CHAPTER.19 511キンダーハイム | 台本リスト | CHAPTER.21 ささやかな実験

MONSTER CHAPTER.20 プロジェクト
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
121
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※511キンダーハイム=ゴーイチイチキンダーハイム


001

テンマ

この傷は・・・・・・。この体中の傷は、一体どうしたんですか?

002

ディーター

うっ・・・・・・うう・・・・・・

003

N

テンマの足元には体中傷だらけになったディーターが倒れていた。
この家の主でありディーターの里親でもあるハルトマンは、その傷は椅子から落ちたためのものだと言う。
しかし、この傷は明らかに、そのような些細なことでできるケガではなかった。

004

ハルトマン

そんなことよりテンマさん逃げたほうがいいんじゃないですか?救急車といっしょに警察も呼びましたよ。

005

テンマ

ハルトマンさん!ディーターのこの傷は、どうしてついたのかと聞いてるんです!!

006

ハルトマン

関係ないでしょ・・・。あなたのような、人殺しで追われている人間には・・・・・・

007

N

テンマは懐からすばやく拳銃を取り出すと、ハルトマンに向けた。

008

ハルトマン

おおう・・・・・・!!さすが逃亡犯だ。気が短いようですね。

009

テンマ

あなたがやったんですね?

010

ハルトマン

やった・・・・・・?何を?

011

テンマ

あなたはこのディーターに、虐待を加えている。

012

ハルトマン

虐待・・・・・・?人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな。
なあ、ディーター・・・。

013

N

テンマはためらうことなく、ディーターを両手で抱きかかえた。
そして狙いはハルトマンにつけたまま、後ずさりで玄関扉を出て行く。

014

ディーター

う・・・・・・!

015

ハルトマン

どうするつもりだ?

016

テンマ

この子を、病院へ連れていきます。

017

ハルトマン

ハハハ。殺人の次は誘拐か。

018

テンマ

動くな!!

019

ハルトマン

・・・・・・ふん。そんなことをしたら、すぐ警察に捕まるぞ。

020

N

ハルトマンはドア越しに、テンマが階段を駆け下りていく音を聞いた。

アパートを脱出したテンマは、全速力で病院に向かった。

021

テンマ

大丈夫ディーター、すぐ病院に連れてってやる。

022

ディーター

うう・・・病院・・・怖い・・・・・・

023

テンマ

怖くなんかないさ、お医者さんがちゃんと治してくれる。

024

ディーター

痛いの・・・いつもハルトマンさんが治してくれる。

025

テンマ

!!
体中ケガしてるのに・・・、病院に行ったことがないのか!?

026

ディーター

怖い・・・・・・今の世の中は、悪いことでいっぱいだ・・・・・・
だから僕は強くならなくちゃいけないんだ。強く・・・・・・強く・・・・・・

027

テンマ

ハルトマンさんがそう言ったのか!?

028

ディーター

世界は・・・真っ暗だ・・・・・・。明日は・・・真っ暗だ・・・・・・・・・

029

テンマ

・・・・・・・・・。
そんなことない!

030

ディーター

!!

031

テンマ

世界が真っ暗だなんて、大嘘だ!

032

ディーター

ほんと・・・・・・?

033

テンマ

ああ、本当だ。・・・おっと忘れてた。ホラ、欲しがってたサッカーボール。

034

ディーター

うわ〜〜〜〜!

035

テンマ

明日は・・・きっといい日だ。

036

N

テンマは、ディーターの動く右腕にサッカーボールを持たせてやると、あらためて病院へと急いだ。

---

037

N

10分後。病院に到着したテンマは、ディーターを預ける簡単な手続きを済ませたところだった。

038

テンマ

すいません、こんな時間に無理を言って・・・・・・

039

看護婦

いえ・・・。でもね、今、急患がたてこんでて、治療までかなり時間がかかりますよ。

040

テンマ

し・・・しかし・・・・・・そこをなんとか・・・・・・

041

看護婦

でも、とても大きな事故があって・・・・・・

042

N

どうやら事件が関わるようだ。テンマにも先ほどから、聞き込みをしている警官の姿がチラチラと見えていた。
テンマ自身も、あらぬ疑いではあるが殺人容疑で追われる身である。そういうことには敏感だ。

043

テンマ

あ・・・あの、2時間ほどで戻ります。あの子のこと、よろしくお願いします。

044

看護婦

え・・・?

045

テンマ

それから、私以外の人間があの子を迎えに来ても、絶対に引き渡さないでください!!

