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浦沢直樹 |
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15分 |
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129 |
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夜、テンマのアパート―――― 何者かがけたたましくドアをノックしている。 深酒して熟睡していたテンマであったが、あまりに大きなその音に起こされて、玄関のドアを開けた。 |
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はい・・・・・・? |
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Dr.テンマですね。失礼ですが、今夜はずっとご自宅に? |
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え?あ・・・いや、朝方まで酒を飲んでて・・・・・・ 何か? |
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驚かれないでくださいね・・・・・・・・・ アイスラー記念病院のハイネマン院長、オッペンハイム外科部長、そしてDr.ボイアーが・・・・・・・・・ 亡くなられました。 |
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デュッセルドルフ・アイスラー記念病院―――― 深夜にもかかわらず、病院の前には数十人の記者が詰め掛けていた。 |
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とにかく犯行現場は、警察以外立ち入り禁止にしていただかないと!! |
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そんな事言われても、病院の運営に支障をきたします!! |
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マスコミはとにかく中に入らないように!! |
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入院患者を刺激するようなマネは困ります!! |
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それで、事故なんですか?殺人事件なんですか!? |
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院長が自宅、ほかの二人が病院で、同時に死んだんだぞ!!事件に決まってるだろ!! |
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毒殺だってうわさだぞ!! |
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あ!!アイスラー記念病院のドクターですね!? |
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警官に知らされて病院に向かったテンマが目的地に到着したのは、ちょうどそのときだった。 案の定、情報源を見つけた記者たちは、テンマに殺到する。 |
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この事件に関して、何か情報はありませんかね!? |
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どいてください!!ちょっと通して!! |
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テンマはその波をかきわけて、転がり込むように院内へ入った。 しかし、中でも刑事が医者に質問をしているなど、あわただしい雰囲気は変わらなかった。 |
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それで?不審な人物は見ませんでしたか? |
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ちょっと待ってください、刑事さん。今それどころじゃないんです!! あ!Dr.テンマ!! |
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(泣きながら)Dr.テンマ、院長たちが〜〜〜〜〜!! |
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みんな、落ち着くんだ。救急のほうはとどこおりなく運営されているんだろうね!? |
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そ・・・それが、その・・・・・・ こんな時にかぎって、急患がたてつづけに運びこまれて、当直のDr.シュテルン達はてんてこ舞いで・・・・・・ 今も二件オペ待ち患者が・・・・・・ |
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わかった、僕も執刀に加わろう!! |
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お願いします!!交通事故で頭部挫傷の患者を・・・・・・ |
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とりあえず読影室で写真を見せてくれ! もう一件は? |
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はい、脳卒中で倒れた患者が・・・・・・ |
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と、そこへ捜査にあたっていた刑事が、テンマにも声をかけてくる。 |
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あっ、ドクター、ちょっと捜査に協力願えませんか? |
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今そんな場合じゃないんです! |
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でもね、初動捜査が肝心なんです!!院長に恨みを持つような人間に心あたりは? |
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刑事のその言葉にハッとする。 今まで、院長ら今回の事件の被害者たちが、自分に向けて発した汚い言葉の数々が、頭に浮かぶ。 テンマはそれらを振り払うように、読影室に急ごうとした。 |
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っ!! どいてください!!今は急患のオペが先なんです!! |
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っと!! |
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しかし、そんなテンマをまた呼び止める声があった。 |
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Dr.テンマ!! あの子達が・・・・・・・・・ あの双子の兄妹が・・・・・・・・・ どこにもいないんです。 |
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アイスラー記念病院402号室。件の双子の兄弟の兄の病室へ駆けつけたテンマたち。 プレゼントが山と積まれたベッドサイドとは対照的に、ベッドの上はもぬけの殻だった。 |
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妹のベッドもカラなのか!?病院中捜したのか? |
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捜しました!!十分捜しました、でも・・・・・・ |
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・・・・・・ |
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な・・・なんだ・・・・・・!? 院長たちの急死・・・・・・このコ達の失踪・・・・・・・・・ なんなんだ!?いったい何が起きたんだ!? |
