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浦沢直樹 |
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20分 |
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124 |
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※アンナはセリフがありません。 |
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デュッセルドルフ・アイスラー記念病院―――― 広い病院の庭で、刑事が車イスの少女に向かって質問をしている。当然ながら医師も立ち会っている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あの晩のこと思い出せないかなあ。 なんでもいいんだ、君が覚えていることなら何でも・・・・・・。たとえば家に誰かがやってきたとか・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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う―――ん・・・・・・君、自分の名前ぐらいは分かるよね? 君の名前はアンナ。アンナ・リーベルト、そうだね? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ふ―――。ダメだこりゃ。何も喋っちゃくれない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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だから言ったでしょ刑事さん。まだこのコ、言葉もはっきりしゃべっていないんですから。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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何とかなりませんかね、ドクター。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そんなコト言っても・・・・・・ なにしろ両親を目の前で射殺されたんですからね。 このコに外傷はありませんが、強度の恐怖体験による心因反応として健忘が起きているようです。 解離性ヒステリーの症状と考えられます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は―――・・・・・・ 目撃者であるこの双子の証言さえとれれば、事件は解決に向かうはずなんですが・・・・・・ 妹のアンナはこんな状態だし、兄貴のヨハンのほうは、頭に銃弾を受け、大手術・・・・・・ やっと目を開けたところときたもんだ・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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当面、この子達の事情聴取はご遠慮願えませんか。 他に何か証拠になるものぐらいあるでしょ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あるにはあるんだがね、部屋に残された凶器の22口径の銃はソ連製のNSP・・・・・・ ところがその拳銃はきれいに指紋がふきとってある。これはプロの手口に見える・・・ かと思うと、窓ガラスが荒っぽく破られ、足跡もあり、アマチュアの犯行のようにも見える。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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やはり物盗りですか? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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わからんね。 被害者のリーベルト夫妻は、東ドイツから亡命してきたばかりだ。何を盗られたかもはっきりしない。 いくら持ってたか東に問い合わせるわけにもいかんしな。 あの厄介なベルリンの壁が崩壊でもしないかぎり、この手のヤマはホントにやりづらいよ。 とにかく被害者は、東ドイツ政府の高官だ。早いとこ片づけないとBKA・・・ドイツ連邦警察がやってくる。 奴ら、いつも後からやってきて、私ら州警察の手柄をかっさらっていきやがる。のんびりやってるヒマはないんだ!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(あきれて)・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あっ!こういうのはどうだ!? このコを兄貴に引き合わせるんだ!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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え? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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兄妹が顔を合わせれば、安心して記憶もバッチリよみがえるかもしれない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は・・・はあ・・・・・・しかしですね、まだ今は精神を安定させることが第一です。 Dr.テンマも二人を会わせる許可を出していませんしね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Dr.テンマ? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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兄のヨハンの主治医です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ふ―――・・・・・・ どうしろっていうんだ、まったく・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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物言わぬ少女を見て、刑事は嘆息した。 テンマはその様子を病院の窓から、酷いクマのできた目で見ていた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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大丈夫・・・君のお兄ちゃんは助かるよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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よう、Dr.テンマ、なにボーッとしてんだい? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あ・・・・・・Dr.ベッカー。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ひどい顔だな。ちゃんと寝てるのか? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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え・・・ええ、このところ救急のオペが忙しくて・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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まったく、いいように使われてるな。院長に逆らって、チーフから格下げくらってから。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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いや・・・・・・いいんです。 かえってさっぱりしましたよ。いろいろなしがらみにとらわれているより、今のほうがずっと楽です。 第一、人の命を助けるという医者の本分に立ち返ることができましたからね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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おいおい、ずいぶんと宗旨変えしたもんだな。 まあ、院長派閥から理事長派閥にのりかえてみたところで、今の院長の勢いじゃ、じきに押しつぶされちまうしな。 いっそのこと、派閥間のスパイにでもなるか?ヘッヘッヘッ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そういうことはもう・・・・・・こりごりだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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いいねえ、そうこなくっちゃ!!やっぱりこれから君は俺の仲間だ。 気楽なもんだぞ、誰にも縛られず、期待もされず・・・。 ただし出世は絶対にありえないがな、ハッハッハッ! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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その時、テンマの胸ポケットで呼び出し用のポケベルが鳴った。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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すみません。コールがはいりましたので・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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その疲れた様子でまだ仕事かい? この前まで若手ナンバーワンだ、天才だと持ち上げられていたのに、今じゃレジデント並みの扱いだな。 まじめにやるだけ損だぞ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・・・・・。