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浦沢直樹 |
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15分 |
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100 |
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キャラクター紹介へ |
001 |
N |
ノイエライン総合病院――――― BKAの刑事ルンゲがテンマの立会いの下、病室でユンケルスの尋問を行っていた。 |
002 |
ルンゲ警部 |
もうお前が喋れるようになっているのはわかっているんだ。 過去二年間に起きた四件の中年夫婦殺人事件・・・・・・そのうち三件の現場近くで、おまえは目撃されているんだがね。 どうなんだ?アドルフ・ユンケルス。 |
003 |
ユンケルス |
・・・・・・・・・。 |
004 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
005 |
ルンゲ警部 |
ふん、まあいいだろう。おまえが錠前破りだということはわかっている。お前の仕事はただ鍵を開けることだけだ。 あれだけ見事に首を横一文字に切り裂くようなマネは・・・・・・おまえにはできない。 |
006 |
ユンケルス |
・・・・・・・・・。 |
007 |
ルンゲ警部 |
ということは、お前以外に、複数の実行犯がいたことになる。 私の考えでは、最低三人必要だ。厳重な鍵を開け、中年夫婦二人を無抵抗の状態で殺害するためにはな。 そのうちナイフ使いの男は、リストアップをほぼ済ませてある。お前の仲間をその中から絞るのは時間の問題だ。 お前が喋ろうが喋るまいがね。 |
008 |
ユンケルス |
・・・・・・・・・。 |
009 |
ルンゲ警部 |
だが、私が本当に聞きたいのはそんなことじゃない。 |
010 |
テンマ |
? |
011 |
ルンゲ警部 |
なんのためにドイツ全州にまたがり四件もの・・・それも子供のいない中年夫婦ばかりを殺害したのか・・・・・・ 盗みのためなどとは言わせないぞ。 金品は盗まれていたが、あんな小額を三人で分けたのでは、この犯罪はわりにあわないな。 |
012 |
テンマ |
・・・・・・? |
013 |
ルンゲ警部 |
どうだ?ひとつ司法取引といかないかね。ここで証言すればお前は罪を免れる。 お前たちにこの仕事を依頼したのは誰だ? |
014 |
N |
その時、今まで話を聞いているのか聞いていないのか、下を向いてぼんやりとしていたユンケルスの目がカッと見開かれ、唸りはじめた。 |
015 |
ユンケルス |
う・・・・・・ |
016 |
テンマ |
!? |
017 |
ユンケルス |
う・・・・・・う・・・・・・あ・・・ うあああああああああ!! |
018 |
テンマ |
ユンケルスさん、もういい、もういいんだ!! |
019 |
ユンケルス |
ああああああああ!! |
020 |
N |
突然錯乱したように暴れだしたユンケルスを、押さえつけるテンマ。 |
021 |
テンマ |
ルンゲ警部!取り調べはここまでにしていただきます!! |
022 |
ルンゲ警部 |
いや、もうひとしぼりだ。 |
023 |
テンマ |
・・・・・・! |
024 |
N |
テンマはルンゲのほうに向き直り、はっきりといった。 |
025 |
テンマ |
出て行ってください!!これは、主治医の命令です!! |
026 |
ルンゲ警部 |
・・・ふむ。まあいいでしょう。日をあらためましょう。 ただし、毒殺されたり失踪したりしないよう、見張りはしっかりとつけさせてもらいますよ。 |
027 |
テンマ |
な・・・・・・ |
028 |
ルンゲ警部 |
Dr.テンマ、あなたのまわりでは、なぜか偶然いろいろなトラブルが起きるようですから。 |
029 |
テンマ |
な・・・何が言いたいんですか!! |
030 |
ルンゲ警部 |
ジョークですよ。では失礼。 |
031 |
N |
ルンゲは背中越しにそう言ってさっさと出て行った。 残されたのは、顔をおさえて泣き伏せるユンケルスと、呆然と立ち尽くすテンマであった。 |
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032 |
N |
ユンケルスの病室の前には見張りの警官が立っている。 と、病室が開き、ユンケルスの乗った車椅子をテンマが押して出てきた。 |
033 |
警官 |
あ!!コラ、どこへ行く!! |
034 |
テンマ |
