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浦沢直樹 |
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15分 |
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123 |
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雨が降りしきるデュッセルドルフ市内を、ボンネットに"PLIZEI"(警察)と書かれた車数台が走り抜ける。 けたたましくサイレンを鳴らし走り続けていたそのパトカー群は、そのすべてが一件の家の前で停止した。 |
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103号車、現場到着!! |
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214号車到着! |
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あの屋敷か!! |
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はい、通報者は隣人です! |
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深夜に入ろうかというこの時間。銃声を聞いたという隣人の通報を受け警察がやってきたのだ。 この時間、この天気にも関わらず、サイレンを聞きつけて集まってきた野次馬はかなりの数になっていた。 |
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銃声は何発聞こえたって!? |
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5.6発だそうです!! |
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この家の住人の身元はわかったのか!? |
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そ、それが・・・・・・ 先日東ドイツから越境してきた貿易局の顧問・・・・・・リーベルト氏の住まいだそうです。 |
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なんだってェ!? 面倒なことになるぞ、こりゃあ・・・・・・ |
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話をしながらも手際よく突入の準備を進める警官隊。 裏口に数名を配備して、突入は玄関から行うようだ。4名の警官が玄関扉の両脇に張り付いている。 突入班リーダーの無線に裏口配備班からの連絡が入った。 |
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裏口、配備につきました! |
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よし。3つ数えたら突入する!! 1!・・・・・・2!・・・・・・3!突入! |
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扉を蹴りあけ、拳銃を構えた警官隊がなだれ込む。 彼らは、玄関入ってすぐにある応接室で、夫婦とおぼしき男女が血だらけで倒れているのを発見した。 二人とも頭部を拳銃で撃ち抜かれており、即死である。 |
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ひでぇ・・・ |
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なんてこった・・・・・・ |
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侵入者はすでに、逃走した模様です!! |
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!! 奥に誰かいるぞ! |
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警官のひとりが奥の小部屋に人の気配を察知する。突入する警官隊。 するとそこにはまたも、頭部から血を流して横たわっている少年と、その傍らで立ち尽くす少女の姿があった。 少年はピクリとも動かず、少女の視線は宙をさまよい、その焦点は合っていなかった。 |
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少女一名生存確認!男女二名は絶命!男の子は重体ですが脈拍あり!! |
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そしてそれと時を同じくして、自室で眠っていたテンマの緊急呼び出し用のボケベルが鳴った。 |
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ん・・・・・・ 急患か・・・・・・ |
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テンマは病院に向けて車を走らせながら、車載電話で患者の状況を聞いている。 |
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頭部に銃弾か。脈拍は?うん・・・・・・ ・・・・・・で、患者(クランケ)はその男の子一人なのか? |
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ええ、銃撃事件で両親は即死です。強盗か何かじゃないですかね。 |
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分かった。5分以内に病院に到着するよ。 救急車が付いたら救急担当のDr.エッケナーの指示にしたがって、ただちにCTスキャンをしてくれ。 |
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ひと通りの指示を終え、受話器を置いた。ふと、助手席に女物のハンカチがあることに気づく。 テンマは、つい先ほどエヴァを家まで送った時のことを思い出した。 |
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(テンマの回想) |
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あら、お父様。 |
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申し訳ありません、ハイネマン院長。大事なお嬢さんをこんな時間まで・・・・・・ |
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何を言ってるんだ、テンマ君。エヴァはもう君の婚約者じゃないか。 あー、どうだね、お茶でも一杯飲んでいかんかね。 |
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あ・・・はい。では失礼して・・・。 |
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まあ、お父様ったらいつからそんなに寛容になられたの? 昔は門限を1分でもやぶったら、大変なカミナリだったのに。 |
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今や、ワガママ娘がかたづくのでホッとしているよ。はっはっは!! ところで、来月の4日に結婚式の日取りが決まったこと、日本のご両親には知らせたのかね? |
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はい。 でも父は小さな病院の開業医ですので、なかなか長期の休診ができなくて・・・・・・・・・ このドイツまでやってくる時間がとれるかどうか・・・・・・ |
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お兄さんがあとを継がれているんだろ? いい機会だから、ご両親にはゆっくり海外旅行を楽しんでいただくのもいいんじゃないか。 |
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そうよ。我が家でご招待するんだから。 |
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ありがとうございます。ハイネマン院長には何から何までお世話になってしまい・・・・・・ ウチの実家は小さな開業医で、おまけに僕は三男坊だし・・・・・・ どこかの大学病院に潜り込めればと思って研修医(レジデント)をしていた時、院長の論文に出会って感銘を受け・・・・・・ |
