CHAPTER.05 殺人事件 | 台本リスト | CHAPTER.07 「モンスター」

MONSTER CHAPTER.06 BKAの男
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
142
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001

警官A

まったくどうしようもないな。

002

警官B

いつになったらこの洪水はおさまるんだ?

003

N

1995年、ドイツ、ケルン―――――

警官二人がひとつのボートに乗り、オールで漕いでいる。
ただしその場所は、湖や川ではなく、市街地であった。

004

警官A

何十年かぶりの大洪水だって?

005

警官B

それどころか今世紀最悪だそうだ。

006

警官A

いわゆる世紀末ってやつか?

007

警官B

ベルリンの壁が崩壊して、世の中変わるかと思ったが、ろくなことがない。

008

警官A

ヨーロッパ統合とかいったって、そこらじゅうからろくでもないのが流れこんでくるしな。

009

警官B

ああ、わけのわからん犯罪が増える一方で、いい迷惑だ。

010

警官A

まったく・・・

011

警官B

おっと・・・

012

警官A

警部!!到着しました。こちらが現場です!!

013

N

市街地だった場所というべきか。どの建物も一階が冠水するほどに水が入り込み、一見してそこが街だとは気づけない。
主要な通り道には渡し板が設置され、ルンゲ警部以下、捜査にあたる者たちはボートからそこに乗り移る。
ひとひとりすれ違うのがやっとであろう渡し板の上には二つ、死体袋が並べて置かれていた。

014

ガンツ刑事

二遺体ともナイフで首を切り裂かれています。発見者はこの渡し板を歩いていた近所の主婦です。

015

ルンゲ警部

身元は?

016

ガンツ刑事

はい、シュテヒ通りに住むライヒマン夫妻です。半月ほど前から姿を見かけなくなったと近所の人間が証言しています。
殺害現場は夫妻の自宅でした。納戸に隠されていた遺体が、流れ出たものと思われます。
中年夫婦殺人・・・・・・過去二年間でドイツ全州にわたり四件・・・・・・しかもすべて同じ手口です。
裕福な中年夫婦ばかり狙った物盗りでしょう。許せませんよ。

017

ルンゲ警部

いや、物盗りと判断するには早すぎるな。このデータからすると・・・・・・・・・

018

ガンツ刑事

はい?

019

N

ルンゲの手が、タイピングをするかのようにカタカタと動く。

020

ルンゲ警部

なぜか、すべての被害者夫婦に子供がいない。

021

ガンツ刑事

は・・・はい、ルンゲ警部。そういえばこの夫婦にも子供はいません。

022

ルンゲ警部

ただの物盗りと判断してしまうには、余計な共通項だと思わないかね?

023

ガンツ刑事

は・・・はあ。
し・・・しかし、単なる偶然ではないでしょうか。
どの被害者夫婦も中流以上の生活に余裕のある夫婦ばかりですし、それに・・・・・・・・・

024

ルンゲ警部

家から金品が盗み出されている・・・・・・か?

025

ガンツ刑事

はい!!

026

ルンゲ警部

単独犯なら、あの程度の小額の盗みでもみあうかもしれないがね・・・・・・

027

ガンツ刑事

では、単独犯ではないと?

028

ルンゲ警部

非常に厳重なカギと警報装置をつけた被害者宅も二件あった。犯人はそれをいとも簡単に開け、侵入している。
そして、どの夫婦も、たいして抵抗した跡もなく殺害されている。
周囲の人間はいかなる物音も聞きつけていない。単独犯がこれだけのことを手際よくやれると思うかね。

029

ガンツ刑事

は・・・はあ。

030

ルンゲ警部

この男を知っているかね?

031

N

そういってルンゲは、ガンツに1枚の写真を手渡す。
移っているのは、縮れた金髪に大きな鼻、薄い無精ひげを生やした男である。
ルンゲの手が再びタイプの動きをした。

032

ガンツ刑事

いえ・・・・・・

033

ルンゲ警部

アドルフ・ユンケルス、三十二歳。窃盗の容疑で二度あげられている。しかし、こいつはいつも直接盗みを働かない。
こいつの役割は鍵を開けること・・・・・・いわゆる、"錠前屋"だ。
過去の中年夫婦殺害事件の際、三件の現場近くで目撃されている。

034

ガンツ刑事

で・・・ではこの男が!?

