CHAPTER.16 老兵と少女 | 台本リスト | CHAPTER.18 ローヤーの法則

MONSTER CHAPTER.17 消された過去
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
134
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※133のドイツ語部分は読まず、下の訳だけ。


001

N

昼間にもかかわらず、一人の男がバーで飲んでいる。

002

バーテン

へい、マンハッタンお待ち。

003

ヘッケル

おう。って・・・よう、レッドチェリーはどうした?

004

バーテン

へ?

005

ヘッケル

レッドチェリーが入ってなきゃ、マンハッタンとは呼べねえだろうが!!

006

バーテン

す・・・すいません。今入れます・・・・・・、はいどうぞ。

007

ヘッケル

ったく、気をつけろ。

008

N

その男性客は、バーテンがチェリーをひとつカクテルグラスに落としたのを確認すると、一気に飲み干す。
そして、最後に残ったチェリーを摘み上げて口に含んだ。

009

ヘッケル

ヘヘ。これを口にくわえてると、商売がうまくいくのよ。

010

バーテン

へ?

011

ヘッケル

ジンクスだよ、ジンクス!

012

N

男は指を二本、ピッと立てると、格好つけるように言った。

---

013

N

ドイツ、フェルデン―――――

さっきの男―――オットー・ヘッケルは、今度は立派な邸宅の前に来ていた。

014

ヘッケル

市議会議員シュプリンガー邸か・・・。長いこと狙いをつけてたんだぜ。
たのむぜ、まだ金目のものが残ってますよ――に!

015

N

建物に小走りで近寄ると、一階の窓のひとつを、ガラスカッターを用いて器用にあけ中に忍び込んだ。

016

ヘッケル

オッケーオッケー!!思った通りだ。家財道具そっくりきれいに残ってやがる。よりどりみどりじゃねえか。
さあて、このオットー・ヘッケル様のおめがねにかなう上物はあるかな・・・・・・

017

N

ヘッケルは居間の調度品を眺めながらゆっくり歩き回る。ふと、足元の白いチョークで描かれた人型に気づいた。

018

ヘッケル

へっ!人生はかないもんだぜ。
飛ぶ鳥を打ち落とす勢いだの、次期州知事候補だのと言われたって、夫婦そろって撃ち殺されてこのざまじゃあな。
チョークで死体の型を取られるような死に方は、したくねえもんだ。
・・・おっと、口の中のレッドチェリーがつぶれちまわないうちに、ビジネスビジネスっと!!

ふむ、金庫はこの部屋あたりとみた・・・・・・

019

N

ヘッケルが二階の一室のドアノブに手をかける。しかし突然、驚いたようにあわててそれを離した。

020

ヘッケル

な・・・なんだ、この寒気は!?こんな嫌な感じは初めてだ・・・・・・
この部屋に誰かいる・・・・・・・・・?

へ・・・へへヘ、ま・・・まさか!な・・・何ビビってんだよ、俺らしくもねえ。

021

N

自分を鼓舞し、しっかりとドアノブを握る。しかし今度はハッキリと何者かの気配を感じ、硬直した。背後からだ。

022

テンマ

動くな!!そのまま手を頭の上に!!

023

ヘッケル

・・・・・・あ―――あ、うしろにいたのかよ。最悪だ・・・・・・。あのバーテンがレッドチェリー忘れやがるからだ。
しかも口ん中でつぶれちまった。やっぱりこの家はゲンが悪いや。

024

テンマ

いいから早く手を上げろ!!

025

ヘッケル

はいはいはい。
サツの旦那、勘弁してくれよ。俺ァまだ何も盗っちゃいねえんだからよ。

026

テンマ

私は、警察じゃない。

027

ヘッケル

え?なんだよ、同業者・・・・・・かよ!?
それなら、そんな物騒なものおろして穏便にいこうぜ。俺は丸腰だ。それに、この距離だと以外に命中しづらいぜ。

028

テンマ

いや、当たるよ。

029

N

振り返ったヘッケルが見たのは東洋人の男だった。しっかりと両手で拳銃を構えてまっすぐこちらを睨みつけている。
気おされたヘッケルは、おろしかけた手を再び頭の上で結びなおした。

030

ヘッケル

ちっ、なんだ、こいつ・・・・・・・・・。警察よりタチ悪そうだぜ。

031

N

その時、屋敷の外からけたたましいサイレン音が飛び込んできた。

032

ヘッケル

サ・・・サツだ!!おまえヘマしやがったな!!

