CHAPTER.03 転落 | 台本リスト | CHAPTER.05 殺人事件

MONSTER CHAPTER.04 兄・妹
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
124
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※アンナはセリフがありません。


001
N
デュッセルドルフ・アイスラー記念病院――――

広い病院の庭で、刑事が車イスの少女に向かって質問をしている。当然ながら医師も立ち会っている。
002
刑事
あの晩のこと思い出せないかなあ。
なんでもいいんだ、君が覚えていることなら何でも・・・・・・。たとえば家に誰かがやってきたとか・・・・・・
003
アンナ
・・・・・・
004
刑事
う―――ん・・・・・・君、自分の名前ぐらいは分かるよね?
君の名前はアンナ。アンナ・リーベルト、そうだね?
005
アンナ
・・・・・・
006
刑事
ふ―――。ダメだこりゃ。何も喋っちゃくれない。
007
医師
だから言ったでしょ刑事さん。まだこのコ、言葉もはっきりしゃべっていないんですから。
008
刑事
何とかなりませんかね、ドクター。
009
医師
そんなコト言っても・・・・・・
なにしろ両親を目の前で射殺されたんですからね。
このコに外傷はありませんが、強度の恐怖体験による心因反応として健忘が起きているようです。
解離性ヒステリーの症状と考えられます。
010
刑事
は―――・・・・・・
目撃者であるこの双子の証言さえとれれば、事件は解決に向かうはずなんですが・・・・・・
妹のアンナはこんな状態だし、兄貴のヨハンのほうは、頭に銃弾を受け、大手術・・・・・・
やっと目を開けたところときたもんだ・・・・・・
011
医師
当面、この子達の事情聴取はご遠慮願えませんか。
他に何か証拠になるものぐらいあるでしょ。
012
刑事
あるにはあるんだがね、部屋に残された凶器の22口径の銃はソ連製のNSP・・・・・・
ところがその拳銃はきれいに指紋がふきとってある。これはプロの手口に見える・・・
かと思うと、窓ガラスが荒っぽく破られ、足跡もあり、アマチュアの犯行のようにも見える。
013
医師
やはり物盗りですか?
014
刑事
わからんね。

被害者のリーベルト夫妻は、東ドイツから亡命してきたばかりだ。何を盗られたかもはっきりしない。
いくら持ってたか東に問い合わせるわけにもいかんしな。
あの厄介なベルリンの壁が崩壊でもしないかぎり、この手のヤマはホントにやりづらいよ。
とにかく被害者は、東ドイツ政府の高官だ。早いとこ片づけないとBKA・・・ドイツ連邦警察がやってくる。
奴ら、いつも後からやってきて、私ら州警察の手柄をかっさらっていきやがる。のんびりやってるヒマはないんだ!!
015
医師
(あきれて)・・・・・・
016
刑事
あっ!こういうのはどうだ!?
このコを兄貴に引き合わせるんだ!!
017
医師
え?
018
刑事
兄妹が顔を合わせれば、安心して記憶もバッチリよみがえるかもしれない。
019
医師
は・・・はあ・・・・・・しかしですね、まだ今は精神を安定させることが第一です。
Dr.テンマも二人を会わせる許可を出していませんしね。
020
刑事
Dr.テンマ?
021
医師
兄のヨハンの主治医です。
022
刑事
ふ―――・・・・・・

