CHAPTER.10 白馬の王子様 | 台本リスト | CHAPTER.12 戦慄の誕生日

MONSTER CHAPTER.11 失踪記事
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
167
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001

N

ドイツ、ハイデルベルク―――――
ハイデルベルク・ポスト新聞社―――――

夜も更けてきて、オフィスには男がひとりと女がひとり。
その女性職員も、既に帰り支度を整えていた。

002

女性職員

マウラーさん、ここんとこお風呂入ってないでしょ!!

003

マウラー

入ってるよ。

004

女性職員

ウソだ!!においますよ。それが証拠にもう三日間同じシャツを着てるじゃないですか!!
隣のデスクになった時に、約束したはずですよ!!二日に一度はお風呂に入るって!!

005

マウラー

人が食事中にうるさいね、おまえは!!そんなことばっかり言ってるから嫁のもらい手がねえんだよ!!

006

女性職員

まっ、失礼ね!!こんな職場で一日中こきつかわれてたら、彼氏なんかできるわけないでしょ!!

007

マウラー

ゲプッ

008

女性職員

あ〜〜〜〜もういや!!

ああ、そういえば応接室にお客さん来てますよ。あたしは帰りますから、マウラーさん、自分でお茶入れてください!!

009

マウラー

客?こんな時間にか?

010

女性職員

あの人もお風呂入ってないわ。マウラーさんと同じくらいにおうもの!!

011

マウラー

なーんだ、そりゃ?

012

女性職員

あと!タバコの火の始末、絶対気をつけてくださいよ!!

013

N

そう捨て台詞のように言い残すと、女性職員はそそくさとオフィスを後にした。

014

マウラー

はいはいはい。えっこらせっと!だーいたい、誰のせいで風呂入ってねえと思ってんだ。
どいつもこいつもとっとと帰りやがって。定刻通り働いたって、いい記事なんかできやしねえってんだよ。
こんなうだつのあがらねえ新聞社でもなんとかやっていけてるのは・・・・・・
このマウラーさまのおかげだってことにちっとも気づいてねえんだから、まったく・・・・・・

015

N

愚痴りながらコーヒーを用意し、応接室へ向かったマウラーは中に男の姿をみとめる。

016

マウラー

はいはい、ど――もお待たせしました。どういったご用件で・・・・・・

017

テンマ

あ!テンマと申します。
どうかご協力をお願いします!!緊急を要するんです!!

018

N

やってきたマウラーに挨拶した男は、よれたスーツに緩んだネクタイ、そして無精ひげ。

019

マウラー

(小声で)なるほど・・・こいつァうす汚えや。

020

テンマ

こちらの警察には相手にされず、追い返されました!!この新聞社が頼りなんです!!

021

N

席に座ったマウラーに、テンマは事の次第を全て話した。

022

マウラー

そうかい。あんた医者なのか。そうは見えねえがな。

023

テンマ

・・・・・・・・・。

024

マウラー

(咳払い)・・・・・・てことは、ドクター、あんたの言いたいことはこういうことか?
ドイツ各地で起きてる四件の中年夫婦連続殺人事件の次のターゲットが、ここハイデルベルクにいる。
その中年夫婦には養子がいて、その娘が20歳になったら、殺人犯が連れ去りにやってくる。
で、その時養父母は必ず殺される・・・・・・と。
だが、その養父母も娘もどこの誰だかさっぱりわからねえ。どこの誰かもわからねえ一家を守りてえと・・・・・・?

025

テンマ

はい。

026

マウラー

グエッヘッヘッ、そりゃあ警察も追い返すわな!!ミステリーの読みすぎだよ!誇大妄想もいいとこだ!
ハッハッハッハッ!ゲホッゲホッ!!

027

テンマ

笑いごとじゃないんです!!信じてください!!

028

マウラー

はぁ・・・。肝心なとこがすっかり抜け落ちてるんだよ、あんたの作り話は。
どこの誰かもわからねえ男で、10歳にしてすでに連続殺人鬼だ?
バカバカしい!!そんなもん、三流タブロイド紙だって記事にしねえよ!!

029

テンマ

記事にしてほしくて来たんじゃありません!!
その双子の兄妹が私の病院を抜け出してから、ミュンヘンに兄が姿を現すまで、半年以上の空白期間があるんです。

030

マウラー

だからどうした?

031

テンマ

私の考えでは、病院を抜け出したあと、兄妹はそろってこのハイデルベルクに来たんです!!

