CHAPTER.20 プロジェクト | 台本リスト | CHAPTER.22 ペトラとシューマン

MONSTER CHAPTER.21 ささやかな実験
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
93
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※511キンダーハイム=ゴーイチイチキンダーハイム


001

N

旧東ドイツ側ベルリン―――――

真夜中であるにもかかわらず、中年の男性が10歳程度の少年の手を引いて歩いている。
大人のほうはハルトマン。子供のほうはその里子でディーターという。

002

ディーター

ねえ、ハルトマンさん・・・ウチに帰るんじゃないの?

003

ハルトマン

いや・・・・・・寄り道して行こう。

004

ディーター

あ・・・、あそこはやだよ!

005

ハルトマン

・・・・・・・・・。

006

N

しかしハルトマンは、ディーターのほうを見もせずに、強引にその手を引いていく。

007

ディーター

やだ!!やだよ!!

008

ハルトマン

ディーター・・・・・・・・・
ディーターはいい子だろ?・・・ん―――?

009

ディーター

!!

010

N

そう言って振り返ったハルトマンの顔は、仮面をはりつけたように無表情だった。

---

011

テンマ

なんだって!?

012

N

同時刻、先ほどまでディーターが入っていた病院。
テンマが看護婦に詰め寄っていた。

013

テンマ

私が戻ってくるまで、ディーターを誰にも渡さないでくれって言ったでしょ!!

014

N

しかし看護婦が言うには、ディーターはその男にすすんでついて行ったという。
ハルトマンが里親であることもわかったので、疑いを持たずに帰したらしい。
テンマは病院を飛び出し、ハルトマンのアパートへと向かった。

015

テンマ

ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・ディーター・・・・・・!!

016

N

到着したテンマは、慎重にドアを開けた。鍵はかかっていない。

017

テンマ

ディーター?・・・・・・電気もついていない。戻ってないのか・・・・・・。

018

N

テンマは手がかりを掴むために、ハルトマンの書斎に侵入した。

019

テンマ

ん・・・?これは写真か。
ハルトマンと男の子が写ったのが何十枚も・・・・・・

020

N

どれも、笑顔で寄り添う2人の写真だ。

021

テンマ

時期は、バラバラみたいだが・・・・・・どれも同じ場所で撮ってる・・・。どこだ?ここは・・・・・・。
・・・・・・!!

022

N

ある一枚の写真でテンマの手が止まった。
この写真に写っている少年こそ、テンマが追い求める存在。ある者は彼を絶対悪と呼び、またある者は悪魔といった。

023

テンマ

ヨ・・・・・・・・・ヨハン!!

ん?この写真だけはいっしょに写っているのがハルトマンじゃない・・・・・・。誰だ・・・?
・・・!!それよりも、この背景の右上に511とある。
そうか!!写真はすべて、511キンダーハイムで撮られたものだ。十年以上も前から、現在まで・・・・・・!

024

テンマM

(そういえば・・・教官達をふくめて、孤児院のメンバー全員があそこで殺し合ったと・・・・・・)

025

テンマ

ディーター・・・・・・もしかしたら!?

026

N

考えた時には、テンマは既に走り出していた。

---

027

N

ベルリン郊外―――――

人気のまったくないその場所にある廃墟、それが今の511キンダーハイムの姿だ。
テンマはここに来るのは二回目になるが、中に踏み込むのは初めてのことになる。
崩れた柱、落ちた瓦礫などをかわしながら慎重に奥へ進んだ。

028

テンマ

!!

029

N

テンマが驚いたのは、サッカーボールがテンマに向かって転がってきたからだ。

030

テンマM

(あれは・・・・・・僕がディーターにあげた物だ!・・・・・・間違いない。ディーターはここにいる!!)

031

N

テンマは定石通り、壁に背をあてて、角から顔だけを出して様子をうかがう。

032

テンマ

!!
ディーター!!

033

N

テンマは、朽ちかけた階段の上の踊り場にディーターの姿を見た。
立派な手すりつきの椅子の上に、まるで人形のように座らされているその顔は、見るも無残に腫れあがっている。
そして、すぐそばで燃え盛る焚き火が、ライトアップするようにその光景を照していた。

034

テンマ

ディ、ディーター、待ってろ!今、行く。
!!