どうしろっていうんだ、まったく・・・
023
N
物言わぬ少女を見て、刑事は嘆息した。

テンマはその様子を病院の窓から、酷いクマのできた目で見ていた。
024
テンマM
大丈夫・・・君のお兄ちゃんは助かるよ。
025
Dr.ベッカー
よう、Dr.テンマ、なにボーッとしてんだい?
026
テンマ
あ・・・・・・Dr.ベッカー。
027
Dr.ベッカー
ひどい顔だな。ちゃんと寝てるのか?
028
テンマ
え・・・ええ、このところ救急のオペが忙しくて・・・・・・
029
Dr.ベッカー
まったく、いいように使われてるな。院長に逆らって、チーフから格下げくらってから。
030
テンマ
いや・・・・・・いいんです。
かえってさっぱりしましたよ。いろいろなしがらみにとらわれているより、今のほうがずっと楽です。
第一、人の命を助けるという医者の本分に立ち返ることができましたからね。
031
Dr.ベッカー
おいおい、ずいぶんと宗旨変えしたもんだな。
まあ、院長派閥から理事長派閥にのりかえてみたところで、今の院長の勢いじゃ、じきに押しつぶされちまうしな。

いっそのこと、派閥間のスパイにでもなるか?ヘッヘッヘッ。
032
テンマ
そういうことはもう・・・・・・こりごりだ。
033
Dr.ベッカー
いいねえ、そうこなくっちゃ!!やっぱりこれから君は俺の仲間だ。
気楽なもんだぞ、誰にも縛られず、期待もされず・・・。
ただし出世は絶対にありえないがな、ハッハッハッ!
034
N
その時、テンマの胸ポケットで呼び出し用のポケベルが鳴った。
035
テンマ
すみません。コールがはいりましたので・・・・・・
036
Dr.ベッカー
その疲れた様子でまだ仕事かい?

この前まで若手ナンバーワンだ、天才だと持ち上げられていたのに、今じゃレジデント並みの扱いだな。
まじめにやるだけ損だぞ。
037
テンマ
・・・・・。
038
N
テンマは疲れた体を無理やり動かして、呼び出された先へ向かうのだった。
---
039
N
その頃、アイスラー記念病院の402号室―――兄ヨハンの病室には、ハイネマン院長、外科部長、そしてテンマに代わって脳神経外科チーフになったDr.ボイアーの姿があった。
ベッドサイドには、プレゼントの箱がうずたかく積み上げられ、サイドテーブルには手紙も束になって置いてある。
040
外科部長
見てください、院長。この贈り物や励ましの手紙の数・・・・・・
041
Dr.ボイアー
妹のほうの病室にも山ほど積まれていますよ。
042
外科部長
両親を亡くし、兄妹二人っきりになってしまったと、マスコミがお涙頂だいで報道するものだから、この有様です。
043
Dr.ボイアー
病院にとっては治療費の支払いのメドもたたない迷惑な患者ですがね。
それに警察が取り調べのために出入りするもんですから、一般の患者が不安がっています。
044
外科部長
それだけじゃない。両親殺害の犯人がテロリストの可能性もある。
目撃者であるこの子達を狙って、この病院が犯人の標的になるかもしれません。

まったくもって迷惑な話です。
045
ハイネマン院長
まあまあ。
046
外科部長
は?
047
ハイネマン院長
「お涙頂だい」結構じゃないか。この病院に注目が集まる・・・それだけでこの子達には価値があるというものだ。
そうだろ?
048
Dr.ボイアー
は・・・はい。
049
ハイネマン院長
ところで、先日話したフランクフルトのレーマー病院の院長は何か言ってきたかね?
050
外科部長
はい、根回しは万全です。次のドイツ医師会会長選挙ではハイネマン院長を支持すると申し出てきました。
051
ハイネマン院長
ふん・・・・・・あとはミュンヘンのノルトヴェスト総合病院のDr.ガイテルをおさえておかなければ・・・・・・
そっちは大丈夫なんだろうね。
052
外科部長
はい。すでに好感触を得ていますので。
053
ハイネマン院長
けっこう。必要なモノがあったら言ってくれ。

