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浦沢直樹 |
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15分 |
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138 |
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キャラクター紹介へ |
001 |
ニナ |
あっ、もしもしパパ?あたし・・・・・・。うん、今アルバイト終わったとこ。 今からちょっと友達に会って帰るから。・・・場所?ハイデルベルク城で・・・・・・ |
002 |
ニナの父 |
そうか・・・・・・ママが誕生パーティの準備してるぞ。早く帰って来るんだぞ。 |
003 |
N |
ニナからの電話が終わり、受けていたその父親は受話器を置いた。 |
004 |
ニナの父 |
ニナからの電話だった。友達に会ってから帰るそうだ。 |
005 |
N |
ケーキを作っている妻に向かってそう報告して、イスに座り独り言のように言う。 |
006 |
ニナの父 |
ああ、友達と会ってから帰るとさ。やれやれ、どんな友達なんだか・・・・・・ |
007 |
N |
一方ニナは、電話をかけた公衆電話ボックスを出て単身、ハイデルベルク城へと歩を進めていた。 |
008 |
ニナM |
「明日の誕生日の夜七時、ハイデルベルク城で会おう。」というメール。 これでわかるかもしれない・・・・・・、あたしの10歳以前の記憶がよみがえるかもしれない・・・・・・。 「これから先のことを考えるのも大切だよ。」ガイテル先生はそう言った。 でも・・・、あたしは知りたい・・・・・・。本当のあたしを・・・・・・。 |
009 |
N |
そんな決意を胸に、ニナはバッグの肩ヒモをかたく握りなおすと、まだ遠い目的地に向けて足を速めた。 その頃、運命の日が今日だということを知ったテンマとマウラーは、車でフォルトナー家へ急いでいた。 |
010 |
マウラー |
ドクター、これから向かうフォルトナー家に、あんたの推理通り双子の妹がいたとしたら、どうするつもりだ? |
011 |
テンマ |
とにかく、その一家には危険がせまっています。警察に連絡して警備を頼みます。 |
012 |
マウラー |
グェッヘッヘッヘッヘッ!そんな根も葉もないあんたの推理で警察が動くかい!?まだ何も事が起きていねえのに!! |
013 |
テンマ |
事が起きてからじゃ遅いんだ!! |
014 |
マウラー |
事なんか起きやしねぇよ!!双子の妹もいやしねえ!!全部あんたの妄想だ! ・・・いいか、ドクター。なんで俺がこんなふうに言いきるか教えてやるよ。 俺ァ、例の四件の連続中年夫婦殺しのうち、ケルンの現場に取材に行ってるんだよ。 |
015 |
テンマ |
え? |
016 |
マウラー |
ひでえ現場だった・・・・・・・・・。 俺は仕事がら、殺しの現場は何度も見てる。強盗殺人、怨恨殺人、婦女暴行殺人・・・・・・ いろんな目をおおうような現場を見てきた。しかし、あの現場は特別だった・・・・・・ 何の目的も感じねえ・・・、なんの欲も恨みも感じねえ・・・、ただ単に人の命を絶っただけって感じだった。 で、長年、記者やって、ああいう現場見りゃすぐわかる。あんたの推理は大はずれだってな。 |
017 |
テンマ |
? |
018 |
マウラー |
あんた、20歳にもならねえ小僧が犯人だって言ってたが、そんな若僧がなんの感情もなしに殺しができると思うか? ありゃあ・・・、小僧がしでかしたもんじゃねえ・・・・・・、もっとでかい"何か"だ。 |
019 |
テンマ |
でかい・・・・・・何かって? |
020 |
マウラー |
ケッ、それが問題だ。 しゃくにさわるぜ、実際。長いこと記者やってりゃ、文章表現にゃ自信があるってもんだが・・・・・・ ところがあの件に関しちゃうまい言葉が見つからねえ。どうしても言えってんなら、チンプな表現になるが、ありゃ・・・ ありゃ、悪魔の仕業だ。 |
