CHAPTER.01 ヘルDr.テンマ | 台本リスト | CHAPTER.03 転落

MONSTER CHAPTER.02 ころして・・・
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
123
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001
N
雨が降りしきるデュッセルドルフ市内を、ボンネットに"PLIZEI"(警察)と書かれた車数台が走り抜ける。
けたたましくサイレンを鳴らし走り続けていたそのパトカー群は、そのすべてが一件の家の前で停止した。
002
警官A
103号車、現場到着!!
003
警官B
214号車到着!
004
警官A
あの屋敷か!!
005
警官B
はい、通報者は隣人です!
006
N
深夜に入ろうかというこの時間。銃声を聞いたという隣人の通報を受け警察がやってきたのだ。
この時間、この天気にも関わらず、サイレンを聞きつけて集まってきた野次馬はかなりの数になっていた。
007
警官A
銃声は何発聞こえたって!?
008
警官B
5.6発だそうです!!
009
警官A
この家の住人の身元はわかったのか!?
010
警官B
そ、それが・・・・・・
先日東ドイツから越境してきた貿易局の顧問・・・・・・リーベルト氏の住まいだそうです。
011
警官A
なんだってェ!?
面倒なことになるぞ、こりゃあ・・・・・・
012
N
話をしながらも手際よく突入の準備を進める警官隊。
裏口に数名を配備して、突入は玄関から行うようだ。4名の警官が玄関扉の両脇に張り付いている。
突入班リーダーの無線に裏口配備班からの連絡が入った。
013
N(警官C)
裏口、配備につきました!
014
警官A
よし。3つ数えたら突入する!!

1!・・・・・・2!・・・・・・3!突入!
015
N
扉を蹴りあけ、拳銃を構えた警官隊がなだれ込む。
彼らは、玄関入ってすぐにある応接室で、夫婦とおぼしき男女が血だらけで倒れているのを発見した。
二人とも頭部を拳銃で撃ち抜かれており、即死である。
016
警官B
ひでぇ・・・
017
警官A
なんてこった・・・・・・
018
N(警官C)
侵入者はすでに、逃走した模様です!!
019
警官A
!!
奥に誰かいるぞ!
020
N
警官のひとりが奥の小部屋に人の気配を察知する。突入する警官隊。
するとそこにはまたも、頭部から血を流して横たわっている少年と、その傍らで立ち尽くす少女の姿があった。
少年はピクリとも動かず、少女の視線は宙をさまよい、その焦点は合っていなかった。
021
警官B
少女一名生存確認!男女二名は絶命!男の子は重体ですが脈拍あり!!
022
N
そしてそれと時を同じくして、自室で眠っていたテンマの緊急呼び出し用のボケベルが鳴った。
023
テンマ
ん・・・・・・

急患か・・・・・・
---
024
N
テンマは病院に向けて車を走らせながら、車載電話で患者の状況を聞いている。
025
テンマ
頭部に銃弾か。脈拍は?うん・・・・・・

・・・・・・で、患者(クランケ)はその男の子一人なのか?
026
医師A
ええ、銃撃事件で両親は即死です。強盗か何かじゃないですかね。
027
テンマ
分かった。5分以内に病院に到着するよ。
救急車が付いたら救急担当のDr.エッケナーの指示にしたがって、ただちにCTスキャンをしてくれ。
028
N
ひと通りの指示を終え、受話器を置いた。ふと、助手席に女物のハンカチがあることに気づく。
テンマは、つい先ほどエヴァを家まで送った時のことを思い出した。
---

(テンマの回想)