033

テンマ

え!?

034

N

ヘッケルはこうしてはいられないと、銃口を向けられたままだったのにもかかわらず、階段を飛ぶように下りる。

035

ヘッケル

お前なんかに付き合ってらんねえ!!俺ァ逃げるぜ!!

036

テンマ

あっ・・・!!

037

ヘッケル

ついてくるんじゃねえ!!おまえみたいなヘマなやろう足手まといだ!!ふざけやがって!!

・・・・・・あ!!

038

テンマ

ハァ ハァ ハァ・・・・・・

039

ヘッケル

ついてくるんじゃねえよ!!あっちいけ、あっち!!
ついてくんなって言ってんだろーがァ!!
ったく・・・・・・、今日は厄日だぜ!!

040

N

数十分後。二人の姿は、フェルデンの裏通りにあった。

041

ヘッケル

ゼェ ゼェ ゼェ ゼェ ゼェ・・・・・・・・・

042

テンマ

ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・・・・

043

ヘッケル

そうか・・・どっかで見たと・・・思ったら・・・、あんた・・・、あの新聞に出てた・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・
シュプリンガー議員殺しの・・・重要参考人とかいう・・・医者かよ!!

044

テンマ

ハァ ハァ・・・・・・

045

ヘッケル

ヘッ!バカじゃねえのか、こんなとこにのこのこ現れるとはよ。

046

テンマ

そっちは空巣か?

047

ヘッケル

そう、その通り!あんたみたいに殺しなんて野暮なマネはしねえ。俺はスマートに生きてるんだ。

048

テンマ

・・・真犯人を捜してるんだ。あの家で起きた事件について、何か知らないか?

049

ヘッケル

さあね、とっとと俺の前から消えな。あんたみてえな人間といっしょにいたら、こっちがとばっちりくっちまうわ。
じゃーなあ。

050

N

ヘッケルは、煙たがるように手を振ると、背を向けて歩いていく。が、思い出したように振り返った。

051

ヘッケル

ヘイ、ドクター!!確かあんた・・・、一流の外科医だったよな。ちょっと待ちなよ。俺の明晰な頭脳に今、ピピーンときた!
いや、俺もよ、いつまでもこんなケチな商売やってる気はないのよ。おれってこんなとこで終わる人間じゃないってこともわかってる・・・・・・。
同じ人生、ドカンと当てなきゃよ。ロマンだよ、ロマン!!
出会いっていうのは偶然だと思うか?ドクター。ヘヘ、これが違うんだなァ、人間のめぐり合いはあらかじめ決まってるのよ。

052

テンマ

え?

053

ヘッケル

俺とあんたは、コンビ組む運命だったんだな。

054

テンマ

え?

055

ヘッケル

裏の世界じゃ、あんたみたいな人間を必要としてる連中が山ほどいるんだ。
医者を呼びたくても、ヤバくて呼べずに死んでくような連中がよ!

056

テンマ

何が言いたいんだ・・・・・・?

057

ヘッケル

マネージメントはこのヘッケル様にまかせろ!あんたを世界一のモグリの医者にしてみせらァ。
表の世界でも相当儲けてただろうが、裏の世界はケタが違うぜえ!!あっという間に億万長者に・・・・・・
って、お・・・おい!ドクター、どこ行くんだよ!?

058

テンマ

私にはやらなくちゃならないことがあるんだ。

059

ヘッケル

ちょっと待てよ。あの屋敷の殺人について・・・知りてえんだろ?

060

テンマ

えっ!!

061

ヘッケル

へっへっへ。なんたって、俺、犯人見たんだもんよ。

062

テンマ

なんだって・・・!?
どういうことだ!!

063

ヘッケル

知りてえか?

064

テンマ

その犯人は、金髪の二十歳ぐらいの男じゃなかったか!?

065

ヘッケル

なんだ、そりゃ?

066

テンマ

とにかく!その犯人のことについて話してくれ!!

067

ヘッケル

俺と組むんだったら・・・・・・教えてやるよ。

---

068

ヘッケル

・・・・・・・・・さっき言ってた犯人なら、この安アパートの三階にいるよ。

069

テンマ

なぜそんなことを知ってるんだ?

070

ヘッケル

俺は見ての通りのインテリ・・・、行きあたりばったりの仕事はしねえ性分だ。
あの議員の屋敷も、目ェつけてから一か月もリサーチしてたのさ。で、そろそろ決行って時に、奴が現れた。
屋敷ん中へ入って、15分ほどして出てきた・・・・・・。窓からのぞいたら、議員夫婦が死体になってやがった。
こりゃあゆすれば金になるってんで、犯人の後をつけたわけさ。

071

テンマ

どんな男だった?

