれたのはあなたなんですもの。
030
テンマ
感謝するのは僕のほうだよ。
日本人の僕が今こうしてこのドイツでやっていけるのも、君のお父さんのおかげだからね。
031
エヴァ
この調子で頑張るのよ、ケンゾー。父についてゆけば絶対に大丈夫。
父が理事長になるのも時間の問題なんだし・・・・・・そうしたらあなたもすぐに外科部長、ゆくゆくは院長に・・・・・・、
そしたら私は院長夫人!

幸せにしてよ。
あたしに苦労は似合わないんだから。
032
N
そう言って、エヴァは寝ているテンマの上に乗りかかりキスをする。
033
エヴァ
あ、そうそう。あなたの論文、父がとっても感心してたわ。
父の名で学会で発表したら、かなりの反響は間違いないって。
034
テンマ
・・・・・・。
035
エヴァ
父のために書いた・・・・・・そうでしょ?
036
テンマ
あ・・・ああ・・・・・・。
あの論文は君のお父さんの依頼で書いたんだ。使ってもらえてうれしいよ。
037
N
エヴァはテンマのその返答に満足したのか、深く抱きつき再び唇を重ねた。
038
エヴァ
どうする?
039
テンマ
どうするって?
040
エヴァ
デート・・・・・・外に出かける? それとも・・・・・・このまま・・・・・・?
---
041
看護婦
血圧、128/64。
042
テンマ
脳ベラ。
(看護婦:はい)

マイクロ剪刀(せんとう)。
(看護婦:はい)

これからピラミスを削るぞ。
043
N
看護婦の状況報告とテンマの道具を要求するコール、そして手術モニターの心拍音だけが響く手術室。
素晴らしい手際で手術は進み、無事に終了した。
044
Dr.ベッカー
いや――――相変わらず見事なオペだった。

上手いのはオペだけじゃないみたいだがね。
045
テンマ
は?
046
Dr.ベッカー
手術の腕は天下逸品。その若さでチーフの座にすわり、院長も外科部長も大のお気に入りだ。
047
テンマ
な・・・何が言いたいんですか、Dr.ベッカー?
048
Dr.ベッカー
いや、何も悪い意味で言ってるんじゃないさ。病院は政治の世界だからな。
上手に世渡りしていかなきゃ、いつまでたってもうだつがあがらない・・・それが病院ってもんだ。
院長の娘のハート、ガッチリつかんどけよ。
049
テンマ
え・・・!
050
Dr.ベッカー
隠したって無駄さ。みんなご存じだよ。
まったく、そっちのほうも腕がたけてるとはねえ。
051
テンマ
そ、そんな!
052
Dr.ベッカー
いや、ホント悪く言ってるんじゃないんだ。
君だって、院長にうまく利用されてるってことは分かってるんだろ?
君が成功させたオペを、さも自分がやったようにテレビで記者会見、だもんな。

そりゃ一流のオペラ歌手の命を救えば、病院の名もあがる。
君は院長のために、あのオペを絶対に成功させなきゃならなかったし、期待にこたえて無事成功させてのけた。
しかしな、ただ利用されてるばっかりじゃなく・・・・・・・・・・・・

そっちも徹底的に利用してやれってことさ。娘でもなんでも使ってな。
053
テンマ
・・・・・・。
054
Dr.ベッカー
まっ、言われなくてもわかるか。利用されるってことは、実力があるってことだもんなあ。
俺なんか利用して欲しくても、実力がないもんなあ・・・・・・