029
エヴァ
あら、お父様。
030
テンマ
申し訳ありません、ハイネマン院長。大事なお嬢さんをこんな時間まで・・・・・・
031
ハイネマン院長
何を言ってるんだ、テンマ君。エヴァはもう君の婚約者じゃないか。
あー、どうだね、お茶でも一杯飲んでいかんかね。
032
テンマ
あ・・・はい。では失礼して・・・。
033
エヴァ
まあ、お父様ったらいつからそんなに寛容になられたの?
昔は門限を1分でもやぶったら、大変なカミナリだったのに。
034
ハイネマン院長
今や、ワガママ娘がかたづくのでホッとしているよ。はっはっは!!
ところで、来月の4日に結婚式の日取りが決まったこと、日本のご両親には知らせたのかね?
035
テンマ
はい。
でも父は小さな病院の開業医ですので、なかなか長期の休診ができなくて・・・・・・・・・
このドイツまでやってくる時間がとれるかどうか・・・・・・
036
ハイネマン院長
お兄さんがあとを継がれているんだろ?
いい機会だから、ご両親にはゆっくり海外旅行を楽しんでいただくのもいいんじゃないか。
037
エヴァ
そうよ。我が家でご招待するんだから。
038
テンマ
ありがとうございます。ハイネマン院長には何から何までお世話になってしまい・・・・・・
ウチの実家は小さな開業医で、おまけに僕は三男坊だし・・・・・・
どこかの大学病院に潜り込めればと思って研修医(レジデント)をしていた時、院長の論文に出会って感銘を受け・・・・・・
039
エヴァ
一念発起、父を頼ってドイツにやってきた時のケンゾーったら、高校生(ギムナジウム)の男の子かと思ったわ。
040
テンマ
(照れて)はは・・・
041
エヴァ
それが今やアイスラー記念病院の若手ナンバーワン!!
042
テンマ
本当に、院長には感謝してもしたりません。
043
ハイネマン院長
ハハ。そういえば、この前の論文、実によく研究されていたね。
今は「くも膜下出血後の脳血管攣宿」の研究に入っているそうじゃないか。
044
テンマ
あ・・・・・・はい。犬のくも膜下出血のモデルを作って、攣宿血管を観ているんです。
そのメカニズムの一端でも知り得たらと思いまして・・・・・・いずれは治療にも結びつけたいと思います!!
045
ハイネマン院長
ほほう。
まあ、その研究はキャンセルだ。
046
テンマ
はい?
047
ハイネマン院長
次の「欧州救急医学会総会」では、私がシンポジストとして発表しなければならないんだが・・・・・・
テーマは「救急医療体制の現状と展望」なんだ。君に草稿をまとめてもらうよ。
048
テンマ
あ・・・いや、しかしもう少しで研究がまとまるところで・・・・・・
049
N
テンマが訴えようとしたが、それを遮るようにハイネマンが話し始める。
050
ハイネマン院長
いやしかし、今日の昼間はまいったよ。
051
エヴァ
どうなさったの?お父さま。
052
ハイネマン院長
「不正医療を糾弾する会」だかなんだか知らんが、うさんくさい民間団体が病院につめかけてきてね。
先日のオペラ歌手のローゼンバッハの手術に関して騒ぐんだ。
先に運びこまれたトルコ人のケガ人を後回しにしたなどと言いがかりをつけてな。
053
テンマ
っ!!
054
ハイネマン院長
いやはや、ああいう連中の勘違いにはほとほと閉口するよ。
055
テンマ
勘違い?
056
ハイネマン院長
医者をボランティアか何かと勘違いしているんだ。我々は人の命を救う以前に、学究の徒・・・・・・そうだろう、テンマ君。
057
テンマ
は・・・はあ。
058
ハイネマン院長
そういう個人的な感情に、いちいちかかずらわっていて、医療の進歩があるものかね。
059
エヴァ
お父さまの言う通りだと思うわ。ねっ、ケンゾー。
060
テンマ
あ・・・ああ。
061
ハイネマン院長
我々には、より広い視点に立ち、ドイツ・・・いや、ヨーロッパ医学会をリードしていく重要な役割があるんだ。
そのためにも、次の「欧州救急医学会総会」では、ヨーロッパ全土のメディアで結んだ、救急医療ネットワークを提唱しようと思う。
とにかく、草稿の件頼んだよ。

"君には期待しているんだ"、テンマ君。
062
テンマ
あ・・・・・・

ありがとうございます・・・・・・
063
N
なんとかそう答えたものの、テンマの手は小刻みに震えていた。
---
(テンマの回想 終了)
---
064
N
そうしたことに思いを巡らせているうち、車はようやく病院に到着した。
065
テンマ
患者(クランケ)の容体は!?
066
医師A
あ、Dr.テンマ!!
血圧72/50、脈拍138です!!
067
N
ちょうど、ストレッチャーに載せられた少年が奥に運びこまれるところであった。
鼻から上をすべて覆うように巻かれた包帯と着ているパジャマの両方に、血がべっとりと染みついている。
068
テンマ
銃弾は前頭部からか・・・!
頭部に銃弾が残っている可能性があるから、ただちにレントゲン写真を!!
069
医師A
はい!!
070
N
少年のものと並んで、もう一台ストレッチャーがあった。そこには少女が横たわっている。
071
テンマ
・・・そのコは?
072
医師A
いまの男の子の双子の妹です。
073
テンマ
外傷は?
074
医師A
ありません。ただ、精神的なショックが大きいようで・・・・・・・・・・・・
075
N
テンマは少女の顔を改めてよく見る。金髪の愛らしい顔をした少女であったが、その顔色は蒼白で、目を見開いたまま全く動かない。
聞くと、何かの言葉をうわごとのように繰り返している。
076
少女
・・・・・・・・・て・・・・・・
077
テンマ
078
少女
・・・・・・して・・・・・・

・・・ころして・・・・・・・・・
079
テンマ
え?
080
医師B
Dr.テンマ!頭部写真とCTスキャンが出来上がったから、読影室のほうに。
081
テンマ
あ・・・・・・。
わかった。今行く。
082
N
テンマは少女の言葉が気になったが、今は重篤の少年のことに集中することにした。