072

ヘッケル

ヘッ。ゆすってもホコリも出ねえようなさえねえ男よ。だから放っとくことにしたのさ。

073

テンマ

え?

074

ヘッケル

さあ、これでいいだろ。この事件のあんたの無実は証明された。警察にたれこむなり、好きにしな。
そしたらどっかで一杯やりながら俺たちの夢のような将来について語りあお・・・・・・あ・・・おい!!

075

N

テンマはヘッケルの話など耳に入っていない様子で、無言のまま、その安アパートのエントランスに入っていた。

076

ヘッケル

よせよ!!会ってどうするんだよ!!相手は殺人犯だぞ!!お前も殺されちまうぞ!!
・・・ったく、何考えてんだか!!つきあってらんねえよ!!

・・・・・・・・・。

・・・・・・しかし、見捨てるにゃあ・・・ちともったいねえな・・・・・・。あんな金ヅル、めったに見つからねえぞ。
・・・ヤバイ橋は渡らねえ主義なんだがなァ・・・・・・

077

N

ヘッケルがよこしまな思いをめぐらせている頃、テンマは既に、教えられた部屋の前に立っていた。
ノックをする。が、返事はない。ドアノブに手をかけると、扉は簡単に開いた。
中には中年の男が一人、両肘を膝の上にのせてうつむいており、その両手には何かが握られていた。
男は、まるで誰かが来るのを待っていたかのように、声をかけてきた。

078

やあ・・・・・・。

079

テンマ

・・・・・・どうも。

080

今日も暑いですね。

081

テンマ

・・・・・・・・・。実は・・・、ある人物を探しているんですが・・・・・・。

082

ヘッケル

ヘイ、ドクター、生きてるか!?

083

N

その時、ドアがあわただしくノックされ、ドア越しに声がかけられた。ヘッケルだ。

084

ヘッケル

入るぞドク・・・・・・って、バカ!!銃持ってるじゃねえか!!

085

N

そう。うつむく男が両手で握っていたのは拳銃だった。ヘッケルはテンマを盾にするように、その体の影に入る。
しかし、男のほうはそんな闖入者は一向に意に介さない様子だった。

086

母とね・・・・・・、よく歩いたんですよ・・・・・・。

087

ヘッケル

え?

088

ひまわり畑の道を・・・・・・こんな夏の日に・・・・・・。その母も、ずいぶん前に死にましたけどね・・・・・・。

089

テンマ

あなたは、誰かに依頼されてその銃を使ったんじゃありませんか?ある男に・・・。

090

男・・・?ああ・・・、ある日、バーで声をかけられたんです。彼、ニコニコ笑っていました・・・・・・。

091

テンマ

金髪の二十歳ぐらいの青年・・・?

092

ヘッケル

え?

093

そう・・・。とってもきれいな笑顔なんです、エーリッヒは・・・・・・。

094

テンマ

今度はエーリッヒか・・・・・・。

095

何度か会ってすっかり友達になりましてね・・・、彼の家に招待してくれたんです。シュプリンガー議員の家に・・・・・・。

096

テンマ

え・・・!?彼はつい最近まで、あの屋敷に・・・・・・!?

097

ええ。一年ほど前から息子同然にかわいがってもらってるって・・・・・・。

098

テンマ

・・・・・・・・・。

099

ヘッケル

おい、なんの話だ?俺は一か月あの家を見張ってたけど、そんな奴、見なかったぞ。

100

素敵な一家でした。・・・ほら、その写真。私と議員夫妻です。

101

N

男がテーブルの上の写真たてを指す。議員夫妻とその真ん中に男、三人が笑顔で写る写真だ。

102

でも・・・・・・、あれだけは許せませんでした。

103

ヘッケル

ん?

104

議員の屋敷の中にひまわりの花壇があったのに・・・、車よせを広げるためにつぶしちゃったんです、あの議員が・・・・・・。
あれはひどすぎるって言ったら、エーリッヒもその通りだって言いました。

105

ヘッケル

ま・・・まさか・・・・・・、おまえ、そんなことで殺したのか!?