君が出世したら俺のこともよろしく頼むよ。今度一杯おごるからさ。ハハハ・・・
055
N
言うだけ言ってさっさとどこかへ行くDr.ベッカー。その背中を見やりながら、テンマは嘆息する。
すると後ろから看護婦が声を掛けてきた。さっきの話を聞かれやしなかったかと心配したが、気を持ち直して振り返る。
056
看護婦
Dr.テンマ。ICU(集中治療室)のケストナーさんなんですけど、血圧が70まで下がっています。
057
テンマ
わかった。イノバンを3ガンマ上げてくれ。あと、ベンチレーターの酸素濃度を50%に上げて・・・・・・
058
N
看護婦への指示をふと止め患者待合室のほうを見やると、見覚えのある女性と子供がじっとこちらを見ていた。
テンマは看護婦に先に行くように指示すると、女性のほうに向きなおった。
059
トルコ人女性
あんた、Dr.テンマ?
060
テンマ
はい、何か?
・・・・・・あなたたしか先日ケガで運び込まれたトルコ人の・・・・・・
061
トルコ人女性
亭主を返してよ。
062
テンマ
・・・はい?
063
トルコ人女性
ウチの人を返してよ!!
064
テンマ
あ・・・あの、病院としては全力を尽くし・・・・・・
065
トルコ人女性
うそだ!!
あの時ウチの人のほうが早くかつぎこまれたんだ!あんなオペラ歌手なんかより先に!!
なのに後回しにしたんだ―――!!!
066
テンマ
え・・・・・・
067
トルコ人女性
あんた、この病院で一番腕の立つ医者だそうじゃないか!!
なんで先に運びこまれたうちの亭主を、あんたが手術しなかったんだよ!!
068
N
トルコ人女性がテンマの胸倉をつかみ、壁に押し付けて一方的にまくしたてる。
この手の言いがかりのようなものは病院ではよくある話だが、テンマにはその女性の言葉に覚えがあった。
069
テンマM
あ・・・・・・あの時・・・・・・。あの夜たしかに僕はアパートで寝ているところを、ポケベルで呼び出され、
工事現場で事故にあったトルコ人のオペにあたるところだった・・・・・・
---
(テンマの回想)
070
テンマM
そのために更衣室でオペ服に着替えていた時・・・外科部長が入ってきた。
071
N(外科部長)
Dr.テンマ。君はこっちじゃない。大至急、第一手術室のほうに行ってくれ。
院長からのお達しだ。急いでくれ!!
---
(テンマの回想 終了)
072
トルコ人女性
あんたが手術すれば助かったんだ!!
あんたがうちの亭主を、後回しにしたんだ!!
あの人を返せ!!あの人を!!
うわあああ!!!
073
N
号泣しながらテンマの胸をドンドンと叩き続けるトルコ人女性。その子供も泣きながら母親の足にしがみついている。
いつまでもなき続ける彼女に対して、テンマは何も言えなかった。
---
074
エヴァ
・・・・・・でね、そのドレス、友達と奪い合いよ。あのサイズ、一着しかないんだもの。
でも安心して。あたしのモノにしたから・・・・・・

ちょっと、聞いてるの?
075
テンマ
え? あ・・・ああ・・・・・・聞いてるよ。
076
N
夜、こじゃれたレストランでテンマとエヴァが食事を取っている。
いつもの調子で自分のことをしゃべり続けるエヴァに対し、テンマは上の空であった。
077
テンマ
カルテを診たんだ・・・・・・。そのトルコ人のオペを執刀したのはDr.ベッカーだった。
078
エヴァ
やだ、まだその話してるの?
079
テンマ
直接の死因は脳ヘルニア・・・・・・しかし、明らかに治療開始に時間がかかりすぎている。
もっと迅速に開頭して、外減圧をすれば・・・・・・
080
エヴァ
やめてよ、食事中にそんな話。
081
テンマ
Dr.ベッカーには悪いけど、僕が執刀していたら、あのトルコ人患者(クランケ)をなんとか助けることができたかもしれない。
しかし・・・・・・しかし、僕に対してあんなふうに言ったって一体どうしろっていうんだ。
僕はただ、院長の命令通りあのオペラ歌手のオペをしただけなんだ。

僕に責任はない・・・・・・
082
エヴァ
そうよ。
083
テンマ
そうだろ?
084
エヴァ
当り前よ。

”人の命は平等じゃないんだもの。”
085
テンマ
え・・・・・・

(小声で)・・・・・・人の命は・・・・・・平等じゃない・・・・・・。
086
N
自分の婚約者の口から出た思わぬ言葉に、テンマはつい先ほど聞いたトルコ人女性の涙ながらの叫びを思い出すのであった。

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