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマは疲れた体を無理やり動かして、呼び出された先へ向かうのだった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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その頃、アイスラー記念病院の402号室―――兄ヨハンの病室には、ハイネマン院長、外科部長、そしてテンマに代わって脳神経外科チーフになったDr.ボイアーの姿があった。 ベッドサイドには、プレゼントの箱がうずたかく積み上げられ、サイドテーブルには手紙も束になって置いてある。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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見てください、院長。この贈り物や励ましの手紙の数・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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妹のほうの病室にも山ほど積まれていますよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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両親を亡くし、兄妹二人っきりになってしまったと、マスコミがお涙頂だいで報道するものだから、この有様です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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病院にとっては治療費の支払いのメドもたたない迷惑な患者ですがね。 それに警察が取り調べのために出入りするもんですから、一般の患者が不安がっています。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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それだけじゃない。両親殺害の犯人がテロリストの可能性もある。 目撃者であるこの子達を狙って、この病院が犯人の標的になるかもしれません。 まったくもって迷惑な話です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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まあまあ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「お涙頂だい」結構じゃないか。この病院に注目が集まる・・・それだけでこの子達には価値があるというものだ。 そうだろ? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は・・・はい。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ところで、先日話したフランクフルトのレーマー病院の院長は何か言ってきたかね? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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はい、根回しは万全です。次のドイツ医師会会長選挙ではハイネマン院長を支持すると申し出てきました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ふん・・・・・・あとはミュンヘンのノルトヴェスト総合病院のDr.ガイテルをおさえておかなければ・・・・・・ そっちは大丈夫なんだろうね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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はい。すでに好感触を得ていますので。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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けっこう。必要なモノがあったら言ってくれ。 ああ、そうだ。こういうのはどうだね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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この子達兄妹二人そろった写真を一枚マスコミに公開しては・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は・・・はい、それはマスコミも再三要請してきていることですが・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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いいじゃないか、やりたまえよ。 二人っきりの兄妹がわが病院のあたたかい看護の中健気に生きようとしている写真だ。 このアイスラー記念病院にとって、非常にイメージアップになるじゃないか。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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は・・はあ、しかし担当医がまだ二人を対面させるのは早いと言っていますが・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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担当医は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Dr.テンマです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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はずせ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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はい? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あの男にこんな脚光を浴びるポジションを与えることもなかろう。Dr.テンマを担当からはずすんだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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はい。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そう言ってハイネマンは、ヨハンへの贈り物からひとつ、キャンディーの包みをとって封を開けると、口に入れた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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市民からのあたたかい贈り物だ。君らもどうだね? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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いただきます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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外科部長とDr.ボイアーも続いてキャンディーを食べる。 ヨハンは目を瞑っていた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマは緊急のコールの後にも、日々の回診を行っていた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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どうですか、ハンケルさん、気分は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ありがとうございます、Dr.テンマ。おかげ様でとてもいいです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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もう少しで抜糸ができますから、そうすれば退院も間近ですよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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家に帰れるんですね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ええ。ただし私の言う通り安静にしていて下さいよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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私、もう孫には会えないかと思っていたんです。本当にありがとうございます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(微笑んで)はは。 ハンケルさんには、抗痙攣剤と降圧剤を規則的に服用するよう・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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うわああああああ!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマが看護婦に指示を出していると、少し離れたほうから医師の悲鳴のような叫びが聞こえてきた。 慌てて廊下に出てみると、ぐったりとして意識を失ったアンナが病室から運び出されているところだった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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早く外に出せ!!移動ベッドに寝かせるんだ!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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な・・・・・・何をしているんですか!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あわてて駆け寄っていくテンマ。 病室のナンバーは402。彼女の兄・ヨハンの部屋である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あ・・・Dr.テンマ・・・・・・。
