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浦沢直樹 |
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15分 |
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121 |
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001 |
テンマ |
この傷は・・・・・・。この体中の傷は、一体どうしたんですか? |
002 |
ディーター |
うっ・・・・・・うう・・・・・・ |
003 |
N |
テンマの足元には体中傷だらけになったディーターが倒れていた。 この家の主でありディーターの里親でもあるハルトマンは、その傷は椅子から落ちたためのものだと言う。 しかし、この傷は明らかに、そのような些細なことでできるケガではなかった。 |
004 |
ハルトマン |
そんなことよりテンマさん逃げたほうがいいんじゃないですか?救急車といっしょに警察も呼びましたよ。 |
005 |
テンマ |
ハルトマンさん!ディーターのこの傷は、どうしてついたのかと聞いてるんです!! |
006 |
ハルトマン |
関係ないでしょ・・・。あなたのような、人殺しで追われている人間には・・・・・・ |
007 |
N |
テンマは懐からすばやく拳銃を取り出すと、ハルトマンに向けた。 |
008 |
ハルトマン |
おおう・・・・・・!!さすが逃亡犯だ。気が短いようですね。 |
009 |
テンマ |
あなたがやったんですね? |
010 |
ハルトマン |
やった・・・・・・?何を? |
011 |
テンマ |
あなたはこのディーターに、虐待を加えている。 |
012 |
ハルトマン |
虐待・・・・・・?人聞きの悪いことを言わないでもらいたいな。 なあ、ディーター・・・。 |
013 |
N |
テンマはためらうことなく、ディーターを両手で抱きかかえた。 そして狙いはハルトマンにつけたまま、後ずさりで玄関扉を出て行く。 |
014 |
ディーター |
う・・・・・・! |
015 |
ハルトマン |
どうするつもりだ? |
016 |
テンマ |
この子を、病院へ連れていきます。 |
017 |
ハルトマン |
ハハハ。殺人の次は誘拐か。 |
018 |
テンマ |
動くな!! |
019 |
ハルトマン |
・・・・・・ふん。そんなことをしたら、すぐ警察に捕まるぞ。 |
020 |
N |
ハルトマンはドア越しに、テンマが階段を駆け下りていく音を聞いた。 アパートを脱出したテンマは、全速力で病院に向かった。 |
021 |
テンマ |
大丈夫ディーター、すぐ病院に連れてってやる。 |
022 |
ディーター |
うう・・・病院・・・怖い・・・・・・ |
023 |
テンマ |
怖くなんかないさ、お医者さんがちゃんと治してくれる。 |
024 |
ディーター |
痛いの・・・いつもハルトマンさんが治してくれる。 |
025 |
テンマ |
!! 体中ケガしてるのに・・・、病院に行ったことがないのか!? |
026 |
ディーター |
怖い・・・・・・今の世の中は、悪いことでいっぱいだ・・・・・・ だから僕は強くならなくちゃいけないんだ。強く・・・・・・強く・・・・・・ |
027 |
テンマ |
ハルトマンさんがそう言ったのか!? |
028 |
ディーター |
世界は・・・真っ暗だ・・・・・・。明日は・・・真っ暗だ・・・・・・・・・ |
029 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 そんなことない! |
030 |
ディーター |
!! |
031 |
テンマ |
世界が真っ暗だなんて、大嘘だ! |
032 |
ディーター |
ほんと・・・・・・? |
033 |
テンマ |
ああ、本当だ。・・・おっと忘れてた。ホラ、欲しがってたサッカーボール。 |
034 |
ディーター |
うわ〜〜〜〜! |
035 |
テンマ |
明日は・・・きっといい日だ。 |
036 |
N |
テンマは、ディーターの動く右腕にサッカーボールを持たせてやると、あらためて病院へと急いだ。 |
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037 |
N |
10分後。病院に到着したテンマは、ディーターを預ける簡単な手続きを済ませたところだった。 |
038 |
テンマ |
すいません、こんな時間に無理を言って・・・・・・ |
039 |
看護婦 |
いえ・・・。でもね、今、急患がたてこんでて、治療までかなり時間がかかりますよ。 |
040 |
テンマ |
し・・・しかし・・・・・・そこをなんとか・・・・・・ |
041 |
看護婦 |
でも、とても大きな事故があって・・・・・・ |
042 |
N |
どうやら事件が関わるようだ。テンマにも先ほどから、聞き込みをしている警官の姿がチラチラと見えていた。 テンマ自身も、あらぬ疑いではあるが殺人容疑で追われる身である。そういうことには敏感だ。 |