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慈悲の心で、病気に苦しむ多くの人々に救いの手を差しのべた・・・彼の生前の業績を私達は永遠に讃えることでしょう。 さようならDr.ハイネマン。安らかに眠りたまえ。アーメン。 |
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墓地。そこでは先日亡くなったハイネマン院長の葬儀がとり行われていた。 と、棺を前にひときわ大きな声を上げる女性がいる。故人の娘である、エヴァ・ハイネマンだ。 |
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ウッウッ・・・・・・・・・ アウッアウッ・・・・・・ お父さま〜〜〜〜〜!!アアアアアアアア!!! |
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テンマに代わって新たに恋人になった医師が、エヴァを慰めようとする。が、 |
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はなして!! お父さまを返して!!お父さまをォ!! アアアアアアア!! |
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葬儀は滞りなく終わり、沿道には参列者の列ができていた。 テンマは、同じく葬儀に出ていたDr.ベッカーと並んで歩いている。 |
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なんともやりきれないなあ、Dr.テンマ。 |
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ああ・・・・・・ |
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今まで院長の娘として、さんざんいい思いしてきたんだ。 それが突然、冠がとれて、ただの人になっちまったんじゃあ泣き叫ぶわなあ。 |
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こんな時になんてことを・・・Dr.ベッカー。 |
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いやあ、失敬失敬。 |
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Dr.テンマですね。 |
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そこへ、大柄の男が声をかけてきた。 |
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ノルトライン・ヴァーストファーレン州警察のヴァイスバッハ警部です。 |
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あ、ご苦労様です。 |
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このたびはとんだことで・・・・・・ えー、紹介しましょう、こちらは・・・ |
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BKA、ドイツ連邦警察のルンゲです。 天才医師のお噂はうかがっていますよ。 |
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そ・・・そんな、まだまだ若輩者です。 ・・・ん? |
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そうテンマが言った瞬間、ルンゲの左手が空(くう)でカタカタと、パソコンのキーでもたたくかのような動きをした。 テンマは、その動きに疑問を持ったものの、別に気になることのほうをルンゲに尋ねた。 |
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あの・・・子供達の行方はまだわからないんですか? |
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いや、それよりも院長以下三名の死因が判明しましたよ。 彼らの体内から硝酸系の毒物が検出されました。 |
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硝酸系・・・・・・というと、筋弛緩剤・・・ |
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その通り。お医者さんだけあって詳しい。 |
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しかし、そんなものをどうやって・・・? |
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キャンディですよ。 |
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キャンディ? |
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それぞれの死体のそばに、同じキャンディの包み紙が発見され、また胃の中の内容物からも同じものが検出されました。 どこでこのキャンディを三人が手に入れたのか、お心あたりないですか? |
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知りませんよ、そんなこと。 それより子供達は・・・あの双子の兄妹の捜査は、どうなっているんですか!! ・・・? |
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ルンゲの手は相変わらず、テンマが喋るたびにカタカタと動いている。 |
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まあまあ。捜査の主導権は、州警察から我々BKAに移りました。ご安心ください。 |
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むっ! |
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この事件、元をたどると、あの兄妹の両親が射殺された時からつながっている可能性もあります。 東ドイツから亡命し、両親を何者かに殺された子供達を収容した病院の院長らが、また殺されたわけですから、政治的なテロという線も考えられます。 あのコ達が大きなカギを握っているかもしれない。 |
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お願いします、なんとか捜し出して下さい。まだ治療の途中なんです。では。 |
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テンマの背中を見送るルンゲとヴァイスバッハ。 |
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数日前、院長からチーフの座をはずされ、院長の娘との婚約も解消された・・・・・・ 双子の兄妹担当の日本人医師か・・・・・・・・・ |
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しかしあの男は、病院内では患者の人望もあつく・・・あの夜も酒場で飲んでいて、アリバイが・・・・・・ |
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その時ルンゲはまた、あの手の動きをしていた。 |
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あの・・・・・・ひとつよろしいですか?その手の動きは一体・・・・・・ |
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ん?・・・・・・ああ。 キーを叩いているんだよ。 |
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は? |
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頭の中のフロッピーディスクに、すべての情報を入力している。 情報とり出しのキーを押せば・・・・・・・・・・・・ 「そ・・・そんな、まだまだ若輩者です」 Dr.テンマは、私が天才呼ばわりしたのに対し、照れて言葉につまった。 とね。 |
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一方、背を向け歩き出したテンマとDr.ベッカー。 Dr.ベッカーがチラリと両警部のほうを見やり、テンマに声をかける。 |
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警察か・・・。お前、疑われてるんじゃないのか? |