021 |
テンマM |
(悪魔・・・・・・!!) |
022 |
マウラー |
いや、違うな。ちくしょう、やっぱりうまい言葉が見つからねえ。ただひとつ言えるのは・・・・・・ もし目の前にあの犯人が現れたら・・・、俺は迷わずにぶち殺すね! |
023 |
テンマ |
・・・・・・!! |
024 |
マウラー |
あんなことをしでかす奴を生かしといたら、ろくなことがねえ。 正義の記者・マウラー様が記者生命をかけて息の根を止めてやる!! ・・・グァッハッハッハッ!!まっ、安心しな。あんたの妄想は大はずれだからよ。 |
025 |
N |
そして、二人を乗せた車はフォルトナー家に到着した。 |
026 |
マウラー |
ネッカー通り。16番地・・・・・・ここだぜ。 ・・・じゃあ行くぞ。 こんばんは―――!フォルトナーさん、夜分失礼しまーす! |
027 |
N |
マウラーが扉をノックし、呼びかける。もし、事が済んだ後だったら・・・。テンマに緊張が走る。 しかしそんな邪推をかき消すように、扉が開く。 |
028 |
二ナの父 |
はい、どなたでしょうか? |
029 |
テンマM |
(は―――・・・、間に合った・・・・・・。) |
030 |
マウラー |
あ・・・失礼します。私、ハイデルベルク・ポスト新聞社のマウラーと申します。 |
031 |
ニナの父 |
新聞記者さんが何か・・・? |
032 |
マウラー |
あの・・・ちょっとお伺いしたいんですが、この記事・・・ほらこの1986年の男のお子さんの捜索願いの件で・・・・・・ |
033 |
N |
マウラーが説明をしようとした途端、フォルトナー夫妻の目が見開かれた。 そして、逃げるように玄関扉が閉められる。 |
034 |
ニナの父 |
そ・・・その話はもういいんです!! |
035 |
マウラー |
うわっと・・・!! |
036 |
テンマ |
あ・・・あの!少しお聞かせ願いないでしょうか!! お宅に娘さんがいませんか!?失踪した男の子の双子の妹さんが!! お願いです、答えてください!! |
037 |
マウラー |
まいったな・・・・・・ |
038 |
N |
テンマが扉を叩いて必死に訴えかけるそばで、マウラーがつぶやいた。 |
039 |
テンマ |
え? |
040 |
マウラー |
・・・ケーキだよ。 中で誕生パーティのケーキ、用意してやがったぜ・・・! |
041 |
テンマ |
なっ!! 9年前、双子を引き取ったんですね!?その妹がまだこちらにいるんですね!? |
042 |
ニナの父 |
か・・・帰ってください!! |
043 |
N |
ドア越しに返事が返ってくる。 |
044 |
ニナの父 |
私達、ニナを本当の娘としてここまで育ててきたんです。 親子三人、平和に暮らしているんです。波風立てないでください。 ・・・ほっといてください!! |
045 |
テンマ |
あなた方は9年前双子を引き取った。兄のほうは頭に手術のあとが・・・・・・、そして妹は記憶喪失だった。 兄はその後姿をくらました。そうなんですね!? |
046 |
ニナの父 |
・・・・・・・・・。 |
047 |
テンマ |
開けてください!娘さん会わせてく・・・!! |
048 |
マウラー |
フォルトナーさん、すぐに警察に知らせなくちゃいけない!! あんた方と娘さんの命が危ないんだよ!!早く!! |
049 |
テンマ |
マウラーさん・・・ |
050 |
N |
そこまで言い終わったところで、硬く閉ざされていた扉が開いた。 揃って出てきた夫妻の顔は、不安で引きつっている。 |
051 |
ニナの父 |
ど・・・・・・どういうことですか? |
052 |
マウラー |
とにかく娘さんに会わせてください。 |
053 |
ニナの父 |
む・・・娘は今、出かけてますが・・・・・・ |
054 |
テンマ |
!? ど・・・どこに!! |
055 |