035

ルンゲ警部

さあ、どうかな。とりあえず君達、州警察の仕事はここまでだ。
あとは我々、独連邦警察、BKAにまかせたまえ。

036

ガンツ刑事

あ・・・はあ・・・・・・

あ・・・あの、ルンゲ警部、ひとつよろしいですか?その手の動きは何か意味があるんでしょうか?

037

ルンゲ警部

君の名前はロベルト・ガンツ。
91年ライン河畔ホテル殺人事件の時、君はたまたま私と昼食を共にしたことがある。
あと、89年のKB観光汽船人質拉致事件では、いい働きをしたそうじゃないか。

そうそう・・・タバコはやめられたかね?

038

ガンツ刑事

あ・・・・・・
な・・・なんてすごい記憶力だ・・・・・・・・・・・・

039

N

検死を終え、ボートに乗り込むルンゲ。残されたガンツは、その写真をじっと見つめていた。

---

040

N

デュッセルドルフ・アイスラー記念病院―――――

その庭で車椅子に乗った少年と看護婦が凧をあげようとしている。

041

看護婦

それ!!

042

N

カールが支え、看護婦が勢いをつけて引っ張る。あがりはするもののうまく飛ばず、凧はさかさまを向いて地面に落ちた。

043

看護婦

あ!

やっぱりだめね。あたし凧あげなんてやったことないもの。

044

カール

もう少しであがりそうなのにね。

045

N

その近くをテンマとDr.ベッカーが話しながら歩いていた。

046

Dr.ベッカー

それで?どうだった、ゆうべの彼女?

047

テンマ

え?どうって・・・・・・いい女性だったよ。

048

Dr.ベッカー

なんだよ、それだけかよ。彼女、デュッセルドルフ医師会理事の娘だぜ。
まさか食事だけしてハイ、サヨナラってわけじゃないだろうな。

049

テンマ

いやあ、それが・・・・・・
食事中に呼び出しのコールがはいってね。脳梗塞の急患で、あわてて病院にかけつけて・・・・・・

050

Dr.ベッカー

なんだってぇ!?おまえなあ、仕事第一主義もいい加減にしろよ!!
そりゃ、たしかにアイスラー記念病院の外科部長Dr.テンマっていうだけで、女性は群がってきて、余裕だろうさ。
しかし、いつまでも仕事ばっかりにかまけてると、すごい上玉逃して後悔することになるぞ!!

051

N

Dr.ベッカーが熱弁するが、テンマは聞いているのかいないのか、凧あげをしている少年らの方へと歩み寄っていく。

052

Dr.ベッカー

あ・・・おい!!聞いてんのかよ、外科部長殿!

053

看護婦

あっ、テンマ外科部長、おはようございます。

054

テンマ

凧かあ。いいね、カールのかい?

055

カール

おじいちゃんがくれたんだ。退院したら一緒にあげようって。

056

テンマ

うまく飛んでなかったみたいだけど・・・中心がずれてるのかな?それとも風向きが・・・・・・

057

看護婦

外科部長、凧あげできるんですか?

058

テンマ

日本で、子供のころよくやったよ。

よし、高く持ってごらんカール。

059

カール

こう?

060

テンマ

さて、うまくいくかな?・・・・・・それ!!

061

N

テンマが走る。たこは天高く上がり・・・・・・安定した。

062

カール

あがった―――!!

063

テンマ

よーし!!

064

Dr.ベッカーM

やれやれ、なに喜んでんだか・・・・・・
俺がおまえの立場だったら今頃、愛人五人は作ってるだろうよ、まったく・・・・・・

065

テンマ

いいぞカール!!そうだ、もっと糸を出して!!

066

カール

すごいや、Dr.テンマ!!

067

テンマ

早くよくなって、今度は自分であげるんだぞ、カール!!

068

カール

うん!!