046

看護婦

は・・・・・・?

047

テンマ

お願いします!!

048

看護婦

あ・・・あの―――!!

049

N

それだけ言うと、急ぎ足で病院を後にした。

050

テンマM

(さあ・・・・・・、これからどうする・・・・・・。
 まずはディーターの身のふり方だが。警察に行かせるにしても、私はついていけないし・・・・・・。
 ・・・待てよ!確かハルトマンは、ヨハンの妹のほうは別の地区の孤児院に預けられたといっていた・・・)

051

テンマ

それだ!!

052

N

テンマは人に道を聞きながら、何とかアンナがいたと思しき孤児院にたどり着いた。
到着した頃には既に真夜中に入ろうかという時間になっており、窓際の電気はその一切が消えていた。
が、幸いにも門は開いていた。

053

エルナ

ひきとってほしい男の子がいるだって?
で、なんなんだい、あんたは!?こんな時間にいきなりやってきて。

054

テンマ

無理なお願いはわかってます。でもその子は・・・

055

エルナ

その子が、幼児虐待を受けているのはわかったよ。でも、あんたが誰だかわからなきゃ・・・

056

テンマ

あ、あの・・・それは・・・その・・・・・・

057

エルナ

そんな正体のわからない人間から、気軽に子供をひき受けるわけにはいかないね。

058

テンマ

あ、あの・・・。もしかしてこちらは、アンナ・リーベルトがお世話になっていた孤児院では?

059

エルナ

!!・・・・・・アンナ・・・・・・、アンナ・リーベルト?
あんた、アンナ・リーベルトを知ってるの?

060

テンマ

や・・・やはり、アンナはここにいたんですね!?

061

エルナ

ああ!!懐かしいねえ。アンナは今、どうしてる?元気にしてるの?

062

テンマ

え、ええ。い・・・今、ハイデルベルク大学に通っていて・・・・・・

063

エルナ

そうかい!!幸せになったんだね!!
いい子だったよ、アンナは・・・・・・。
貿易局のリーベルトさんにひきとられたまでは知っているんだけど・・・・・・双子の男の子といっしょにね。
ええと、なんて言ったっけ・・・・・・・・・

064

テンマ

ヨハンです。

065

エルナ

そう、ヨハン、ヨハン!
とっても仲のいい兄妹だったけど・・・、男の子、女の子で別々の孤児院に入れられてかわいそうだった。
あの子達、ここに来る前は、本当に二人っきりだったからねえ。

066

テンマ

・・・・・・?

067

エルナ

チェコスロヴァキアの国境線あたりで保護された時も、手をつないで歩いていたそうよ。二人で寒さに震えながら・・・
リーベルト氏がひきとる話も、最初はヨハン一人ってことだったんだけど・・・・・・
ヨハンが絶対に妹もいっしょでなくちゃいやだって・・・・・・。おかげでアンナは、幸せになれたんだねえ・・・・・・

068

テンマ

当時の東側の孤児院は、ひどい状況だったと聞いていますが・・・・・・

069

エルナ

!!
・・・ふん!511キンダーハイムと、いっしょにしないでほしいね。

070

テンマ

え・・・・・・?

071

N

孤児院スタッフ―――エルナ・ティーツェが一瞬、語気を強めた。
そのとき、一室のドアが開き、幼い少女が目をこすりながらでてきた。
スリッパをはき忘れたのだろう、裸足である。エルナは少女に寄っていくと背中をさすってやる。

072

エルナ

インゲ、トイレはそっちじゃないでしょ。

073

インゲ

ママ―――。

074

エルナ

大丈夫、大丈夫。怖いことなんか何もないよ。さっ、一人でトイレに行けるでしょ。

075

インゲ

は〜〜〜い。

076

N

インゲと呼ばれた少女は、無事にトイレに入っていった。

077

エルナ

あの子達は、本当の親の愛情というものを知らない。人間として成長していくには、愛情しかないのよ・・・・・・
あんたの言った通り、当時の東側の孤児院はそりゃひどいものだったわ。
ここもね、元は47孤児院なんて、数字で呼ばれてるところだった。
でも私たちは、それでもなんとかしようと必死にやってきた。少しでも、政府の言いなりにならないように・・・
511キンダーハイムのようにならないようにね。

あそこは、厚生省と内務省の共同管轄の特別孤児院てことだったけど、その意味わかる?
内情はね、完全に内務省によって管理されていたのよ。だってあそこは、旧東ドイツの・・・・・・
実験場だったんだから・・・・・・!!