ニナの父 |
ハイデルベルク城に・・・・・・友達と会うとか言って・・・・・・ |
056 |
マウラー |
ちぃ!! |
057 |
テンマ |
マウラーさん、車貸してください!! |
058 |
マウラー |
ま・・・待て、警察に連絡してからだ!! |
059 |
テンマ |
警察に長々と説明してる時間なんかありません!!早くキーを!! |
060 |
マウラー |
・・・わかった。俺がここから電話しとく。 |
061 |
テンマ |
お願いします!! |
062 |
N |
キーを受け取ったテンマは踵を返す。そんなテンマにマウラーがもう一度声をかけた。 |
063 |
マウラー |
よお、ドクター。 |
064 |
テンマ |
? |
065 |
マウラー |
気をつけろ!!さっき言ったように、相手はとんでもねえ野郎だ!! 絶対死ぬんじゃねえぞ!! |
066 |
テンマ |
マウラーさん・・・・・・ |
067 |
マウラー |
ちゃんと生きて帰ってくるんだ。そしたらな・・・・・・ タバコ、やめてやるよ。ヤブ医者の言いつけ通りな。 |
068 |
テンマ |
ハハ・・・・・・。 奥さんも喜びます! |
069 |
N |
テンマは改めて車に走っていくと、急発進させた。 残ったマウラーは、警察に連絡する段をつけるため、家の中へ入る。 |
070 |
マウラー |
さあてと、警察にどう説明するかな。 |
071 |
ニナの父 |
娘は・・・、娘は無事なんですか!?何が起きたんですか!? |
072 |
マウラー |
大丈夫ですよ。電話借りますよ。 |
073 |
ニナの父 |
娘に何があったんですか!?教えてください!! |
074 |
マウラー |
ああー!落ちつきなさいって!!・・・・・・? |
075 |
N |
そう言って、フォルトナー家の電話の受話器をとったマウラーは顔をしかめる。 受話器からなんの音も鳴っていないのだ。 受話器が押さえていた台のボタンも何度か叩いてみるが、反応がない。 |
076 |
マウラー |
なんてこった・・・・・・ |
077 |
ニナの父 |
? |
078 |
マウラー |
電話線が切られてるぜ。 |
079 |
N |
悪魔の手は、確実に近づいていた。 |
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080 |
N |
他方、ハイデルベルク城――――― 到着したニナは、メールの主が来るのを今か今かと待っていた。 |
081 |
ニナM |
(約束の時間、とっくに過ぎてる・・・・・・。やっぱりあの呼び出し、いたずらだったのかな。) |
082 |
ニナ |
帰ろう。パパ、ママも待ってるし。 |
083 |
男 |
だめだよ。 |
084 |
ニナ |
え? |
085 |
N |
ニナが、帰るために階段を下りようとした時、後ろから声がかけられる。 ニナの後ろで一人で城の植木の手入れをしていた男が、作業を続けたまま声をかけてきたのだ。 枝を切るヂョキン、ヂョキンという音が不気味に響き渡る。 |
086 |
男 |
ここで待ってなきゃ、だめだよ。 |
087 |
ニナ |
あ・・・あなた、誰? |
088 |
男 |
頼まれたんだ・・・。あんたがここで待っているようにね・・・。 |
089 |
N |
振り返った男の目は尋常ではなかった。不審に思ったニナは、無視して歩き出す。 |
090 |
男 |
待てって言ってるんだ!!待てって言ってるのがわからないの・・・。 |
091 |
N |
その時、別の方向から新たな声がする。 |
092 |
テンマ |
アンナ!! |
093 |
ニナ |
!? ア・・・・・・、アンナ・・・・・・? |
094 |
テンマ |
アンナ・・・・・・ハァ。いや・・・、ニナ・フォルトナーだね?・・・ハァ |
095 |
ニナ |
あ・・・あなたは? |
096 |
テンマ |
覚えているかい?・・・ハァ・・・医者の・・・テンマだよ・・・・・・ハァ。 |
097 |
