CHAPTER.18 ローヤーの法則 | 台本リスト | CHAPTER.20 プロジェクト

MONSTER CHAPTER.19 511キンダーハイム
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
130
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※ディーターは10歳ぐらいの少年です ※511キンダーハイム=ゴーイチイチキンダーハイム


001

不動産屋

いやいやお客様、素晴らしい物件に目をつけられましたね。
なにしろここは、ベルリンの中心から車で20分と交通の便もよく、環境もいいですからねえ・・・・・・。
二か月前まで、あの家電メーカーのゲルラッハ社の営業部長さんが住んでらしたんですが、ちょうど引っ越されたところでして・・・・・・。
旧東側の物件で、これだけの出物はなかなかございません。

002

テンマ

ここは、旧東ドイツ貿易局顧問のリーベルト氏の元住まいだと思うんですが・・・

003

不動産屋

えっ!?
え・・・・・・ええ。くわしいことは存じませんが、当時の社会主義特権階級用の住宅ですから・・・・・・造りはしっかりしてます。
ささ、どうぞ!

004

N

ベルリン・旧東ドイツ側―――――

テンマは不動産屋の案内で、立派な建物を見に来ていた。と言っても、もちろん買うためではない。
客だと勘違いしているであろう不動産屋に、素直に目的を伝える。

005

不動産屋

え?リーベルト氏のことを調べに来ただけ?なんだ!客じゃないのかよ。

006

テンマ

すみません、どうしても知りたいことがあったもので・・・

007

不動産屋

10年前に亡命した役人のことなんか知らないよ。

008

テンマ

リーベルト氏はこちらにいる時、双子の兄妹をひきとったはずなんです。

009

不動産屋

知らないっていってるでしょ。

010

テンマ

この家の地主さんは・・・・・・?紹介してもらえませんか。

011

不動産屋

あのね、旧東ドイツの土地は、ほとんどがナチ時代に逃げ出したユダヤ人資産家のものなんだ・・・。
東の政府は外国や西側にいる資産家に、金を払って土地を借りてたわけ・・・ここの地主も外国にいるの。
それにわが社は壁崩壊後に進出した西側の不動産屋ですからね、古い話はなーんにも知らないの!

012

テンマ

・・・・・・・・・。

013

不動産屋

さ―――。鍵、閉めますから早く出てください!

014

テンマ

誰か、10年前のことを・・・リーベルトさんを覚えてる人はいませんか?

015

不動産屋

ふ―――、さっきも言ったけど、ここらは元政府高官の住宅地だからね。
壁が壊れたら、大体ちりぢりに逃げ出しちまって・・・・・・。特に、内務省の役人なんかやばくって・・・
・・・・・・あ。

016

テンマ

017

不動産屋

そういえば十軒ほど先に、旧東ドイツ商務省の元役人が住んでるなァ。

018

N

テンマは、不動産屋に聞いた元役人の家へ向かった。

019

元役人

あー、リーベルトさんね。危ない橋渡って亡命なんかしなくても、もう少し経てば東ドイツは自滅したのにねえ。
何のために自由の国に行ったんだかわからないよ、しかも殺されて・・・・・・

020

テンマ

リーベルトさんには、双子の兄妹の子供がいませんでしたか!?

021

元役人

双子の・・・兄妹・・・?う―――ん・・・・・・
ああ、思い出した!!リーベルトさんが、孤児院からひきとったあの双子・・・・・・!!

022

テンマ

孤児院!?

023

元役人

かわいい子達だったよねえ・・・。リーベルトさん、ずっと子供をほしがってたしね。

024

テンマ

そ・・・・・・その孤児院は!?

