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浦沢直樹 |
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15分 |
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90 |
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キャラクター紹介へ |
001 |
N |
ネッカー河畔――――― 焚き火のそばで、女性が毛布にくるまり座っている。 そこへ、テンマがいっぱいになったビニール袋と紙袋を抱えて近づいてきた。 |
002 |
テンマ |
近くに雑貨屋があったよ。着替えも手に入った。 あと、パンにソーセージ、チーズ・・・・・・。ポットにあったかいコーヒーも入れてもらった。 |
003 |
N |
テンマはポットの蓋にコーヒーを注ぐと女性に手渡す。 そこでやっと顔を上げた女性―――ニナの顔は憔悴した様子で、コーヒーを口に含むが咳き込んでしまう。 |
004 |
ニナ |
ゲホッ!ゴホゴホッ!! |
005 |
テンマ |
とにかく着替えといで。体が冷えきってる。 |
006 |
N |
ニナは近くにあった小屋に入り、着替えを始める。 |
007 |
ニナ |
たくさん人が死んでた・・・・・・・・・ |
008 |
テンマ |
・・・・・・!! |
009 |
ニナ |
あたしとお兄ちゃんは、二人でそこを歩いていた・・・・・・・・・ |
010 |
テンマ |
・・・・・・。 |
011 |
ニナ |
世界に・・・・・・あたしとお兄ちゃん、二人だけみたいだった・・・・・・ |
012 |
テンマ |
・・・どこだい、そこは・・・。どこだか思い出せないか? |
013 |
ニナ |
国境を越えたわ・・・・・・ おじさんとおばさんがはげましてくれて・・・・・・とってもやさしくしてくれた・・・・・・ お兄ちゃんが言ったわ・・・・・・。「いい計画がある」って・・・・・・ それから少しして・・・・・・ おじさんとおばさんは死んじゃった・・・・・・ あたし達にやさしくしてくれる人は、なぜかみんな・・・・・・死んでいったの・・・・・・ でもあの日、それがなぜだかわかった・・・・・・。あの雨の日に。 |
014 |
テンマ |
リーベルト夫妻の事件だな!? |
015 |
ニナ |
お兄ちゃんが撃ったの・・・・・・お兄ちゃんがあの人達を・・・・・・ 今までの人達も、みんなお兄ちゃんが殺したのよ!! だから、あたしは銃をとったの・・・・・・おにいちゃんに狙いをつけた・・・・・・ ・・・お兄ちゃん、その時言ったわ・・・・・・笑いながら言ったのよ・・・・・・。 笑いながら言ったのよ・・・・・・「撃ったら、銃を窓の外へ投げ捨てろ」って・・・・・・・・・ 「ちゃんと頭を撃て」って・・・・・・! ちゃんと撃ったのに・・・・・・ちゃんと頭を狙ったのに・・・・・・ |
016 |
テンマ |
・・・・・・。 |
017 |
ニナ |
なんで助けたの? あなたがお兄ちゃんを助けなければ、パパとママは殺されずにすんだのよ――!! どうして助けたのよォォ――――!! |
018 |
N |
着替えを終えて出てきたニナは膝をついて、テンマの目もはばからずに涙を流す。 ひとしきり泣き落ち着くのを待って、テンマは声をかけた。 |
019 |
テンマ |
ここでじっとしているんだ。私は警察に行く。 ゆうべの刑事たちがもし本物だとすると、ヨハンに通じている人間が、警察にいるということになるが・・・・・・ただこうしているわけにもいかない。 いいかい、ニナ、ヨハンは君を連れ去ろうとしている。追っ手が来たら隠れるんだぞ。 |
020 |
ニナ |
(泣いて)うっ・・・・・・うっ・・・・・・ |
021 |
テンマ |
食事して、あたたかいコーヒーを飲んで・・・・・・少し眠るんだ。 人間はそうやって生きてるんだ。 君は生きてるんだ。これからのことを考えるんだ。 |
022 |
ニナ |
(泣いて)う・・・・・・う・・・・・・ |
023 |
テンマ |
これからのことを・・・・・・考えるんだ。 |
024 |
N |
ネッカー川を離れたテンマはひとり、ハイデルベルク警察署に来ていた。前には記者がつめかけている。 |
025 |
記者A |
・・・・・・で、犯人の手掛かりがないんですか? |