035

N

テンマがあわてて駆け寄ろうとする。が、奥からショットガンを持った男が出てきたのを見てとどまった。

036

ハルトマン

この子には、見えないらしい・・・

037

テンマ

ハルトマン!

038

ハルトマン

あの時・・・ヨハンがここから見ていたものが・・・・・・、この子には見えないんだよ。

だめだ・・・・・・。また、だめだった。この子もヨハンじゃない。

039

テンマ

・・・どういうことだ!

040

ハルトマン

みんな・・・みんな・・・死んでいた。
十年も前の話だ・・・・・・。教官も孤児も・・・・・・50人全員が息絶えていた・・・・・・。
ヨハンは・・・それを眺めていた。この場所から、今のディーターのように眺めていた。

ヨハンは、ただ眺めていたんだよ。

041

テンマ

・・・・・・・・・。

042

ハルトマン

私は、ヨハンに尋ねたよ。一体・・・一体何をしたんだ、と。
彼はこう答えた。・・・・・・こうして、油のしみこんだ布を焚き火にかざしてね。

043

N

そしてハルトマンはどこからともなく取り出した布―――おそらく油がしみこんだものを、焚き火の中に投げ込んだ。
火は一瞬大きく燃え上がり、そばにいたディーターは思わず顔をそむけた。

044

ハルトマン

どうだい、この意味がわかるかね?

045

テンマ

・・・・・・・・・。

046

ハルトマン

人が集まると憎しみが生まれる。僕はそれに、ほんの少し油をそそいだだけだよ。
こう言ったんだよ!!わずか10歳の少年が、だよ。そして彼はやってのけたんだ!!
自分は指一本動かさずに、50人もの人間を殺し合わせた!!

047

テンマ

それは・・・・・・
あなた達の!あなた達の実験が、彼をそんな人間にしてしまったんじゃないか!!

048

ハルトマン

私達が・・・・・・?そんな・・・・・・とんでもない・・・、とんでもないよ。

049

テンマ

え・・・・・

050

ハルトマン

確かに、511キンダーハイムは実験場だった。孤児たちを完璧な兵士に育て上げるプロジェクトのね・・・・・・
今から思えば、それもささやかな実験だ。

ところが、ヨハンはどうだ?彼が兵隊・・・・・・?
とんでもない!彼は生まれながらの指導者だ!!彼は頂点に立つべき人間だったんだよ!!
私達が、あんな芸術品を作れるわけがない!彼は最初から、人間以上・・・・・・。怪物のような存在だったんだ。

・・・彼は予言した。人間は結局、みな憎み合い、殺しあう。
ヨハンの目標は、なんだったと思うね?彼はこう言ったんだ。
この世の終わりに、たった一人生き残ることだ・・・・・・とね。

051

テンマ

・・・・・・!!

052

ハルトマン

ディーター・・・・・・。明日は暗闇だ。おまえも少しでも、ヨハンに近づかないと・・・・・・
なのに、どうしてだめなんだ。
・・・・・・・・・。
どうしてヨハンのようになれないんだァァァァ!!

053

N

ハルトマンはショットガンを振りかざすと、その銃口を、ディーターの頭にゴリゴリと押し付けた。
テンマもすばやく拳銃を取り出すと、ハルトマンに狙いをつける。

054

テンマ

やめろ、ハルトマン!!これ以上暴力をふるえば、撃つ!!

055

ハルトマン

・・・・・・出て行ってくれ。
これは私達の問題だ。出て行ってくれ!!

056

テンマ

ディーター、降りて来るんだ!

057

ディーター

うう・・・・・・

058

ハルトマン

Dr.テンマ・・・・・・。あんた、ヨハンのことを知りたいんでしょ。
ヨハンのことを知ってどうする?見つけ出して殺そうなんて、無理な話だと思うよ。

まあいい・・・、一ついい情報をあげよう・・・・・・。
そのかわりそれを聞いたら、私たちのことはほっておいてくれ。
・・・ヴォルフ将軍を捜せ!ヨハンの才能を、最初に見出したのは彼だ・・・・・・。きっとどこかで、生きているはずだよ。

059

テンマ

あなたの書斎にあった、写真の男か!?ヨハンといっしょに写っていたあの男か?