散歩ですよ。 |
035 |
警官 |
勝手なマネをされては困ります!! |
036 |
テンマ |
患者だって気晴らしが必要なんです。庭に出るだけですよ。心配ならあなたも一緒にどうですか? |
037 |
警官 |
・・・・・・・・・。どうぞ。 |
038 |
N |
外に出た二人は、元気にボールで遊ぶ子供たちを眺めていた。 テンマは芝生の上にすわり、話しかける。 |
039 |
テンマ |
暖かくて気持ちのいい日だな。 もう喋れるんだろ? |
040 |
ユンケルス |
・・・・・・・・・。 |
041 |
テンマ |
こういう日は、本当に生きててよかったと思うよ。 たまにこういうときがないと、やりきれなくなるんだ。毎日毎日人の生き死にを目の当たりにしているとね・・・・・・ だから医者は、出世や金や自分の研究のことだけ考えているほうが楽なのさ。 僕も以前はそうだった・・・・・・ 出世して自分のやりたい研究をする・・・・・・、手術を成功させるのは地位を固める手段だ・・・ってね。 でも、ある男の子の手術がきっかけで、僕は変わったんだ。 双子の兄妹のお兄ちゃんでね、ヨハンという名前だった。 頭部を銃撃されたその子を助けることで、僕は医者の本分に立ち返ることができたんだ。 人の命の重さはみんな一緒だ。医者はその命を助けるのが仕事だ・・・ってね。 |
042 |
ユンケルス |
・・・・・・・・・。 |
043 |
テンマ |
人間はやり直せる。今からでも遅くない・・・・・・ |
044 |
N |
すると、ユンケルスが口を開いた。 |
045 |
ユンケルス |
先生・・・・・・ 先生と俺、あんまり年違わないけど・・・・・・・・・、先生・・・・・・親父みたいだ。 先生は俺の命を救ってくれた。俺の親みたいな感じがする・・・・・・ |
046 |
テンマ |
いきなりでかい子供ができたもんだな。 |
047 |
ユンケルス |
俺・・・・・・子供の時、欲しかったんだ、からくり時計・・・・・・・・・・・・ |
048 |
テンマ |
? |
049 |
ユンケルス |
あの・・・・・・こう・・・・・・ちょうどの時刻になると、ピョコピョコくるみ割り人形が飛び出てくるやつ・・・・・・ 毎日毎日、それが欲しくて時計屋のショウウィンドウに顔ひっつけてた・・・・・・・・・・・・ 一番最初にやった錠前破りが、その店さ。 その時はすぐに捕まって、時計は手に入らなかった。でも、それから、錠前破りが俺の仕事になった。 |
050 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
051 |
ユンケルス |
最初はあの時計が欲しかっただけなんだ・・・・・・ (泣きながら)ただ、あれが欲しかっただけなのに、俺は・・・・・・ |
052 |
N |
大粒の涙をこぼすユンケルスを見て、テンマは表情を和らげた。 |
053 |
テンマ |
全部話すんだ。警察に全部話して、一からやり直すんだ。 ・・・ん!? |
054 |
N |
そう、テンマが言った途端、ユンケルスの様子が急変した。 手で口を押さえ、目を見開き、近づかなくても見えるくらいはっきりと震え始めたのだ。 ユンケルスはそのまま震えた声でポツポツと声を出す。 |
055 |
ユンケルス |
殺された・・・・・・ 仲間全部殺された・・・・・・ |
056 |
テンマ |
誰に!? |
057 |
ユンケルス |
あ・・・あ・・・・・・ |
058 |
テンマ |
君の言っていた・・・・・・「モンスター」にか? |
059 |
N |
しかしそれ以降、ユンケルスが口を開くことはなかった。 |
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060 |
Dr.ベッカー |
今日こそしっかりモノにしろよ!!俺がせっかくセッティングしたんだからな!! なんてったって、州議会議員の娘だぜ。才色兼備ってのは、ああいうのを言うんだな、いいぞォ〜〜。 |
061 |
N |
ベッカーが自分の胸の辺りに手を添えて、寄せるようなマネをしてみせる。 テンマとDr.ベッカーは、夜に入ろうとしているデュッセルドルフの市街地を歩いていた。 |
062 |
テンマ |
ははは・・・・・・会ってみなきゃわからないよ。 でも・・・そうだな、そろそろ君の言う通り身をかためなきゃ・・・・・・ |
063 |
Dr.ベッカー |
そうだろ?そうだよ、絶対そうだよ。 お前ほどの地位にいながら女房がいないようじゃ・・・・・・って、あ・・・おい! |
064 |
N |
テンマが突然、道なりにあったアンティークショップのショウウィンドウを覗き込む。 |
065 |
ユンケルス(回想) |