043 |
テンマ |
あ・・・あの、2時間ほどで戻ります。あの子のこと、よろしくお願いします。 |
044 |
看護婦 |
え・・・? |
045 |
テンマ |
それから、私以外の人間があの子を迎えに来ても、絶対に引き渡さないでください!! |
046 |
看護婦 |
は・・・・・・? |
047 |
テンマ |
お願いします!! |
048 |
看護婦 |
あ・・・あの―――!! |
049 |
N |
それだけ言うと、急ぎ足で病院を後にした。 |
050 |
テンマM |
(さあ・・・・・・、これからどうする・・・・・・。 まずはディーターの身のふり方だが。警察に行かせるにしても、私はついていけないし・・・・・・。 ・・・待てよ!確かハルトマンは、ヨハンの妹のほうは別の地区の孤児院に預けられたといっていた・・・) |
051 |
テンマ |
それだ!! |
052 |
N |
テンマは人に道を聞きながら、何とかアンナがいたと思しき孤児院にたどり着いた。 到着した頃には既に真夜中に入ろうかという時間になっており、窓際の電気はその一切が消えていた。 が、幸いにも門は開いていた。 |
053 |
エルナ |
ひきとってほしい男の子がいるだって? で、なんなんだい、あんたは!?こんな時間にいきなりやってきて。 |
054 |
テンマ |
無理なお願いはわかってます。でもその子は・・・ |
055 |
エルナ |
その子が、幼児虐待を受けているのはわかったよ。でも、あんたが誰だかわからなきゃ・・・ |
056 |
テンマ |
あ、あの・・・それは・・・その・・・・・・ |
057 |
エルナ |
そんな正体のわからない人間から、気軽に子供をひき受けるわけにはいかないね。 |
058 |
テンマ |
あ、あの・・・。もしかしてこちらは、アンナ・リーベルトがお世話になっていた孤児院では? |
059 |
エルナ |
!!・・・・・・アンナ・・・・・・、アンナ・リーベルト? あんた、アンナ・リーベルトを知ってるの? |
060 |
テンマ |
や・・・やはり、アンナはここにいたんですね!? |
061 |
エルナ |
ああ!!懐かしいねえ。アンナは今、どうしてる?元気にしてるの? |
062 |
テンマ |
え、ええ。い・・・今、ハイデルベルク大学に通っていて・・・・・・ |
063 |
エルナ |
そうかい!!幸せになったんだね!! いい子だったよ、アンナは・・・・・・。 貿易局のリーベルトさんにひきとられたまでは知っているんだけど・・・・・・双子の男の子といっしょにね。 ええと、なんて言ったっけ・・・・・・・・・ |
064 |
テンマ |
ヨハンです。 |
065 |
エルナ |
そう、ヨハン、ヨハン! とっても仲のいい兄妹だったけど・・・、男の子、女の子で別々の孤児院に入れられてかわいそうだった。 あの子達、ここに来る前は、本当に二人っきりだったからねえ。 |
066 |
テンマ |
・・・・・・? |
067 |
エルナ |
チェコスロヴァキアの国境線あたりで保護された時も、手をつないで歩いていたそうよ。二人で寒さに震えながら・・・ リーベルト氏がひきとる話も、最初はヨハン一人ってことだったんだけど・・・・・・ ヨハンが絶対に妹もいっしょでなくちゃいやだって・・・・・・。おかげでアンナは、幸せになれたんだねえ・・・・・・ |
068 |
テンマ |
当時の東側の孤児院は、ひどい状況だったと聞いていますが・・・・・・ |
069 |
エルナ |
!! ・・・ふん!511キンダーハイムと、いっしょにしないでほしいね。 |
070 |
テンマ |
え・・・・・・? |
071 |
N |
孤児院スタッフ―――エルナ・ティーツェが一瞬、語気を強めた。 そのとき、一室のドアが開き、幼い少女が目をこすりながらでてきた。 スリッパをはき忘れたのだろう、裸足である。エルナは少女に寄っていくと背中をさすってやる。 |
072 |
エルナ |
インゲ、トイレはそっちじゃないでしょ。 |
073 |
インゲ |
ママ―――。 |
074 |
エルナ |
大丈夫、大丈夫。怖いことなんか何もないよ。さっ、一人でトイレに行けるでしょ。 |
075 |
インゲ |
は〜〜〜い。 |
076 |
N |
インゲと呼ばれた少女は、無事にトイレに入っていった。 |
077 |
エルナ |
あの子達は、本当の親の愛情というものを知らない。人間として成長していくには、愛情しかないのよ・・・・・・ あんたの言った通り、当時の東側の孤児院はそりゃひどいものだったわ。 ここもね、元は47孤児院なんて、数字で呼ばれてるところだった。 でも私たちは、それでもなんとかしようと必死にやってきた。少しでも、政府の言いなりにならないように・・・ 511キンダーハイムのようにならないようにね。 あそこは、厚生省と内務省の共同管轄の特別孤児院てことだったけど、その意味わかる? 内情はね、完全に内務省によって管理されていたのよ。だってあそこは、旧東ドイツの・・・・・・ 実験場だったんだから・・・・・・!! |
078 |
テンマ |
え・・・・・・? |
079 |