026 |
記者B |
これまでドイツ各地で起こった中年夫婦殺人事件との関連は!? |
027 |
記者C |
殺されたフォルトナー夫妻と、新聞記者マウラー氏の関係は!? |
028 |
ハイデルベルク署刑事 |
ですから、当ハイデルベルク署としましては、全力をあげて捜査していますが・・・! まだ、何も詳しいことは申し上げられません!! |
029 |
記者A |
我々の調べたとこだと、フォルトナー夫妻には娘がいるんですが、その娘の行方は? |
030 |
ハイデルベルク署刑事 |
それも現在捜査中です!! |
031 |
記者B |
なぜマウラー記者は、あの家にいたんでしょうか? |
032 |
ハイデルベルク署刑事 |
だから、それも捜査中だと・・・・・・ |
033 |
記者C |
そんなの、ハイデルベルク・ポスト紙に聞いたほうが早い!! |
034 |
記者B |
どうなんだよ、あんたあそこの記者だろ?マウラーはなんで・・・ |
035 |
記者A |
そ・・・それがわからないんだ。事件直前まで日本人の男と調べものをしてたらしいんだが・・・・・・ |
036 |
記者C |
日本人!?そいつが怪しいわね、名前は? |
037 |
記者A |
それもわからない。 |
038 |
記者C |
えー、では。ほぼ同時刻に起きた、ハイデルベルク城での殺人も同一犯の仕業でしょうか!? |
039 |
テンマM |
(ハイデルベルク城でニナを襲ったあの男か・・・? ネクタイで縛ってたはずだが・・・奴も殺された・・・?) |
040 |
ハイデルベルク署刑事 |
とにかく、詳しいことは順次発表します!! |
041 |
記者B |
で!!城の殺人の被害者の身元は!? |
042 |
記者C |
これじゃ、記事にならないわよォ!! |
043 |
N |
と、不満そうな記者を残し引っ込もうとする刑事に声がかかった。 テンマとニナを川に飛び込ませた張本人である、メスナー・ミュラー両刑事である。 |
044 |
ハイデルベルク署刑事 |
やあ!!わざわざマンハイム署から応援、ご苦労様。助かりますよ。メスナー刑事。ミュラー刑事。 とりあえず、中で詳しい話を・・・・・・ |
045 |
N |
そしてミュラー刑事は「何でも言ってくれ。協力する」と言って所轄刑事と握手をする。 |
046 |
テンマM |
(ゆうべの男達・・・・・・!!) |
047 |
N |
正面扉に吸い込まれた二人の刑事を見やり、テンマは逃げるようにハイデルベルク署を離れた。 |
048 |
テンマM |
(本物だった・・・・・・。あの男達、やはり本物の警官だった・・・・・・!) |
049 |
テンマ |
くそっ!どうしたらいいんだ・・・・・・!! |
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050 |
N |
事件の被害者となったマウラーがいた、ハイデルベルク・ポスト新聞社。 大事件が起きてただでさえ忙しいところへ、マウラーの死亡前の行動に関する問い合わせの電話が加わり、オフィスは騒然としていた。 そしてそこへ、また1本の電話がかかってきた。 |
051 |
HP記者A |
はい、ハイデルベルク・ポスト!! ・・・え!?よく聞こえないよ!!編集部内ゴッタ返してるんだ!! |
052 |
テンマ |
昨夜のマウラーさんの殺害事件で、話したいことがあるんです。 |
053 |
HP記者A |
え!?あなた誰ですか?話って一体・・・ いたずらじゃないでしょうね。今日、その手の電話が何十件も入ってるんですから・・・・・・ |
054 |
N(HP記者B) |
とにかく、マウラーといっしょにいた日本人をつきとめろ!!そいつが何か知ってる!! |
055 |
HP記者A |
あー、ちょっと!静かにしてくださいよ!!電話中なんですから!! ・・・で、もしもし!?それでなんなんですか、話したいことって!! |
056 |
テンマ |
重要な証人を連れて行きます。5時にそちらに行きます。警察には絶対に連絡しないでください。 |
057 |
HP記者A |
本当なんですか?ガセネタじゃないでしょうね。・・・あっ!クソ、切れた・・・・・・。 |
058 |
N |
公衆電話BOXのテンマは、受話器をハンガーにかけた。 |
059 |
テンマM |
(警察がダメなら・・・・・・。あの新聞社しかない・・・・・・。 今、ニナの身の安全を保てるのは、あの新聞社しか・・・・・・・・・) |