078

テンマ

え・・・・・・?

079

エルナ

子供達を完全な兵士に変えるプロジェクトが進行していたのよ。
精神改造・・・人間改造の研究・・・・・・。
孤児たちに徒党を組ませ、その中で彼らがどう憎み合い、どう争いあうかの観察。
あわれみをまったく感じない、冷徹な人間をいかに産み出すかの実験。
そんな子供たちが成長して、どんな人間になるか想像がつく?

080

テンマ

・・・・・・・・・。

081

エルナ

でも今となっちゃ、あそこで行われていたことを証明する手だてはない。
壁崩壊直前に、それに関する機密文書や論文はみんな燃やされてしまったらしいからね。
それに、プロジェクトに係わった内務省関係者も逃亡したし・・・・・・

082

テンマ

はあ・・・・・・。

083

エルナ

でも、私、聞いたことがあるんだ。たった一人だけ、うまく経歴をごまかして、この国にとどまれた人間がいるって。

084

テンマ

085

エルナ

そいつが、511キンダーハイムの悪魔のプロジェクトを観察していた人物だって・・・・・・。
彼の本当の身分は、内務省警察に所属する小児専門の精神科医だったらしい。
表向きは、厚生省の地区担当官とかいいながらね・・・・・・

086

テンマM

(厚生省の・・・・・・地区担当官・・・・・・!!ハルトマン・・・・・・!!)

087

エルナ

おやインゲ、トイレすんだのかい?

088

インゲ

うん。

089

エルナ

いい夢見るんだよ・・・・・・。おやすみ。

090

インゲ

おやすみなさーい。

091

N

エルナがキスしてやると、インゲは笑顔で部屋に戻っていった。

092

エルナ

まあ・・・そんな話も、すべて例の事件で闇の中だけどね。

093

テンマ

例の・・・事件・・・・・・!!
事件て・・・!?511キンダーハイムで何が起きたんですか!?

094

エルナ

ちょっとしゃべりすぎたようね・・・・・・。やなこと思い出しちゃったよ。

095

テンマ

お願いします!!あそこで何があったのか、聞かせてください!!

---

096

N

そのころ病院。
治療を終えたディーターがベッドで横になっている。脱臼のため固定された左肩が痛々しい。
看護婦がまわりの環境を整えていると、そこにディーターが声をかけた。

097

ディーター

サッカーボールは・・・・・・?

098

看護婦

え?

099

ディーター

僕のサッカーボールは・・・?

100

看護婦

ああ・・・・・・。はい、これね。

101

N

看護婦が、ネットからはずして手渡してくれた。ディーターはそれを右手で受け取る。

102

看護婦

でもサッカーは、ケガが治るまでおあずけよ?
もうすぐあのおじさんが迎えに来るって言ってたから、それまで静かに寝てるのよ。

103

N

看護婦が出て行った。一人残ったディーターはボールをながめ、

104

ディーター

えへへ・・・・・・・・・

105

N

笑顔を浮かべていた。

戻って孤児院。

106

エルナ

あたしもね、本当のことを知ってるわけじゃないのよ。当時、東ドイツ政府は、徹底した箝口令(かんこうれい)をしいてたからね。
最初は、511キンダーハイムの院長の変死から始まった・・・・・・。

107

テンマ

・・・・・・・・・。

108

エルナ

その直後、教官たちの間で院長のあと釜を狙っての勢力争いが起きたの。
院内は、無政府状態になったらしい。子供達の内部抗争もコントロールできない状況だった。
あそこから、よくヨハンは生きて出られたもんだよ。

109

テンマ

それで・・・・・・、511キンダーハイムはどうなったんですか!?

110

エルナ

みんな、死んだのさ。

111

テンマ

え!?

112

エルナ

教官たちをふくめて、孤児院のメンバー全員が・・・・・・、あそこで殺し合ったんだよ。

113

テンマ

・・・・・・!!

114

N

同時刻、病院―――

115

ディーターM

(世界が真っ暗だなんて大嘘だ。明日はきっといい日だ。・・・かあ・・・・・・)

116

ディーター

ふふふ・・・・・・!

117

N

ディーターがテンマの言葉を反芻していると、病室のドアが開いた。

118

看護婦

ディーターくん。お迎えが来たわよ。

119

N

看護婦の言葉に、その表情はさらに明るくなる。
が、看護婦の後に入ってきた人間は、ディーターの顔を凍てつかせた。

120

ハルトマン

やあ、ディーター。迎えに来たよ。

121

N

ハルトマンだった。

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