エルナ |
子供達を完全な兵士に変えるプロジェクトが進行していたのよ。 精神改造・・・人間改造の研究・・・・・・。 孤児たちに徒党を組ませ、その中で彼らがどう憎み合い、どう争いあうかの観察。 あわれみをまったく感じない、冷徹な人間をいかに産み出すかの実験。 そんな子供たちが成長して、どんな人間になるか想像がつく? |
080 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
081 |
エルナ |
でも今となっちゃ、あそこで行われていたことを証明する手だてはない。 壁崩壊直前に、それに関する機密文書や論文はみんな燃やされてしまったらしいからね。 それに、プロジェクトに係わった内務省関係者も逃亡したし・・・・・・ |
082 |
テンマ |
はあ・・・・・・。 |
083 |
エルナ |
でも、私、聞いたことがあるんだ。たった一人だけ、うまく経歴をごまかして、この国にとどまれた人間がいるって。 |
084 |
テンマ |
? |
085 |
エルナ |
そいつが、511キンダーハイムの悪魔のプロジェクトを観察していた人物だって・・・・・・。 彼の本当の身分は、内務省警察に所属する小児専門の精神科医だったらしい。 表向きは、厚生省の地区担当官とかいいながらね・・・・・・ |
086 |
テンマM |
(厚生省の・・・・・・地区担当官・・・・・・!!ハルトマン・・・・・・!!) |
087 |
エルナ |
おやインゲ、トイレすんだのかい? |
088 |
インゲ |
うん。 |
089 |
エルナ |
いい夢見るんだよ・・・・・・。おやすみ。 |
090 |
インゲ |
おやすみなさーい。 |
091 |
N |
エルナがキスしてやると、インゲは笑顔で部屋に戻っていった。 |
092 |
エルナ |
まあ・・・そんな話も、すべて例の事件で闇の中だけどね。 |
093 |
テンマ |
例の・・・事件・・・・・・!! 事件て・・・!?511キンダーハイムで何が起きたんですか!? |
094 |
エルナ |
ちょっとしゃべりすぎたようね・・・・・・。やなこと思い出しちゃったよ。 |
095 |
テンマ |
お願いします!!あそこで何があったのか、聞かせてください!! |
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096 |
N |
そのころ病院。 治療を終えたディーターがベッドで横になっている。脱臼のため固定された左肩が痛々しい。 看護婦がまわりの環境を整えていると、そこにディーターが声をかけた。 |
097 |
ディーター |
サッカーボールは・・・・・・? |
098 |
看護婦 |
え? |
099 |
ディーター |
僕のサッカーボールは・・・? |
100 |
看護婦 |
ああ・・・・・・。はい、これね。 |
101 |
N |
看護婦が、ネットからはずして手渡してくれた。ディーターはそれを右手で受け取る。 |
102 |
看護婦 |
でもサッカーは、ケガが治るまでおあずけよ? もうすぐあのおじさんが迎えに来るって言ってたから、それまで静かに寝てるのよ。 |
103 |
N |
看護婦が出て行った。一人残ったディーターはボールをながめ、 |
104 |
ディーター |
えへへ・・・・・・・・・ |
105 |
N |
笑顔を浮かべていた。 戻って孤児院。 |
106 |
エルナ |
あたしもね、本当のことを知ってるわけじゃないのよ。当時、東ドイツ政府は、徹底した箝口令(かんこうれい)をしいてたからね。 最初は、511キンダーハイムの院長の変死から始まった・・・・・・。 |
107 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
108 |
エルナ |
その直後、教官たちの間で院長のあと釜を狙っての勢力争いが起きたの。 院内は、無政府状態になったらしい。子供達の内部抗争もコントロールできない状況だった。 あそこから、よくヨハンは生きて出られたもんだよ。 |
109 |
テンマ |
それで・・・・・・、511キンダーハイムはどうなったんですか!? |
110 |
エルナ |
みんな、死んだのさ。 |
111 |
テンマ |
え!? |
112 |
エルナ |
教官たちをふくめて、孤児院のメンバー全員が・・・・・・、あそこで殺し合ったんだよ。 |
113 |
テンマ |
・・・・・・!! |
114 |
N |
同時刻、病院――― |
115 |
ディーターM |
(世界が真っ暗だなんて大嘘だ。明日はきっといい日だ。・・・かあ・・・・・・) |
116 |
ディーター |
ふふふ・・・・・・! |
117 |
N |
ディーターがテンマの言葉を反芻していると、病室のドアが開いた。 |
118 |
看護婦 |
ディーターくん。お迎えが来たわよ。 |
119 |
N |
看護婦の言葉に、その表情はさらに明るくなる。 が、看護婦の後に入ってきた人間は、ディーターの顔を凍てつかせた。 |
120 |
ハルトマン |
やあ、ディーター。迎えに来たよ。 |
121 |
N |
ハルトマンだった。 |