032

マウラー

あんたの考えではな。

033

テンマ

そして二人とも、現在の妹の養父母に養われた!!しかし兄の方は短期間で、ここも逃げ出した。妹を残して!!

034

マウラー

あーあーあー、あんたの考えはよ〜〜〜くわかった。小説にでもしな。売れねえだろうがな。

035

テンマ

養父母は、いなくなった兄の捜索願いを出している可能性がある!!そして、それが新聞記事になっているかもしれない!!
九年前のこちらの新聞を調べさせてください。
頼みます!!お願いだ!!これ以上犠牲者を出しちゃいけないんだ!!

036

N

テンマの必死の頼みをよそに、マウラーは応接室を出て行き、別の部屋に入っていく。

037

テンマ

お願いしま・・・!あ・・・・・

038

N

マウラーの後を追ってテンマが飛び込んだのは、膨大な量のファイルが入った本棚がこれでもかと並んぶ部屋だった。

039

マウラー

ウチの社長、OAアレルギーでな・・・。マイクロフィルムだのぱそこんだのにはからきし縁がねえ。

040

N

そう言って奥から出てきたマウラーは、抱える大量のファイルを机の上に置いた。

041

マウラー

これが当時の縮刷版。これが原稿のファイル。それと、これがボツ原稿と資料のファイルだ。

042

テンマ

あ・・・・・・、ありがとうございますっ!!

043

N

マウラーは、頭を下げるテンマの横を通り抜ける。

044

マウラー

ふん、日本のオジギってやつか。どういたしまして。
言っとくが、あんたの言ってることを信じたわけじゃねえぜ。くだらねえ話にかかずらわってる時間がもったいねえだけだ。
見て納得したら、とっとと帰ってくれ。

045

N

マウラーを見送ると、テンマはファイルの山に向き直った。

046

テンマ

頼む・・・・・・。頼むから見つけさせてくれ!!

---

047

N

ドイツ、ハイデルベルク大学―――――

048

クララ

おっはよ――、ニナ!!

049

ニナ

あっ、おはよ――。

050

ベアーデ

よかった!!ニナ、元気そうじゃない。

051

クララ

急に失神して倒れちゃうんだもん、びっくりしたよ〜〜〜〜!!

052

ベアーデ

あたしたちが紹介した男がよっぽど気に入らなかったのね〜〜〜〜。

053

ニナ

そ・・・そんなことないよ。急に気分が悪くなっただけ。一日休んだらもう元気よ。彼に謝らなきゃ。

054

クララ

あー、いいのいいの、あいつのことはもう気にしなくて。

055

ニナ

え?

056

クララ

あのオットー・フーベルマンて奴、よく聞いてみたら、ニナの白馬の王子様じゃなかったのよ。

057

ニナ

え・・・

058

ベアード

彼、ニナのパソコン通信に「君を花で埋めつくすために生まれた」なんてメッセージ入れてないって言うのよ。

059

ニナ

そ・・・そう。

060

ベアード

良かったじゃない。ニナの白馬の王子様の夢はまだ消えたわけじゃないのよ?

061

ニナ

あ・・・もういいのよ、あれは・・・・・・

062

クララ

とかなんとか言っちゃって。明日はニナの誕生日でしょ。ひそかに期待してるんじゃないの?

063

ベアード

こ〜〜〜んな花束もって現れるかもよ、王子様が!

064

クララ

君の20歳の誕生日のプレゼントはこの僕のキッスだよ〜〜〜〜。

065

ニナ

やだもぉ――!!クララもベアードも!!

066

クララ
ベアード

キャキャキャキャ!!

067

N

その後、ニナはスクールカウンセラーのガイテル先生のもとを訪れていた。

068

ガイテル先生

・・・・・・ということは、君が失神したのはその紹介された男性が原因じゃなく、そのはるか後方にたたずんでいた男性を見たからだと言うんだね?

069

ニナ

ええ・・・・・・。

070

ガイテル先生

どんな男性だった?

071

ニナ

一瞬見かけただけで、はっきりとは・・・・・・

072

ガイテル先生

では、どんな感じだった。見たときの印象は?

073

ニナ

すごく・・・懐かしいような・・・・・・

074

ガイテル先生

ほお・・・・・・

075

ニナ

でも・・・違うな・・・・・・なんていうか・・・うまく言えないけど・・・・・・

076

ガイテル先生

けど?

077

N

ニナがしばし黙る。そのときのことを思い出しているのだろうか。
ガイテルは、ニナ手が小刻みに震えているのに気づく。

078

ガイテル先生

いいよニナ、無理しなくて・・・

079

ニナ

"絶対悪"・・・・・・

080

ガイテル先生

え?