060

ハルトマン

ヨハンを連れて来たのも彼だし・・・、あの人なら何か知っている。
・・・・・・さあ、行ってくれ。

061

N

しかしテンマはさがらなかった。真っ直ぐにディーターの目を見つめる。

062

テンマ

ディーター!!

063

ディーター

!!

064

テンマ

そこから降りるか降りないか、自分自身で決めるんだ!!
心配いらない。ハルトマンがライフルの引き鉄に指をかけたら、私が撃つ!!
自分で決めろ!!君自身で決めるんだ!!

065

ハルトマン

・・・ハハハ・・・・・・。私と別れるなんて、できるわけないよなァ、ディーター・・・
だっておまえは、私の子供だもの。

・・・・・・というわけだ。Dr.テンマ、さあ、消えてくれ・・・・・・!!

066

N

ディーターは自分を選んだ。そうハルトマンが確信したまさにその時、ディーターが動いた。

067

ハルトマン

ディ・・・ディーター・・・・・・

068

テンマ

そうだ。
大丈夫・・・・・・そのまま・・・・・・ゆっくり・・・・・・ゆっくり・・・・・

069

N

椅子から立ったディーターは、自分の膝ほどもある石段を一段一段、ゆっくりと下る。

070

ハルトマン

ディーター!戻っておいで。私のかわいいディーター・・・・・・
ディーター・・・・・・?

・・・私から離れて、生きていけると思うのか!?ディーター!!

071

テンマ

やめろハルトマン!!動けば撃つ!!

072

ハルトマン

愛しているんだ、ディーター!!
世界は真っ暗だ。明日は真っ暗なんだぞ!!

073

N

石段を降りきったディーターがテンマに寄り添い、そして言った。

074

ディーター

テンマのおじさんが・・・言ってた・・・・・・
明日はいい日だって。

075

ハルトマン

ディータアアア!!

076

テンマ

・・・・・・勇気を持て!怖くない!

077

ハルトマン

ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・・・・

ああ・・・・・・!

078

N

ハルトマンはついに、銃を取り落とし、膝をついた。

079

ハルトマン

ディーター!!ディーター!!

080

N

地面に何度も頭を打ちつけながら、何度も何度も名を叫ぶ。
その目からは、涙があふれていた。

081

ハルトマン

うっ・・・・・・うっ・・・・・・
ディータアアアアアアア!!!!

082

N

最後にひときわ大きく叫ぶハルトマンの姿は、焚き火によって赤く、赤く、照らされていた。

---

083

N

翌日―――
テンマはディーターをつれて、周りを草原に囲まれた寂れた道路のバス停に来ていた。
ディーターの顔の絆創膏が痛々しい。

084

テンマ

いいかい?ここからバスに乗ってキューネン通りで降りるんだ。
すぐ目の前の孤児院だ。そこのエルナ・ティーツェって先生に、この手紙を見せるんだ。
ほら、落としちゃだめだぞ。
見た目はおっかない先生だけど、根はすごくやさしいおばさんだ。

085

ディーター

・・・・・・・・・。

086

テンマ

元気でな、私はわけあって町には行けない。ここでお別れだ。あと2、3分でバスも来る。
それじゃあな、サッカーうまくなるんだぞ。

087

N

言い残すと、テンマは荷物を持ち、道路沿いに歩き出した。
しばらく歩いていると、その足元にサッカーボールが転がってきた。
振り返るとディーターがじっとこちらを見ている。

088

テンマ

だめだ!!私についてきちゃ!
それ!

089

N

ボールを蹴り返して、再び歩き始める。が、またしてもボールが追いかけてきた。

090

テンマ

ディーター・・・・・・だめだって言ってるだろ。

091

ディーター

・・・・・・・・・。

092

テンマ

私に・・・ついてきちゃ・・・・・・

---

093

N

数十分後―――
道路には、並んで歩く大人と子供の姿があった。

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