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疑われても仕方ないだけのネタが、僕にはあるからね。 |
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気にすんなよ。俺もしつこく質問されたんだ。 |
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は―――――。なんだか疲れたなあ。 この事件のほとぼりが冷めたら、日本に帰ろうかと思うんだ・・・・・・ |
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え!? |
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研究心や野心を持って、このドイツまでやってきたけど・・・・・・・・・ 一連の騒動のおかげで、人の命を救うっている医者の本分に立ち返れた気がするし・・・・・・ |
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おいおい、寂しいこと言うなよ。 |
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疲れたんだ・・・・・・ なんだかとっても・・・・・・ |
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そう言ったテンマであったが、翌日以降、患者や看護婦から辞めるな、辞めないでくださいと言われようになる。 Dr.ベッカーが流した話が広まったせいだろう。 テンマは、今日診た患者にもまた、熱心に慰留されていた。 |
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Dr.テンマ!! |
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? |
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理事長がお呼びです。 |
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そこへ看護婦がテンマを呼びに来た。理事長室へ向かう二人。 |
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今、後任人事のための理事会がおこなわれているんです。 今まで主要なポストは院長派閥で占められていたから、相当な人事粛清があるみたいなんです。 Dr.エッケナーはバイエルン州の小病院に飛ばされるっていうし・・・・・・ |
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そう・・・・・・ |
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あの、Dr.テンマ・・・・・・理事長に何を言われてもがんばって下さい!! この病院をやめないでください!! |
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・・・・・・ |
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私達も応援してますから!!やめないで下さい!! |
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テンマはその心強い声援を背中に受け、理事長のいる会議室へと入室した。 が、テンマを待っていた理事長の言葉は意外なものだった。 |
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・・・・・・は? |
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もう一度言う。私は実力本位だ。Dr.テンマ・・・・・・・・・ 君を外科部長に任命する。 |
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廊下に出たテンマはひとりごちる。 |
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なんて人生だ・・・・・・ |
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院長の命令にさからって、脳神経外科チーフの座からはずされ、エヴァとの婚約も解消になり・・・・・・ ただの医者として出世コースなんか関係ない道を歩いていこうと決めた矢先に・・・・・・ |
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ク・・・・・・クックックッ・・・ ハッハッハッ・・・・・・なんて・・・・・・なんて人生だ!! ハッハッハッ!!ハッハッハッハッ!!! |
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呼び出したりしてごめんなさい。 |
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デュッセルドルフ市内のカフェ―――― テンマの対面には、エヴァ・ハイネマンが座っていた。 |
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外科部長に任命されたんですってね。本当によかった!!心から、そう思ってるのよ。 |
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・・・ありがとう。 |
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ケンゾー・・・・・・お父さまのお葬式の時、泣いている私をなぐさめてくれようとしたわね。 |
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あ・・・・・・いや。 |
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うれしかった・・・・・・ |
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エヴァは自分の手をテンマの手に重ねる。 |
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あたし達、いろいろあったけど・・・・・・・・・・・・やり直したいの。 |
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しかしテンマは、その手を解き席を立った。 |
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ケンゾー!! |
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店を出るテンマ、あわてて追いかけるエヴァ。 |
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ケンゾー!! お願い!!私が悪かったわ!!やり直したいのケンゾー!! ケンゾー!! |
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涙を目にためて必死に訴えかけるエヴァ。だが、テンマが振り返ることはなかった。 皮肉にもこれは、以前エヴァがテンマに対してした行為の、まったく逆の構図になっていた。 |
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ケンゾ―――――!!! |
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最後に、テンマの背中に大きく叫びかけるエヴァ。 1986年冬のことであった――――― |
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脊髄腫瘍で入院している患者なんですが・・・・・・急激に麻痺が進行してしまったようなんです・・・・・・・・・・・・ |
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わかった、私が執刀しましょう。 |
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お願いします、外科部長!! |
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オペの準備をしてください!! |
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1995年、ドイツ、デュッセルドルフ――――― |