069

N

その数刻後、テンマの姿は手術室にあった。
凧あげの時の和やかさとは対照的に、こちらは緊張した雰囲気を持っている。
手術観覧席には、多数の医師・レジデントが、その開始を今か今かと待ち受けていた。

070

テンマ

今日のオペは傍トルコ鞍部髄膜腫摘出術だ。右テリオナルアプローチでいく。

071

医師A

さあ、よく見ておくんだぞ。テンマ外科部長みずからの執刀だ。

072

N(レジデント)

はあー、すばらしいオペだ!脳をほとんどリトラクトしていないとは!!
それに、あんなに楽に腫瘍の硬膜付着部が見えているよ!!

073

医師A

まさに天才脳外科医だ。君達レジデントも脳を愛護的に扱うこと、これを常に心掛けたまえ。

---

074

N

夜、一人の男が、ゴミ箱やらダンボール箱やらが雑然と置かれた細い路地を、必死の形相で走っていた。
顔を見ると、先ほどBKAのルンゲが所轄のガンツに渡していた写真の男、アドルフ・ユンケルスである。

075

ユンケルス

ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・

076

N

何度も何度も後ろを振り返りながら、まるで何かに追われているようだ。

077

ユンケルス

ヒッ・・・ヒイイ!!!

078

N

ユンケルスは路地を抜け、言葉通り道路に転がり込む。
しかしそこは運悪く、一般の車両が通ろうとした瞬間だった。

079

ユンケルス

うっ・・・うわああああ!!

080

N

あわててブレーキを踏むドライバーだったが、2,3mで車が止まるはずもなく、派手に飛んだユンケルスは頭から血を流して倒れた。

---

081

N

デュッセルドルフ、ノイエライン総合病院―――――

ユンケルスは、通報を受けた救急車によってここに運び込まれていた。

082

ルンゲ警部

患者の容態は?

083

医師B

いやあ、なんとも・・・・・・手の施しようが・・・・・・

084

ルンゲ警部

そこをなんとかしてもらわないと困ります、ドクター。

085

医師B

そ・・・そんなこと言っても、ルンゲ警部・・・・・・

086

ルンゲ警部

患者はこの写真の男ですね?

087

N

ルンゲは、例の写真を医師に見せる。

088

医師B

は・・・はあ。

089

ルンゲ警部

ある事件の重要参考人です。
この男の証言次第で、連続殺人事件の糸口がつかめて一気に解決するかもしれません。このまま死んでもらっては困るんです。

090

医師B

しかし患者は頭骸骨骨折に加え、CT上、急性硬膜外血腫が認められ、非常に危険な状態です。うちの病院ではどうにも無理です。
アイスラー記念病院に最高の脳外科医といわれる人がいますが、彼が来てくれるようなら、もしかして・・・・・・

091

ルンゲ警部

最高の脳外科医?

092

N

その時、ルンゲの左手がタイピングの動きをした。

093

ルンゲ警部

・・・Dr.テンマですね。

094

N

しばらくして、病院の前に車が走りこむ。要請を受けたテンマがやってきたのだ。

095

医師B

わざわざ来ていただいて、すみません。こちらです。

096

テンマ

患者の容態は?

097

医師B

はい、Dr.テンマ、意識は昏迷状態、瞳孔は片側散大しています。

098

ルンゲ警部

やあ、Dr.テンマ・・・・・・

099

テンマ

あの・・・・・・
すみません、どなたでしたっけ・・・・・・

100

ルンゲ警部

九年ぶりですね。院長の葬式以来です。

101

テンマ

あ・・・たしかBKAの・・・・・・

102

ルンゲ警部

ルンゲ警部です。お久しぶりです。

あの事件の捜査は、まだ続いています。ご安心下さい。

103

テンマ

あ・・・ご苦労さまです。

104

ルンゲ警部

なにしろ、アイスラー記念病院の院長と外科部長、そして脳外科チーフが三人同時に毒殺されたんですからね。
迷宮入りはさせません。この私がね。

105

テンマ

よろしくお願いします。私はオペがありますのでこれで・・・・・・

106

ルンゲ警部

こちらこそよろしく。我々BKAのためにもオペは成功させて下さい。

107

テンマ

え?