081

ニナ

う・・・うまく言えないけど・・・・・・そう、あの悪夢を見たときの感じと同じような・・・・・・
"絶対悪"っていうのが一番近い感じ・・・・・・

082

ガイテル先生

ふむ。"絶対悪"とは、また宗教的な話になってきたな。私はただのカウンセラーで、宗教学者ではないからね。

083

ニナ

私も教会に通っているわけではありませんけど・・・・・・。
もう一度その人に会えば、その答えがはっきりするような・・・・・・

084

ガイテル先生

失われた10歳以前の記憶もよみがえるような気がする。そうだね、ニナ?

085

ニナ

はい・・・・・・。

086

ガイテル先生

それもひとつの手ではあるが・・・

087

ニナ

え?

088

ガイテル先生

そんなことを重荷だと思う必要はないんじゃないかな。無理をせず、これから先のことを考えるのも大切だよ。
大丈夫!君にはちゃんとしたご両親もいる。連邦検察官目指して学業も順調だ。
合気道のサークルで思いっきり汗を流せば、不安感なんて吹っ飛ぶさ!

089

ニナ

・・・はい・・・・・・。

090

N

同日朝、ハイデルベルク・ポスト新聞社―――――

091

マウラー

(伸びをして)ファアアア〜〜。

092

男性記者

あれ、マウラーさんまた泊り込みですか?

093

マウラー

おお、原稿あがったのかよ。

094

男性記者

デスクに置いときましたよ。見といてください。

095

マウラー

またしみったれた記事だったらタダじゃおかねえぞ〜!

096

男性記者

ハハ、書き直しはご勘弁・・・・・・
あっ、そうそう、資料室、あの男に使わせたのマウラーさんですか?

097

マウラー

あの男?

098

男性記者

ええ、何者だって聞いたら、マウラーさんに許可受けたって・・・・・・

099

マウラー

あっ、あいつまだいたのかァ!!

100

男性記者

とり憑かれたように調べものしてて、なんだか不気味でしたよ。

101

マウラー

ったく!

102

N

呆れた顔をしてマウラーは、資料室へ行くと乱暴にドアを開ける。

103

マウラー

おいコラ、いい加減に・・・・・・ん?

104

N

中ではテンマがイスから落ちて横向きに倒れていた。

105

マウラー

お・・・おい、大丈夫か!?おい!!ドクター!!

106

N

昼前頃、ハイデルベルク市内、ハイデルベルク・ポスト新聞社より程近いレストランで男二人が食事をとっている。

107

マウラー

ホラ、食いな。

108

テンマ

すみません・・・・・・

109

マウラー

医者の不養生ってのは、こういうのを言うんだな。何日もろくに食わずに徹夜仕事してりゃあな。

110

N

医者として、不規則な生活や徹夜仕事にも慣れているはずのテンマがこうなるとは、相当な無理をしていたのだろう。
それでも食事になかなか手をつけようとしないテンマに、マウラーが声をかける。

111

マウラー

食えよ。人間食わなきゃいい仕事はできねえぜ。

112

テンマ

・・・はい。

113

マウラー

うまいだろ。俺ァ、朝飯はいつもこの店だ。

114

テンマ

家には帰らないんですか?

115

マウラー

コノ「クソ忙しいのに家なんか帰ってられるか!!

116

テンマ

ご家族は・・・?

117

マウラー

いねえよ。女房が出ていっちまったからよ。

118

テンマ

え・・・?

119

マウラー

仕事仕事で追いまくられて、気がついてみりゃ女房は娘連れて実家に帰っちまった。
医者の不養生と同じことよ。外の事件追い回してたら、家ん中の事件には全然気づかねえときた。

120

テンマ

・・・・・・。

121

マウラー

あんたも見たところ一人もんだな。

122

テンマ

え・・・ええ。

123

マウラー

所帯なんて持つもんじゃねえぞ。一人の方が気楽だ。そうやってフラフラしてられんのも、一人もんの特権だ。

124

テンマ

・・・・・・・・・。奥さん、迎えに行く気はないんですか?

125

マウラー

あ!?なんでだよ!!おん出てったのはむこうだ!!なんで俺の方が迎えに行くんだよ!!

126

テンマ

いえ・・・・・・、仕事にかまけて家庭をかえりみなかったことを、悔やんでるみたいだから。

127

マウラー

ふ・・・ふざけたこと言ってんじゃねえ!!
男は仕事が第一だ!!この仕事を理解できねえ女房なんか、出てってもらって結構!!