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一念発起、父を頼ってドイツにやってきた時のケンゾーったら、高校生(ギムナジウム)の男の子かと思ったわ。 |
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(照れて)はは・・・ |
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それが今やアイスラー記念病院の若手ナンバーワン!! |
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本当に、院長には感謝してもしたりません。 |
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ハハ。そういえば、この前の論文、実によく研究されていたね。 今は「くも膜下出血後の脳血管攣宿」の研究に入っているそうじゃないか。 |
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あ・・・・・・はい。犬のくも膜下出血のモデルを作って、攣宿血管を観ているんです。 そのメカニズムの一端でも知り得たらと思いまして・・・・・・いずれは治療にも結びつけたいと思います!! |
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ほほう。 まあ、その研究はキャンセルだ。 |
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はい? |
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次の「欧州救急医学会総会」では、私がシンポジストとして発表しなければならないんだが・・・・・・ テーマは「救急医療体制の現状と展望」なんだ。君に草稿をまとめてもらうよ。 |
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あ・・・いや、しかしもう少しで研究がまとまるところで・・・・・・ |
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テンマが訴えようとしたが、それを遮るようにハイネマンが話し始める。 |
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いやしかし、今日の昼間はまいったよ。 |
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どうなさったの?お父さま。 |
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「不正医療を糾弾する会」だかなんだか知らんが、うさんくさい民間団体が病院につめかけてきてね。 先日のオペラ歌手のローゼンバッハの手術に関して騒ぐんだ。 先に運びこまれたトルコ人のケガ人を後回しにしたなどと言いがかりをつけてな。 |
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っ!! |
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いやはや、ああいう連中の勘違いにはほとほと閉口するよ。 |
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勘違い? |
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医者をボランティアか何かと勘違いしているんだ。我々は人の命を救う以前に、学究の徒・・・・・・そうだろう、テンマ君。 |
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は・・・はあ。 |
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そういう個人的な感情に、いちいちかかずらわっていて、医療の進歩があるものかね。 |
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お父さまの言う通りだと思うわ。ねっ、ケンゾー。 |
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あ・・・ああ。 |
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我々には、より広い視点に立ち、ドイツ・・・いや、ヨーロッパ医学会をリードしていく重要な役割があるんだ。 そのためにも、次の「欧州救急医学会総会」では、ヨーロッパ全土のメディアで結んだ、救急医療ネットワークを提唱しようと思う。 とにかく、草稿の件頼んだよ。 "君には期待しているんだ"、テンマ君。 |
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あ・・・・・・ ありがとうございます・・・・・・ |
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なんとかそう答えたものの、テンマの手は小刻みに震えていた。 |
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そうしたことに思いを巡らせているうち、車はようやく病院に到着した。 |
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患者(クランケ)の容体は!? |
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あ、Dr.テンマ!! 血圧72/50、脈拍138です!! |
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ちょうど、ストレッチャーに載せられた少年が奥に運びこまれるところであった。 鼻から上をすべて覆うように巻かれた包帯と着ているパジャマの両方に、血がべっとりと染みついている。 |
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銃弾は前頭部からか・・・! 頭部に銃弾が残っている可能性があるから、ただちにレントゲン写真を!! |
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はい!! |
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少年のものと並んで、もう一台ストレッチャーがあった。そこには少女が横たわっている。 |
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・・・そのコは? |
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いまの男の子の双子の妹です。 |
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外傷は? |
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ありません。ただ、精神的なショックが大きいようで・・・・・・・・・・・・ |
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テンマは少女の顔を改めてよく見る。金髪の愛らしい顔をした少女であったが、その顔色は蒼白で、目を見開いたまま全く動かない。 聞くと、何かの言葉をうわごとのように繰り返している。 |
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・・・・・・・・・て・・・・・・ |
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? |
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・・・・・・して・・・・・・ ・・・ころして・・・・・・・・・ |
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え? |
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Dr.テンマ!頭部写真とCTスキャンが出来上がったから、読影室のほうに。 |
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あ・・・・・・。 わかった。今行く。 |
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テンマは少女の言葉が気になったが、今は重篤の少年のことに集中することにした。 読影室へ到着し、共に手術をこなす医師と一緒にレントゲン写真から情報を読み取る。 |