025

元役人

ええとねえ、確か・・・・・・そう。511・・・・・・うん、そうだ、511キンダーハイムだと思うな。

026

N

ベルリン郊外。廃墟といってもいいような建物の前。
窓はそのほとんどが割れ、壁にはいちめんのツタ、所々にスプレーの落書きがある。
テンマはその前で、黙ってそれを見上げていた。

027

老婆

もうすぐこの孤児院の跡地も、スーパーマーケットになるらしいよ。

028

テンマ

029

老婆

やっと、気味の悪い建物が取り壊されて・・・せいせいするよ。

030

テンマ

あの・・・ちょっとよろしいですか?
この孤児院の関係者の方、知りませんか?

031

老婆

関係者・・・・・・?そんなもん、残ってるわけないだろ!?

032

テンマ

え?

033

老婆

ここのことは話したくもないね、あ〜〜うす気味悪い!

034

テンマ

あ・・・おばあさん・・・・・・

035

老婆

どうしても、話を聞きたいってんなら・・・、47番地に、元厚生省のハルトマンって男がいるよ。
そいつにでも聞いてみるんだね。じゃ・・・

---

036

N

テンマは、その足でハルトマンのところへ向かうことにした。
老婆に教えられたとおり47番地に来たテンマは、正確な場所を知るため、たまたま通りかかった少年に声をかける。

037

テンマ

ボク、この辺にハルトマンって人住んでないかな?

038

ディーター

・・・・・・・・・。

039

N

しかしその少年は、テンマのほうを一瞥しただけで、無視して通り過ぎていく。
テンマはそこで、少年が右腕から血を流しているのに気付いた。

040

テンマ


どうした・・・!?ケガしてるじゃないか。見せてごらん。
これは・・・治りかけたのに、同じとこをまたケガしたな、化膿してる。

041

N

テンマは、自分のかばんから消毒液とガーゼ、包帯を取り出すと、手際よく処置をする。

042

ディーター

うっ・・・・・・つっ!

043

テンマ

がまんしろ。ちょっとしみるが、これでよくなる。・・・よし、オッケー。

044

N

テンマがにこやかに告げる。
少年は、テンマの顔を少しの間じっと見たかと思うと、何も言わずに走り去っていった。

045

テンマ

あぁ・・・・・・。ハハハ、ころぶなよ、またケガするぞ――!!

046

N

アテのないテンマが、しばらく47番地を歩いていると、アパートの集合表札にハルトマンという名を見つけた。
ブザーを押すと、60歳程度の男が出てきて、テンマは居間に通された。
居間の壁には、10歳前後の様々な少年の写真が10枚ほどはってある。
テンマがそれを眺めていると、ハルトマンが茶を入れて戻ってきた。

047

ハルトマン

その子達はみな、東ドイツ崩壊後私が里親としてひきとっていたんです。

048

テンマ

里親・・・・・・?

049

ハルトマン

ええ、養子縁組や身の振り方が決まるまで私が預かっていた子達でね。
その真ん中の写真の子なんかは、服飾メーカーの社長の養子としてむかえられました。左端の子は今、軍隊に入ってます。
今も一人預かってるんですよ。

050

テンマ

へえ・・・。大変なお仕事ですね。

051

ハルトマン

仕事というかなんというか・・・・・・
長年、厚生省の地区担当として孤児関係の仕事をしてまして、当時から政府のやり方には反対でしてね。
社会主義が崩壊してから、私なりのやり方で子供達の力になれないものかと・・・

052

テンマ

なるほど。

053

ハルトマン

貧乏なもんで、思った通りにはいきませんが・・・しかし、彼らも以前の孤児院にいるよりはずっとマシです。

054

テンマ

・・・・・・・・・?