060 |
N |
ふと、電話機の上に置き忘れてあった新聞紙が目に入る。 そのトップ記事には太った男性の―――マウラーの写真が大きく載っていた。 |
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061 |
N |
ハイデルベルク署――――― 城で殺された男の事件の証拠品を保管する鑑識課の部屋に、刑事たちが入ってくる。 |
062 |
刑事A |
まったく、鑑識課の人間も増強してもらわなきゃ、手が足りませんよ。 |
063 |
刑事B |
まったくだよ・・・・・・。あれ? |
064 |
N |
部屋の中には既に一人、男の姿があった。 |
065 |
刑事A |
困りますよ。無断で部屋に入られちゃ。 |
066 |
刑事B |
それに、BKAのあなたは、中年夫婦殺しの件で来てるんでしょ? こっちには、城で殺された男の資料しかありませんよ。 |
067 |
ルンゲ警部 |
いや失礼、ちょっと気になってね。 |
068 |
N |
男は振り返って、挨拶をする。 中年夫婦連続殺害事件の担当として、BKA―――独連邦警察から派遣されているルンゲ警部だ。 |
069 |
刑事B |
ルンゲ警部、あなたの追ってる件とこっちの犯人は同一犯じゃありませんよ。 犯行時刻がほぼ同じなんです。フォルトナー家からこっちの現場まで、20分以上かかりますからね。 |
070 |
ルンゲ警部 |
なるほど。 ・・・で、この男。写真を見ると手に縛られた跡があるようだが、それは発見したのかね? |
071 |
刑事A |
いえ、被害者が発見された時はもうはずされていましたよ。 |
072 |
ルンゲ警部 |
あ、そう。 |
073 |
N |
その頃、ハイデルベルク署の前を離れたテンマは、ニナを残してきた小屋の辺りに戻っていた。 |
074 |
テンマ |
ニナ!!私だ!テンマだ!!・・・・・・ニナ――!! もう隠れなくても大丈夫だ、ニナ・・・・・・ |
075 |
N |
小屋をのぞくテンマ。しかし、中にニナの姿はなかった。 |
076 |
テンマ |
・・・・・・!? ニナ!!ニナ―――!! ま・・・・・・まさか!! ニナ――――!! |
077 |
N |
ハイデルベルク城――――― ルンゲは中年夫婦殺害事件の現場・フォルトナー家ではなく、身元不明の男の殺害場所であるこちらに来ていた。 |
078 |
ルンゲM |
(男が殺害されたのがあの城の上、そこから一番近い縁はこの正面の壁だ。と、いうことは・・・) |
079 |
N |
ひとしきり壁際を歩き回ったルンゲは、ひとつの植え込みの前で立ち止まる。 白手袋をつけると手を突っ込み、あるモノを引き出した。 |
080 |
ルンゲ警部 |
見つけた。 |
081 |
N |
ルンゲの手の摘まれていたものは、黒地に白のストライプが入ったネクタイだった。 一方テンマは、ゆっくり小屋に入っていく。 |
082 |
テンマ |
ニナ・・・・・・連れ去られてしまったのか・・・・・・。 一人にするんじゃなかった・・・・・・ |
083 |
N |
悔やんで、頭を抱えるテンマの視界に、不自然に膨らんだ布が入ってきた。 布を取り去る。そこには先ほどニナに渡したサンドイッチが、手付かずのままで置いてあった。 |
084 |
テンマ |
これは・・・・・・手紙か? |
085 |
ニナ(手紙) |
「Dr.テンマ、あなたは悪くない。あなたは医者として仕事を全うしただけです。あなたは悪くない。 サンドイッチ食べてください。そして少し眠ってください。 あなたは生きのびてください。そして一人でも多くの人の命を助けてください。 ―――――ニナ」 |
086 |
N |
読み終わったテンマは、サンドイッチを全て腹におさめ、静かに涙を流した。 |
087 |
テンマM |
(ニナ・・・・・・。君はこれからどうするつもりだ!? もう一度あいつを殺すつもりなのか・・・・・・?) |
088 |
N |
そして翌日。テンマの姿は、彼の勤めるアイスラー記念病院のあるデュッセルドルフ行きの列車の中にあった。 |
089 |
テンマM |
(私が・・・・・・ 私が生き返らせてしまったんだ・・・・・・ 私が、あのモンスターを・・・・・・ 生き返らせてしまったんだ・・・・・・) |
090 |
N |
車窓から外を眺めて物思うテンマは、心の内でニナが手紙にこめた思いをかみ締めていた。 |