ああ、そうだ。こういうのはどうだね。
054
外科部長
は?
055
ハイネマン院長
この子達兄妹二人そろった写真を一枚マスコミに公開しては・・・・・・
056
外科部長
は・・・はい、それはマスコミも再三要請してきていることですが・・・・・・
057
ハイネマン院長
いいじゃないか、やりたまえよ。
二人っきりの兄妹がわが病院のあたたかい看護の中健気に生きようとしている写真だ。
このアイスラー記念病院にとって、非常にイメージアップになるじゃないか。
058
Dr.ボイアー
は・・はあ、しかし担当医がまだ二人を対面させるのは早いと言っていますが・・・
059
ハイネマン院長
担当医は?
060
Dr.ボイアー
Dr.テンマです。
061
ハイネマン院長
はずせ。
062
外科部長
はい?
063
ハイネマン院長
あの男にこんな脚光を浴びるポジションを与えることもなかろう。Dr.テンマを担当からはずすんだ。
064
外科部長
はい。
065
N
そう言ってハイネマンは、ヨハンへの贈り物からひとつ、キャンディーの包みをとって封を開けると、口に入れた。
066
ハイネマン院長
市民からのあたたかい贈り物だ。君らもどうだね?
067
外科部長
いただきます。
068
N
外科部長とDr.ボイアーも続いてキャンディーを食べる。 ヨハンは目を瞑っていた。
---
069
N
テンマは緊急のコールの後にも、日々の回診を行っていた。
070
テンマ
どうですか、ハンケルさん、気分は?
071
ハンケル
ありがとうございます、Dr.テンマ。おかげ様でとてもいいです。
072
テンマ
もう少しで抜糸ができますから、そうすれば退院も間近ですよ。
073
ハンケル
家に帰れるんですね。
074
テンマ
ええ。ただし私の言う通り安静にしていて下さいよ。
075
ハンケル
私、もう孫には会えないかと思っていたんです。本当にありがとうございます。
076
テンマ
(微笑んで)はは。

ハンケルさんには、抗痙攣剤と降圧剤を規則的に服用するよう・・・
077
医師
うわああああああ!!
078
N
テンマが看護婦に指示を出していると、少し離れたほうから医師の悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
慌てて廊下に出てみると、ぐったりとして意識を失ったアンナが病室から運び出されているところだった。
079
医師
早く外に出せ!!移動ベッドに寝かせるんだ!!
080
テンマ
な・・・・・・何をしているんですか!!
081
N
あわてて駆け寄っていくテンマ。 病室のナンバーは402。彼女の兄・ヨハンの部屋である。
082
医師
あ・・・Dr.テンマ・・・・・・。 このコをお兄ちゃんに会わせたんですよ。そ・・・そうしたら・・・
ものすごい叫び声をあげて、卒倒してしまったんです!!
083
テンマ
な・・・なぜ会わせたんだ!!
084
N
テンマが病室内にいるであろう責任者に向けて叫びかける。
すると、中から出てきたのはカメラを持ったDr.ボイアーだった。
085
テンマ
Dr.ボイアー、なんのマネですか?そのカメラは・・・
086
Dr.ボイアー
ああ・・・・・・この兄弟が感動のご対面をするところをカメラにおさめようと思ってね。マスコミに発表するためだよ。
087
テンマ
誰の許可を得てそんなことをしているんですか。担当医は僕ですよ。
088
Dr.ボイアー
ああ、君はこのコ・・・ヨハンの担当を外されたんだよ。
089
テンマ
・・・・・・!!