055

ハルトマン

511キンダーハイムは、厚生省と内務省共同管轄の特別孤児院でした。
まあ、旧東ドイツの孤児院は多かれ少なかれあんなもんでしたが・・・

その中でも、特別孤児院はひどかった。単に身寄りのない子供達の施設ではありません・・・・・・
刑事犯の子供と、亡命しようとして捕らえられた政治犯の子供、親が内乱罪やスパイ罪に問われた子供達の集まりだったのです・・・・・・。
だから、差別も非人間的な扱いも当然でした・・・・・・。子供たちは何をされても仕方ない立場だった・・・・・。
あそこは社会主義、全体主義の矛盾そのものだったのです。

政府は、スローガンでは孤児たちを、社会主義の模範になるよう再教育すると言いながら、実際には犯罪者扱い・・・・・・。
おまけに院長や教官は最悪。特にひどい奴は、子供に届く小包を没収して転売までしてしまう・・・。
まったくどっちが犯罪者だか・・・。
特別孤児院を支配していたのは、恐怖と暴力だったんです・・・・・・・・・。あそこではとても、まともな人間は育たない。

そして、あの事件が起きた。

056

テンマ

事件・・・・・・?その孤児院で、何が起きたんです?

057

ハルトマン

あなた、あの双子のことを私に聞きたいとおっしゃいましたね。

058

テンマ

!!
何かご存知なんですね?二人のことを・・・・・・

059

ハルトマン

妹の方は、別の地区の孤児院に預けられましたからよくは知りません。しかし、兄のヨハンのことはよく知っています。

060

テンマ

ヨハン・・・・・・。そうです!ヨハンのことが聞きたいんです!!

061

N

ハルトマンがしばし無言になる。見ると、小刻みに震えていた。

062

ハルトマン

あ・・・あれは、最高極秘事項でした。東ドイツ政府は徹底した箝口令(かんこうれい)をしいたんです。

063

テンマ

え?

064

ハルトマン

今となっては過ぎ去ったことだし・・・・・・、事件について、話してもかまわんと思うが・・・・・・

065

テンマ

なんですか!?事件て・・・・・・?

066

ハルトマン

あ・・・ああ・・・・・・。

067

テンマ

ヨハンが・・・・・・、ヨハンが何をしたんですか?

068

ハルトマン

・・・革命ですよ。

069

テンマ

革命・・・・・・?

070

N

そのとき、玄関の扉が開いた。

071

ディーター

ただいま。

072

ハルトマン

ディーター、お客様だ。ちゃんとごあいさつしなさい。

073

テンマ

あ!

074

ディーター

あ・・・!!

075

N

ディーターと呼ばれた少年は、テンマを見て驚いた声をあげる。

076

ハルトマン

ディーター、なんだ、その態度は!?ちゃんとごあいさつしないか!!

077

テンマ

い・・・いや!!
実はもう・・・・・・、家の近くで会ってるんです。な!!

078

N

ディーターこそ、さっきテンマが治療を施した少年だったのだ。

079

テンマ

あの・・・それで今の話の続きなんですが・・・・・・

080

ハルトマン

いや・・・・・・子供の前では勘弁してください。

081

テンマ

あ・・・・・・そうですね。時間も時間ですので、また改めて・・・

082

N

と、玄関に向けて身を返したテンマの袖を、ディーターが引っぱった。

083

ハルトマン

ディ、ディーター!!・・・・・・ふう。しかたのない子だ。
ごいっしょに、食事でもいかがですか?

084

テンマ

は・・・・・・はァ。

085

N

結局、テンマは夕食をお世話になることになった。
テンマは改めて自己紹介を済ませ、三人の食卓についた。

086

ハルトマン

テンマさん、フリーランスのジャーナリストということは・・・、こうやって調べたことを、記事にされるわけですね・・・・・・?

087

テンマ

え・・・・・・ええ、まあ・・・・・・。

088

ハルトマン

それじゃあこの点だけは、しっかり書いておいてほしいですね。
子供の成長は、全て育てる大人にかかっている。我々が子供を、正しい方向へ導かなければいけない!
そうしてはじめて、子供は素晴らしい夢を見ることができる。

089

テンマ

夢・・・か・・・・・・
ディーターはどんな夢を持ってる?

090

ディーター

(小さく)・・・サッカーボール・・・・・・

091

テンマ

え?

092

ディーター

サッカーボールがほしい!!