106

それに、エーリッヒが教えてくれたんです。シュプリンガー議員には愛人がいるって・・・・・・。
彼はこうも言っていました。僕はもうシュプリンガー議員の家族になるのはやめたって・・・・・・
"僕はこの家族の一員じゃない"って・・・・・・
彼は頼んだんです。"この家族を消去してくれ"って・・・・・・

107

テンマ

・・・・・・・・・。

108

愛人を持つなんてひどい・・・・・・。・・・私の母も、ある男の愛人だったんですよ・・・・・・

109

ヘッケル

・・・あ・・・あのよ・・・・・・。そんなことよりおまえ・・・・・・、あの屋敷の金庫の場所、知らねえか?

110

確か、二階の書斎の奥です。

111

ヘッケル

オ・・・オッケー!!
(小声で)ドクター、あんたも早くずらかれ!!

112

N

しばらく話を聞いていたヘッケルだったが、本懐をとげるとそそくさと出て行ってしまった。
部屋には、男二人だけが残される。

113

知ってますか?過去は消去できるんです。気にいらなければ、全て消し去ることができる・・・・・・
人生はリセットできるんですよ。

114

テンマ

私はそうは思わない。忘れようとすることはできても・・・、過去を消すことはできない!

115

・・・・・・そうですよね・・・・・・。何でそんなふうに思ったんだろう・・・・・・・・・
なんであの時、この引き金を引くと、過去が消せると思ったんだろう・・・・・・・・・
なんで、彼の頼みを聞いてしまったんだろう・・・・・・・・・

話はここまでです。出てってください。

116

N

テンマが無言で席を立つ。すると、男が突然顔を上げた。先ほどまでとは対照的に、笑顔を浮かべて。

117

あ・・・そうだ。あなた、Dr.テンマですよね。

118

テンマ

!!

119

メッセージを見てください。彼からあなたへのメッセージ・・・・・・。
あの屋敷の書斎にあります。

120

テンマ

え・・・・・・

121

彼はあなたがここに来ることを知っていました。エーリッヒは言ってました。"あなたの運命はもう決まってる"って。

それじゃ・・・・・・

122

N

そして、その笑顔のままで。
パン!とひとつ、乾いた音が安アパートに響いた。

123

ヘッケル

ド、ドクター!?だから言ったろ!!金のなる木なのにもったいね・・・・・あ・・・・・・

124

N

テンマが撃たれたと勘違いしたのか、銃声を聞いたヘッケルが飛び込んでくる。
しかし、こめかみを撃ちぬかれて倒れているのは、テンマではなく男のほうだった。

125

ヘッケル

ま・・・まさかあんたが・・・・・・。・・・ん?あ、こりゃ自殺か。ったく・・・・・・

---

126

N

夕方―――
二人は、警官が引き上げたシュプリンガー議員宅に再び侵入し、書斎で各々の目的を果たしていた。
ヘッケルは金庫を破り、テンマはエーリッヒ―――いや、ヨハンの残した"メッセージ"を探す。

127

ヘッケル

死んでどうなるってんだよ。死んじまったら何もかもおしまいだぜ。ヘヘ・・・ひぃ・・・ふぅ・・・みぃ・・・と・・・・・・
生きてりゃこそだよな、ドクター!!

128

テンマ

ああ・・・・・・。たまにはいいこと言うんだな。

129

ヘッケル

たまにとはなんだ、たまにとは!!
・・・・・・で?つまりあんたは、そのエーリッヒだかヨハンだかいう、とてつもない連続殺人鬼を追っかけてるわけか。
へっ、そんなバカバカしいことほっといて、俺と組もうぜ。

あ・・・そういえば、昼間、この部屋のドア開けようとした時、なんだかゾッとしたんだよなぁ・・(小声で)ありゃなんだったんだ・・・

130

テンマ

!!

131

N

テンマがその時、何かを発見した。特に荒らされた形跡のない書斎にあって、不自然に歪んで掛けられた額があったのだ。
恐る恐る外す。壁を見たテンマは戦慄した。

132

ヘッケル

なんだ、こりゃ?・・・・・・ん?なに震えてんだよ、ドクター。・・・ええ?

133

テンマ

・・・・・・・・・。

「Mein lieber Dr.Tenma. Sehen Sie mich! Sehen Sie mich! Das Monstrum in meinem Selbst ist So gross geworden!
 (僕を見て!僕を見て!僕の中のモンスターがこんなに大きくなったよ、Dr.テンマ)」
・・・・・・ヨハンは・・・・・・、彼は楽しんでいる・・・・・・

134

N

テンマには、ヨハンがユンケルスを殺した時に見せたあの笑顔が、はっきりと見えていた。

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