読影室へ到着し、共に手術をこなす医師と一緒にレントゲン写真から情報を読み取る。
083
医師B
前頭部から入って、脳の最深部に達しているな。
084
医師A
ええ・・・・・・
085
テンマ
これは難しいな・・・・・・・・・
086
医師B
え?
087
テンマ
ここ。銃弾が左中大脳動脈をかすめている。
088
医師B
なに!!
・・・なるほど、Dr.テンマの言う通りだ。こりゃ厄介だぞ。
089
医師A
銃弾を少しでも動かしたら、破裂して大出血するかもしれませんね。
090
テンマ
両側前頭開頭し、骨片の除去、汚染脳の除去を行う。そして最後に慎重に銃弾を摘出し・・・・・・損傷血管形成だ。
ちょっと時間がかかるけど、みんな、がんばっていきましょう!
091
医師B
よし、行こう!!
---
092
医師B
血圧120/80脈拍92、良好だ。
093
医師A
麻酔かかりました。
094
N
テンマ達、少年の手術に当たる医療チームは手早く準備をすすめ、今まさに手術が始まろうとしていた。
とその時、オペ室の扉がノックされ、外科部長がドアの隙間から顔を出した。
095
外科部長
Dr.テンマ。君はこっちじゃない。大至急、第一手術室のほうへ行ってくれ。
096
テンマ
え?
097
外科部長
市長が・・・!!ローデッカー市長が脳血栓で倒れたんだ!!
休養先の別荘で倒れたらしい。今、ヘリでこっちに向かっている。あと10分で到着する予定だ。
098
テンマ
それでは、そちらはDr.ボイアーにお願いします。
099
外科部長
内頸動脈閉塞の可能性もある。もしそうなら、君がオペを執刀するんだ!!
100
テンマ
え!?し・・・しかし、たった今、あの子のオペを開始するところだったんですよ!!
101
外科部長
ハイネマン院長直々の"お達し"だ。電話に出たまえ。
102
テンマ
え・・・

も・・・・・・もしもし、天馬です。
103
ハイネマン院長
ああ、テンマ君か。市長の件、よろしく頼むよ。 Dr.アイゼンとDr.ボイアーにも連絡をとった。これで万全だろう!
104
テンマ
し、しかし院長・・・・・・
僕はたった今、別のオペを開始するところで・・・・・・・・・・・・
105
ハイネマン院長
そっちは他のヤツにまかせればいいだろう。
106
テンマ
お・・・お言葉ですが、今、開始するオペの患者(クランケ)は・・・・・・その子供は、銃弾が左中大脳動脈をかすめていて難しいオペになりそうなんです!!
でも・・・・・・僕にはやりとげる自信があります!!
ローデッカー市長はDr.ボイアーにおまかせします!!
あの子のオペは、僕が執刀しなければ・・・・・・他の医師にまかせるにはちょっと・・・
107
ハイネマン院長
ともかく全力をあげて市長を救ってくれたまえ。
108
テンマ
!!
109
N
ハイネマンは、それ以上聞きたくないとでも言うように、テンマが必死で説明をする横から言葉をはさむ。
110
ハイネマン院長
ローデッカーは次の医療審査特別委員会で、我々アイスラー記念病院に対する助成金を大幅に増額することを約束しているんだ。
ヤツにはまだ死んでもらっては困るんだよ。よろしく頼んだよ、テンマ君。
"君には期待しているんだ。"
111
テンマ
・・・・・・・・・。

はい・・・・・・、わかりました・・・・・・
112
外科部長
お!市長がヘリポートに到着したぞ!Dr.ボイアー!
113
N
テンマは電話を切った。
市長の手術を共にこなすDr.ボイアーが、立ち尽くすテンマの肩をポンと叩いていく。
彼らと共に第一手術室へ歩を進めようとした刹那、テンマの頭に様々な思いがフラッシュバックした。
114
ハイネマン院長
医者をボランティアか何かと勘違いしているんだよ。
我々は人の命を救う以前に、学究の徒・・・・・・そうだろう?
115
エヴァ
当り前よ。人の命は平等じゃないんだもの。
116
N
そして最後に浮かんだのは、先日、手術の順序を先送りされたせいで夫を亡くしたトルコ人女性の、涙ながらの叫びであった。
夫を返せ。あの人を返せ。と何度も何度も繰り返す声。テンマはその声が、自分のすぐ後ろで聞こえた気がした。
はっとした。第一手術室へと向けていた足をとめる。
117
N(医者C)
どうした?Dr.テンマ。
118
テンマ
僕は・・・・・・・・・

僕は向こうでオペが待ってますから。では!
119
N(医者C)
お…おいDr.テンマ!!院長のお達しだぞ!!
120
N
テンマは振り返ることなく第"三"手術室へと入っていった。ドア上の「手術中」ランプが点灯する。
改めてゴム手袋をつけ直すと、物言わぬ少年を見つめた。
もはや、その眼に迷いはなかった。
121
テンマ
大丈夫だがんばれ!!僕が助けてやる!!
122
N
一方、その少年の双子の妹は、一般病室で寝かせられていた。
目立った外傷はなかったため腕に点滴をしているだけである。
病室には他に誰もいない。 そこで少女はまた"あの"言葉を言っていた。しかも今度ははっきりと。
123
少女
ころして・・・・・・

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