なんだって・・・・・・?
090
Dr.ボイアー
今日から担当は私だ。私が二人を引き合わせても大丈夫と判断を下したんだ。
091
テンマ
このコ達を・・・・・・このコ達を見せ物にするな!!
092
Dr.ボイアー
!!
093
N
テンマはDr.ボイアーの襟首をつかみ壁に押し付ける。
094
Dr.ボイアー
院長命令だ。これ以上院長に逆らわないほうが君のためだと思うがね。
095
テンマ
あんた達は・・・あんた達はあの時、このコを見捨てようとしたじゃないか!!
あんた達は市長の命を優先しようとしたじゃないか!!
市長がダメならこのコを病院のイメージアップに使おうというのか!!
このコは僕が助けたんだ!!完治するまで僕はこのコを守る義務がある!!
096
Dr.ボイアー
そんなに言うなら、このコの反応を見ろ!
097
テンマ
!!
098
N
そこでテンマが見たものは、ベッドから起き上がることはできないものの、涙を流しながら必死で手をさしのべるヨハンの姿だった。
テンマは絶句した。
099
Dr.ボイアー
妹に引き合わせたとたんに、この様子だ。
明らかに意識が戻り、正常な反応を示していることが確認されたわけだ。
100
テンマ
・・・・・・
101
Dr.ボイアー
まあ、手術は大成功だったというわけさ。ごくろうさんだったな。君の仕事は終わったんだよ。
さっさと自分の持ち場に戻りたまえ。
"チーフの命令だ。"
102
N
Dr.ボイアーはそう言ってテンマをたたき出し、病室の戸を閉めた。


テンマが病院の玄関口を通りかかると、そこにはエヴァ・ハイネマンの姿があった。人を待っている風だ。
エヴァはテンマに気づくと、一瞥してニコリとした。
エヴァ・ハイネマンはテンマの元婚約者で、名の通り、ハイネマン院長の娘だ。
103
テンマ
エヴァ・・・・・・
104
N
テンマはエヴァにふらふらと近づいていく。
と、横から医師が近づいてきてエヴァに「おまたせ」と声をかけた。
105
エヴァ
遅いわよドクター。罰としてショッピングにつきあってよ。
106
N
そう言って、腕を組んだ二人は、夜の街へと消えて行く。
テンマには、何もすがるものはなかった。
---
107
テンマ
(酔って)ふざけやがってェ〜〜〜〜!!
108
N
夜のデュッセルドルフ。テンマが1件のバーから出てくる。かなり飲んだのか、足元がおぼつかない。
109
テンマ
僕は間違ってなんか・・・いないぞ!!

どいつもこいつも!!金と出世の亡者どもが―――!!

何が院長命令だ!!何がチーフの命令だ!!

ちくしょお――――!!
110
N
そう叫んだとたん、テンマはバランスを崩して、路地に積んであった空き箱の山に顔から突っ込んだ。
111
テンマ
(泣いて)うっうっうっ・・・・・
僕は・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・

間違ってない・・・・・・・・・
112
N
その頃、先ほどショッピングに行ったエヴァ・ハイネマンが、家についていた。
113
エヴァ
ただいまー!お父さまー!

あら、返事がないわ。居間にもいないし・・・。

(一段声を大きくして)お父さま―――?お部屋なの?
114
N
同時刻、病院。
115
医師
外科部長にDr.ボイアー?こんな時間までミーティングですか?
116
N
当直の医師が、外科部長室のドアが開いていたため、声をかける。
が、中は電気が消え真っ暗だった。
117
医師
うわっと。
118
N
いぶかしんで、部屋に入った医師は何かにつまづきそうになる。何かと下を見てみると。
119
医師
う・・・あ・・・・・・

うわああああああああああ!!!!
120
N
そこには折り重なるようにして倒れている、外科部長とDr.ボイアーの姿があった。
二人とも白目をむいており、完全にこと切れている。

戻って、ハイネマン邸。
121
エヴァ
お父さま?もうお休み?
入るわよ。
122
N
エヴァがドアを開けると、そこにはイスに座ったハイネマンの姿があった。
ただし、こちらも白目をむいており、イスからずり落ちかけて引っかかっているような状態で、死亡していた。

かわって、テンマのアパート――――
123
テンマ
うう・・・・・・

あんな奴・・・死んだほうが・・・・・・・・・

マシだ・・・・・・・・・
124
N
酔っ払って部屋に戻り、寝言を言うテンマは、そんなことが起こっていることなど、知る由もなかった。

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