128

テンマ

すみません、よけいなことを・・・

129

マウラー

そうだよ、よけいなことだよ。

130

テンマ

あ・・・あの、それともうひとつ。

131

マウラー

なんだよ?

132

テンマ

タバコ吸いすぎですよ。医者として忠告します。もう少し控えたほうが・・・・・・

133

マウラー

ああ!!大きなお世話だって言ってんだろ!!女房と同じこと言ってんじゃねえ!!

134

テンマ

奥さんも!・・・あなたの体気づかってたんですよ。

135

マウラー

・・・・・・チッ・・・大きなお世話だ・・・。

---

136

N

夜。フォルトナー家―――――
ニナはまだ帰っておらず、ニナの父と母がセーターを見ながら話をしている。

137

ニナの父

ニナの誕生日プレゼントかい?

138

ニナの母

ええ、やっと編みあがったの。

139

ニナの父

昔はその半分くらいのセーターだったのにな。

140

ニナの母

あなた・・・・・・本当に言うんですか?
20歳の誕生日に・・・私達の娘じゃないってことを・・・。私、このままでも・・・・・・!

141

ニナの父

・・・・・・そうだな。そんなこという必要ないな・・・・・・。
ニナは私達の娘だもんな。

142

N

そこへ、明るく元気な声が入る。

143

ニナ

ただいまー!!

144

ニナの母

あ、おかえり。

145

ニナ

おなかすいた――!!

146

N

無邪気なニナの姿を見た二人は、黙って、ただ微笑みあった。

147

ニナ

先のことを考えろか・・・。ガイテル先生の言う通りかもね・・・・・・・・・

148

N

着替えるために自室に入ったニナは、いつものようにパソコンを立ち上げつつ、カウンセリングの時のことをかんがえていた。
立ち上がったパソコンに向かいキーを叩くと、

149

ニナ

メールだ・・・。
「I will see you at 7 o'clock in the evening on your birthday tomorrow at Heidelberg Castle.
 (明日誕生日の夜七時、ハイデルベルク城で会おう)」・・・・・・

明日・・・ハイデルベルク城で・・・・・・・・・

150

N

三通目の差出人不明メールが来ていた。

---

151

マウラー

あ〜〜〜、まったくもう!!

152

N

人気のないハイデルベルク・ポスト新聞社に、マウラーの声が響く。空が白んでくる時間で、他はまだ出社していない。
そんな社内で、テンマとマウラーが顔を突き合わせて例のファイルの山と格闘していた。

153

マウラー

このクソ忙しいのに、あんたにつき合わされて、まる二日スクラップとにらめっこだ!!
んーもうあきらめた方がいいんじゃないのか?
言っとくが、俺がこうして手伝ってるのは、別にあんたの話を信じたからじゃないぜ。
作り話だってこと、早いとこ証明して、とっとと帰ってほしいからだ!!

ふ―――・・・・・・・・・なあ、ドクター・・・・・・。
もし・・・もしだぜ・・・・・・俺がその・・・・・・女房迎えに行ったら・・・・・・その・・・・・・
女房、帰ってくると思うか?

154

N

テンマはスクラップブックを読む手を止め、顔を上げる。

155

テンマ

ええ。"タバコをやめたらね。"

156

マウラー

けっ!!

157

N

微笑みながらファイルに目を戻す。が、次のページをめくった瞬間、テンマの表情が一変した。

158

テンマ

あ・・・・・・!

159

マウラー

どうした?

160

テンマ

あった!

161

マウラー

あ?

162

テンマ

"11歳の少年失踪。誘拐の可能性もあるが、今のところ脅迫など犯人からの連絡は一切なし・・・・・・・・・"
ネッカー通り16番地、フォルトナーという人が捜索願いを出している・・・・・・1986年10月!!

163

マウラー

やーれやれ・・・・・・偶然てなァあるもんだな。こっちにもその資料があるはずだよ。
えー、あったあった、これだ。・・・・・・ん?
ありゃ?

164

テンマ

ど・・・どうしたんですか!?

165

マウラー

あんた、その犯人は、妹が20歳になったら迎えに行くって行ってたな。んで、その兄妹は双子だって言ってたな。
この記事の男の子がその双子の兄なら、ホラ、ここに生年月日が書いてあるぜ。

今日がその双子の誕生日だよ。

166

テンマ

・・・・・・!!

167

N

思わぬタイミングで迎えた運命の日。これから何が起こるのか、何が起ころうとしているのか。
テンマはただ戦慄するのであった。

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