このコをお兄ちゃんに会わせたんですよ。そ・・・そうしたら・・・ ものすごい叫び声をあげて、卒倒してしまったんです!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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な・・・なぜ会わせたんだ!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマが病室内にいるであろう責任者に向けて叫びかける。 すると、中から出てきたのはカメラを持ったDr.ボイアーだった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Dr.ボイアー、なんのマネですか?そのカメラは・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ああ・・・・・・この兄弟が感動のご対面をするところをカメラにおさめようと思ってね。マスコミに発表するためだよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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誰の許可を得てそんなことをしているんですか。担当医は僕ですよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ああ、君はこのコ・・・ヨハンの担当を外されたんだよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・・・・・・!! なんだって・・・・・・? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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今日から担当は私だ。私が二人を引き合わせても大丈夫と判断を下したんだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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このコ達を・・・・・・このコ達を見せ物にするな!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマはDr.ボイアーの襟首をつかみ壁に押し付ける。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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院長命令だ。これ以上院長に逆らわないほうが君のためだと思うがね。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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あんた達は・・・あんた達はあの時、このコを見捨てようとしたじゃないか!! あんた達は市長の命を優先しようとしたじゃないか!! 市長がダメならこのコを病院のイメージアップに使おうというのか!! このコは僕が助けたんだ!!完治するまで僕はこのコを守る義務がある!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そんなに言うなら、このコの反応を見ろ! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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!! | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そこでテンマが見たものは、ベッドから起き上がることはできないものの、涙を流しながら必死で手をさしのべるヨハンの姿だった。 テンマは絶句した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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妹に引き合わせたとたんに、この様子だ。 明らかに意識が戻り、正常な反応を示していることが確認されたわけだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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まあ、手術は大成功だったというわけさ。ごくろうさんだったな。君の仕事は終わったんだよ。 さっさと自分の持ち場に戻りたまえ。 "チーフの命令だ。" | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Dr.ボイアーはそう言ってテンマをたたき出し、病室の戸を閉めた。 テンマが病院の玄関口を通りかかると、そこにはエヴァ・ハイネマンの姿があった。人を待っている風だ。 エヴァはテンマに気づくと、一瞥してニコリとした。 エヴァ・ハイネマンはテンマの元婚約者で、名の通り、ハイネマン院長の娘だ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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エヴァ・・・・・・ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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テンマはエヴァにふらふらと近づいていく。 と、横から医師が近づいてきてエヴァに「おまたせ」と声をかけた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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遅いわよドクター。罰としてショッピングにつきあってよ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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そう言って、腕を組んだ二人は、夜の街へと消えて行く。 テンマには、何もすがるものはなかった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(酔って)ふざけやがってェ〜〜〜〜!!
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夜のデュッセルドルフ。テンマが1件のバーから出てくる。かなり飲んだのか、足元がおぼつかない。
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僕は間違ってなんか・・・いないぞ!! | どいつもこいつも!!金と出世の亡者どもが―――!! 何が院長命令だ!!何がチーフの命令だ!! ちくしょお――――!!
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そう叫んだとたん、テンマはバランスを崩して、路地に積んであった空き箱の山に顔から突っ込んだ。
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(泣いて)うっうっうっ・・・・・ | 僕は・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・ 間違ってない・・・・・・・・・
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その頃、先ほどショッピングに行ったエヴァ・ハイネマンが、家についていた。 |
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ただいまー!お父さまー! | あら、返事がないわ。居間にもいないし・・・。 (一段声を大きくして)お父さま―――?お部屋なの?
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同時刻、病院。
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外科部長にDr.ボイアー?こんな時間までミーティングですか?
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当直の医師が、外科部長室のドアが開いていたため、声をかける。 | が、中は電気が消え真っ暗だった。
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うわっと。
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いぶかしんで、部屋に入った医師は何かにつまづきそうになる。何かと下を見てみると。
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う・・・あ・・・・・・ | うわああああああああああ!!!!
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そこには折り重なるようにして倒れている、外科部長とDr.ボイアーの姿があった。 | 二人とも白目をむいており、完全にこと切れている。 戻って、ハイネマン邸。
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お父さま?もうお休み? | 入るわよ。
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エヴァがドアを開けると、そこにはイスに座ったハイネマンの姿があった。 | ただし、こちらも白目をむいており、イスからずり落ちかけて引っかかっているような状態で、死亡していた。 かわって、テンマのアパート――――
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うう・・・・・・ | あんな奴・・・死んだほうが・・・・・・・・・ マシだ・・・・・・・・・
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酔っ払って部屋に戻り、寝言を言うテンマは、そんなことが起こっていることなど、知る由もなかった。
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