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前頭部から入って、脳の最深部に達しているな。 |
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ええ・・・・・・ |
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これは難しいな・・・・・・・・・ |
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え? |
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ここ。銃弾が左中大脳動脈をかすめている。 |
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なに!! ・・・なるほど、Dr.テンマの言う通りだ。こりゃ厄介だぞ。 |
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銃弾を少しでも動かしたら、破裂して大出血するかもしれませんね。 |
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両側前頭開頭し、骨片の除去、汚染脳の除去を行う。そして最後に慎重に銃弾を摘出し・・・・・・損傷血管形成だ。 ちょっと時間がかかるけど、みんな、がんばっていきましょう! |
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よし、行こう!! |
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血圧120/80脈拍92、良好だ。 |
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麻酔かかりました。 |
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テンマ達、少年の手術に当たる医療チームは手早く準備をすすめ、今まさに手術が始まろうとしていた。 とその時、オペ室の扉がノックされ、外科部長がドアの隙間から顔を出した。 |
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Dr.テンマ。君はこっちじゃない。大至急、第一手術室のほうへ行ってくれ。 |
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え? |
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市長が・・・!!ローデッカー市長が脳血栓で倒れたんだ!! 休養先の別荘で倒れたらしい。今、ヘリでこっちに向かっている。あと10分で到着する予定だ。 |
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それでは、そちらはDr.ボイアーにお願いします。 |
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内頸動脈閉塞の可能性もある。もしそうなら、君がオペを執刀するんだ!! |
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え!?し・・・しかし、たった今、あの子のオペを開始するところだったんですよ!! |
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ハイネマン院長直々の"お達し"だ。電話に出たまえ。 |
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え・・・ も・・・・・・もしもし、天馬です。 |
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ああ、テンマ君か。市長の件、よろしく頼むよ。 Dr.アイゼンとDr.ボイアーにも連絡をとった。これで万全だろう! |
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し、しかし院長・・・・・・ 僕はたった今、別のオペを開始するところで・・・・・・・・・・・・ |
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そっちは他のヤツにまかせればいいだろう。 |
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お・・・お言葉ですが、今、開始するオペの患者(クランケ)は・・・・・・その子供は、銃弾が左中大脳動脈をかすめていて難しいオペになりそうなんです!! でも・・・・・・僕にはやりとげる自信があります!! ローデッカー市長はDr.ボイアーにおまかせします!! あの子のオペは、僕が執刀しなければ・・・・・・他の医師にまかせるにはちょっと・・・ |
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ともかく全力をあげて市長を救ってくれたまえ。 |
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!! |
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ハイネマンは、それ以上聞きたくないとでも言うように、テンマが必死で説明をする横から言葉をはさむ。 |
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ローデッカーは次の医療審査特別委員会で、我々アイスラー記念病院に対する助成金を大幅に増額することを約束しているんだ。 ヤツにはまだ死んでもらっては困るんだよ。よろしく頼んだよ、テンマ君。 "君には期待しているんだ。" |
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・・・・・・・・・。 はい・・・・・・、わかりました・・・・・・ |
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お!市長がヘリポートに到着したぞ!Dr.ボイアー! |
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テンマは電話を切った。 市長の手術を共にこなすDr.ボイアーが、立ち尽くすテンマの肩をポンと叩いていく。 彼らと共に第一手術室へ歩を進めようとした刹那、テンマの頭に様々な思いがフラッシュバックした。 |
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医者をボランティアか何かと勘違いしているんだよ。 我々は人の命を救う以前に、学究の徒・・・・・・そうだろう? |
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当り前よ。人の命は平等じゃないんだもの。 |
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そして最後に浮かんだのは、先日、手術の順序を先送りされたせいで夫を亡くしたトルコ人女性の、涙ながらの叫びであった。 夫を返せ。あの人を返せ。と何度も何度も繰り返す声。テンマはその声が、自分のすぐ後ろで聞こえた気がした。 はっとした。第一手術室へと向けていた足をとめる。 |
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どうした?Dr.テンマ。 |
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僕は・・・・・・・・・ 僕は向こうでオペが待ってますから。では! |
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お…おいDr.テンマ!!院長のお達しだぞ!! |
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テンマは振り返ることなく第"三"手術室へと入っていった。ドア上の「手術中」ランプが点灯する。 改めてゴム手袋をつけ直すと、物言わぬ少年を見つめた。 もはや、その眼に迷いはなかった。 |
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大丈夫だがんばれ!!僕が助けてやる!! |
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一方、その少年の双子の妹は、一般病室で寝かせられていた。 目立った外傷はなかったため腕に点滴をしているだけである。 病室には他に誰もいない。 そこで少女はまた"あの"言葉を言っていた。しかも今度ははっきりと。 |
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ころして・・・・・・ |