N |
声の主は先ほど車でかけつけたテンマだった。城内を全力疾走してきたのか、息があがっている。 |
098 |
テンマ |
無事だった・・・・・・ハァ・・・間に合ったんだね・・・ハァ・・・ハァ・・・アンナ・・・・・・ |
099 |
ニナM |
(アンナ・・・Dr.テンマ・・・・・・) |
100 |
テンマ |
さあ、行こう。家に戻るん・・・ |
101 |
ニナ |
あ・・・あなたが・・・・・・、白馬の王子様・・・? |
102 |
テンマ |
え? |
103 |
N |
その時、黙って見ていた男が大声をあげた。 |
104 |
男 |
なんだ〜、お前は〜〜〜!! |
105 |
テンマ |
!? |
106 |
男 |
邪魔すんな。邪魔すんなよォ〜・・・ こいつはここで待ってなくちゃいけないんだ。 そうしなきゃ俺、金もらえないんだァ――――!! |
107 |
N |
男は叫ぶと同時に、先ほどまで植木の剪定に使っていたハサミを腰だめに構えると、テンマに向かって突進してくる。 テンマは辛うじてその一撃をかわすが、その勢いのまま男に組み伏せられた。 |
108 |
男 |
あいつは見張ってるだけでいいって言ったのに!!誰も来ないって言ったのに!!ちくしょう!! |
109 |
N |
振りかぶったハサミがテンマの顔に落ちてくる。が、寸前で男の手が掴まれ後ろに捻りあげられる。 そのまま腕を極め、男は地面に叩きつけられた。ニナだ。 |
110 |
男 |
あだだだだ!! |
111 |
ニナ |
大丈夫ですか!? |
112 |
テンマ |
お・・・驚いたな・・・ |
113 |
ニナ |
合気道です。それよりも何か縛るものを!! |
114 |
テンマ |
あ・・・・・・ああ!! |
115 |
N |
ニナが手際よく男の両腕を後ろでまとめ、テンマはそれを自分のネクタイでしっかりと縛る。 |
116 |
テンマ |
誰に頼まれたんだ!? |
117 |
男 |
し・・・知らねえよ。 |
118 |
テンマ |
そいつはいつここに来ると言ったんだ!? |
119 |
男 |
ホントに知らねえんだよ!!た・・・ただ、大切な仕事してから来るって言っただけだ!! |
120 |
テンマ |
!! ・・・やっぱり君の家だ・・・!! |
121 |
ニナ |
え? |
122 |
テンマ |
早く君の家に戻らなくちゃ!! |
123 |
ニナ |
ど・・・どういうこと? |
124 |
テンマ |
理由なんかあとだ!!早く行くんだ、アンナ!! |
125 |
ニナ |
アンナ・・・・・・ |
126 |
テンマ |
早く!! |
127 |
N |
必死の形相のテンマは、半ば強引にニナの腕を引き、走り去っていった。 |
128 |
男 |
く・・・・・・くそ、ほどけねえ!! |
129 |
N |
残された男が、なんとかネクタイを解こうともがいている。 と、男の上にゆっくりと歩いてきた人の影がかぶった。 |
130 |
男 |
!! ひ・・・!ひ・・・・・・!! |
131 |
N |
ひどく怯える男。男の声はそこで途切れた。 一方、車でフォルトナー家に戻るテンマ達。 |
132 |
ニナ |
教えてください、Dr.テンマ!!あなたは何者なんですか!? |
133 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
134 |
ニナ |
それに私はアンナじゃない、ニナです!! |
135 |
テンマ |
いや、たしかに私の病院にかつぎこまれた時、君はアンナ!!そして・・・・・・ 君の兄さんはヨハンという名前だった・・・・・・! |
136 |
ニナ |
兄さん・・・・・・? |
137 |
ニナM |
(Dr.テンマ・・・・・・ アンナ・・・・・・ ヨハン・・・・・・!!) |
138 |
N |
ニナの頭をめぐる、封印された己の10歳以前の記憶を呼び覚ますキーワード。 自分を翻弄しようとするその3つの名前に、ニナの頭は混乱していた。 |