093

テンマ

そうかァ。

094

N

笑顔で答えるテンマ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、食事を終えたテンマは玄関で、最後の挨拶をしていた。

095

テンマ

ごちそうさまでした。もう一度、ぜひお話の続きを・・・

096

ハルトマン

いやあ・・・・・・話が話だけに中断してしまって・・・

097

テンマ

またうかがいます。明日にでも連絡します。では・・・。

098

N

ハルトマンがにこやかにテンマを送り出すと、玄関扉を閉める。

099

ハルトマン

ディーター・・・

100

ディーター

・・・・・・・・・。

101

N

振り返ったハルトマンの顔は、先ほどまでの笑顔とは対照的に、まるで感情を失っていた。
壁際にはりつくディーターにゆっくりと詰め寄る。そして・・・・・・

---

102

N

20分後―――
テンマの姿は再び、ハルトマンのアパート前にあった。
手に、ネットに入った立派なサッカーボールを吊り下げている。

103

テンマM

(まだスポーツショップが開いててよかった・・・。サッカーボールもいいのがあったし・・・)

104

テンマ

フフフ・・・・・・。ディーターの奴、喜ぶかな・・・?

105

N

意気揚々とノックをする。

106

テンマ

ハルトマンさん!テンマです!ハルトマンさ――ん!

107

ディーター

アアアア―――――ッ!!

108

N

その時、凄まじい悲鳴が中から聞こえてきた。

109

テンマ

!!
ハルトマンさん!!どうしたんですか!?ハルトマンさん!!入りますよハルトマンさ・・・・・・!

110

N

テンマが扉を開けると、部屋の真ん中でディーターが左肩を押さえながら倒れていた。
そばではハルトマンが、どうしていいものかといったふうにオロオロしている。

111

ハルトマン

テ・・・・・・テンマさん!!

112

テンマ

どうしたんですか!?

113

ハルトマン

落ちたんです。椅子の上にふざけて乗っていて・・・、ああ・・・ディーター!!

114

ディーター

うう・・・痛い・・・・・・痛いよ、痛いよー!!

115

テンマ

どこが痛むんだ、ディーター?

116

ディーター

痛いよォ・・・・・・

117

テンマ

ハルトマンさん、救急車を!!

118

ハルトマン

あ・・・・・・ああ・・・

119

テンマ

ほらディーター、見せてごらん。・・・・・・・・・!?

120

N

そう言ってディーターのシャツをまくりあげたテンマは驚愕した。
ディーターの体には、できたばかりの赤い傷、青いあざ、何度も皮が再生した時特有の白くなった部分など、大量の創傷があったのだ。

121

テンマ

な・・・なんだ・・・・・・、このたくさんの傷跡は・・・・・・!!
ディーター。ここかい?ここが痛むのかい?

122

ディーター

アアアアア!!

123

テンマ

これは・・・。肋骨が二本折れて・・・・・・、それに左肩を脱臼している。
椅子から落ちただけで、どうやってこんなケガを・・・

124

N

テンマが容態を一通り見終えたところに、ハルトマンが戻ってきた。
先ほどの取り乱しぶりとはうってかわって、冷静になっている。

125

ハルトマン

救急車はじきに来るそうです。だからもう大丈夫です。

126

テンマ

は・・・・・・はァ・・・
しかし、この無数の傷は一体・・・・・・!

127

ハルトマン

大丈夫と言ったでしょ?だからもうおひきとりを。
・・・それよりあなた、その傷の触り方・・・・・・まるで、医者みたいですね。

128

テンマ

あ・・・いや・・・・・・

129

ハルトマン

テンマ・・・・・・。どこかで聞いたことのある名だと思った。あなた医者ですね。
あの、人殺しで手配中の・・・・・・!!

130

N

ハルトマンはあの、感情のない冷ややかな視線をテンマに送ってきた。
テンマはハルトマンをにらみ返しながら、自分が次にとるべき行動を静かに考えるのだった。

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