108

ルンゲ警部

その患者には、どうしても生きてもらわなくては困るんです。事件解決のためにね。頼みますよ、Dr.テンマ。

109

テンマ

・・・・・・。

私は警察のためにオペをするんじゃありません。患者のためにやるんです。

110

ルンゲ警部

ふむ・・・、それで結構。

111

医師B

さあ、テンマ外科部長、読影室はこちらです。

112

ルンゲ警部

ほ―――Dr.テンマ、外科部長になられてたんですか。
ずいぶんと出世なさったもんですな――――!!

113

テンマ

はあ・・・・・・それが何か?

114

ルンゲ警部

いえ、その若さでたいしたものですねえ。その勢いでは次期院長の座も間近なんじゃないですか?

115

テンマ

いえ、私なんかまだまだです。
では、私は急ぎますので。

116

N

テンマは扉の内側に消えようとする。しかしルンゲはかまわず続ける。

117

ルンゲ警部

非常に証拠物件の少ない事件でしたよ。
アイスラー記念病院殺人事件の捜査は、難航をきわめています。
手がかりは、被害者の体内から検出された硝酸系の毒物入りキャンディだけでした。
ただ、この手口からわかるように、知的犯罪であることはたしかです。
知的犯罪というのは、被害者と加害者の間に、なんらかの利害関係があるものなんです。

118

テンマ

なにが言いたいんですか?

119

ルンゲ警部

いや・・・・・・失礼。職業柄、年中こんなことを考えてしまいましてね。
とにかくご安心ください。私の関わった犯罪で解決しなかったものはないんですよ。

ただの一件もね。

120

テンマ

・・・期待しています。

121

N

それだけ言い残して、テンマは扉を閉めた。
残されたルンゲは独り言のように口にする。

122

ルンゲ警部

あのアイスラー記念病院の殺人事件のあと、最も利益を得たのは・・・・・・・・・・・・

123

テンマ

では今から、開頭血腫除去をおこなう。

124

ルンゲ警部

どう考えてもただ一人・・・・・・・・・

125

テンマ

急がないと、脳ヘルニアが進行して危ない。

126

ルンゲ警部

Dr.テンマ、・・・あなただけなんだ。

127

N

ルンゲがはっきりそう言う。
しかし、手術室でオペにあたるテンマはそのようなことなど、かけらも考えていないのだった。

---

128

N

数日後。テンマはユンケルスの経過観察のために再び、ノイエライン総合病院に来ていた。

129

医師B

当院までわざわざご足労いただいて、本当にありがとうございます、Dr.テンマ。

130

テンマ

いえ・・・・・・患者のその後の容態は?

131

医師B

はあ・・・・・・意識はあるのですが、右瞳孔が開大したままで、左片麻痺はあります。

132

テンマ

リハビリはもう開始されていますね。麻痺はじきに戻ります。順調ですよ。
警察の人が面会したがっても、今は断ってください。

133

医師B

はあ・・・・・・しかし、あのBKAのルンゲとかいう警部がしつこくて・・・・・・

134

テンマ

今は患者の回復が第一です。

135

N

テンマはそうとだけ言うと、ユンケルスの病室に入り、その扉を閉めた。
ユンケルスに歩み寄るテンマ。しかし、ユンケルスはそれに気づいているのかいないのか、まったく反応を見せようとしない。

136

テンマ

ユンケルスさん、私がわかりますか?

・・・では、この指が見えますか?答えられるようなら、答えて下さい。

137

N

すると、今まで無反応だったユンケルスが、口をもごもごと動かした。

138

ユンケルス

・・・る・・・・・・・・・

139

テンマ

はい?

140

ユンケルス

・・・・・・来る・・・・・・・・・

モンスターが・・・・・・・・・・・・来る・・・・・・!

141

テンマ

・・・モンスター?

142

N

ユンケルスの顔は蒼白だった。そして、その焦点の定まっていない目は大きく見開かれており、テンマの目には彼が、見えないはずの何かにひどく怯えているように映った。

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