ちょうどの時刻になると、ピョコピョコくるみ割り人形が飛び出してくるやつ・・・・・・・・・ |
066 |
テンマ |
ユンケルスさんが言ってたのって、これだ! あの、すみません!!このショウウィンドウの時計なんですけど!! |
067 |
N |
テンマは、昼間ユンケルスが言っていた時計まさにその物を見出し、嬉々として店内に駆け込む。 待ち合わせの時間に遅れることを心配するDr.ベッカーなどお構いなしだった。 |
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068 |
N |
その頃、アイスラー記念病院――――― 病室のユンケルスは、天井を見つめながらテンマの言葉を反芻していた。 |
069 |
テンマ(回想) |
人生はやり直せる。今からでも遅くない。 |
070 |
N |
何か決意したように体を起こす。 |
071 |
ユンケルス |
おまわりさん・・・・・・、見張りのおまわりさん・・・・・・。そこにいるんだろ? 全部話すよ。そのかわり、Dr.テンマも呼んでくれないか。 |
072 |
N |
そうドア越しに告げてから、ドアを開く。 しかし、そこに警官の姿はなかった。 |
073 |
ユンケルス |
あれ?おまわりさん―――?おま・・・・・・! |
074 |
N |
そうして視線を足元に下ろしたユンケルスが見たものは――――― |
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075 |
N |
テンマは、Dr.ベッカーのセッティングしたという会食の時間であるにもかかわらず、病院にいた。 その手には、先のからくり時計が入った包みがある。 看護婦に、病室に行くと一言断って、テンマはユンケルスのところへ向かった。 ユンケルスの病室のある階に着き、廊下を笑顔で歩いていたテンマだったが、その表情が一変する。 |
076 |
テンマ |
あっ!! |
077 |
N |
ユンケルスの見張りについていた警官が、首だけ壁にもたせ掛けるような形で仰向けに倒れていたのだ。 |
078 |
テンマ |
おい、どうした!!しっかりし・・・・・・・・・・・・死んでる・・・・・・ |
079 |
N |
遺体の周囲を見ると、キャンディの包み紙が落ちていた。 九年前に院長らの殺害に使われた"凶器"が頭をよぎる。 |
080 |
テンマ |
キャンディの包み・・・・・・はっ! ユンケルスさんっ!! |
081 |
N |
病室に飛び込むと、そこにユンケルスの姿はない。 テンマは、買った時計を投げ捨てて走り出した。 廊下の端の、非常階段に通じる扉が半開きになっている。 踊り場に飛び出たテンマが下を見ると、裏庭の芝生の上を裸足で駆け抜けるユンケルスの後姿がちらりと見えた。 |
082 |
テンマ |
ユンケルスさん!! |
083 |
テンマM |
あの時と同じだ!! キャンディによる毒殺!!僕の患者の失踪・・・・・・ 何もかも・・・九年前のあの時と一緒だ!! |
084 |
N |
テンマは必死で追いかける。 しばらく走ったところで、ユンケルスは建設途中で床と柱しかないビルディングの中に入った。 テンマも呼びかけながらそれに続く。 |
085 |
テンマ |
ユンケルスさん!!私です、テンマです!! |
086 |
N |
と、どこにいるのかはわからないが、ユンケルスの声が返ってきた。 |
087 |
ユンケルス |
先生・・・・・・来ちゃだめだ、先生!! |
088 |
テンマ |
大丈夫。病院へもどろう、ユンケルスさん。大丈夫だから。 |
089 |
N |
テンマがやさしく呼びかけるが、ユンケルスの声はひっ迫していた。 |
090 |
ユンケルス |
だめだ先生、来ちゃだめだ!! こいつを見ちゃだめだ、先生!! |
091 |
テンマM |
こいつ? |
092 |
ユンケルス |
仲間を殺したのはこいつだ!!先生も殺される!! |
093 |
N |
テンマはやっとユンケルスの姿を見つける。しかしその奥にもう一人、誰かがいた。 電気がないために顔は見えないが、まっすぐと立つ男の姿が。 |
094 |
テンマ |
だ・・・誰だ!? |
095 |
ユンケルス |
だめだ!!先生、来ちゃだめだ〜〜〜〜〜!! |
096 |
ヨハン |
お久しぶりですね、先生。僕ですよ。 |
097 |
テンマ |
え? |
098 |
N |
男が口を開く。半狂乱状態のユンケルスとは対照的に、とても落ち着いた若い青年のような声だった。 |
099 |
ヨハン |
九年前、先生は僕の命を助けてくれたでしょ。もう忘れちゃったかな、あの時の双子のことなんて・・・・・・ |
100 |
テンマ |
・・・・・・・・・ヨハン・・・・・・ |