|
浦沢直樹 |
|
15分 |
|
93 |
|
キャラクター紹介へ |
001 |
N |
旧東ドイツ側ベルリン――――― 真夜中であるにもかかわらず、中年の男性が10歳程度の少年の手を引いて歩いている。 大人のほうはハルトマン。子供のほうはその里子でディーターという。 |
002 |
ディーター |
ねえ、ハルトマンさん・・・ウチに帰るんじゃないの? |
003 |
ハルトマン |
いや・・・・・・寄り道して行こう。 |
004 |
ディーター |
あ・・・、あそこはやだよ! |
005 |
ハルトマン |
・・・・・・・・・。 |
006 |
N |
しかしハルトマンは、ディーターのほうを見もせずに、強引にその手を引いていく。 |
007 |
ディーター |
やだ!!やだよ!! |
008 |
ハルトマン |
ディーター・・・・・・・・・ ディーターはいい子だろ?・・・ん―――? |
009 |
ディーター |
!! |
010 |
N |
そう言って振り返ったハルトマンの顔は、仮面をはりつけたように無表情だった。 |
--- | ||
011 |
テンマ |
なんだって!? |
012 |
N |
同時刻、先ほどまでディーターが入っていた病院。 テンマが看護婦に詰め寄っていた。 |
013 |
テンマ |
私が戻ってくるまで、ディーターを誰にも渡さないでくれって言ったでしょ!! |
014 |
N |
しかし看護婦が言うには、ディーターはその男にすすんでついて行ったという。 ハルトマンが里親であることもわかったので、疑いを持たずに帰したらしい。 テンマは病院を飛び出し、ハルトマンのアパートへと向かった。 |
015 |
テンマ |
ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・ディーター・・・・・・!! |
016 |
N |
到着したテンマは、慎重にドアを開けた。鍵はかかっていない。 |
017 |
テンマ |
ディーター?・・・・・・電気もついていない。戻ってないのか・・・・・・。 |
018 |
N |
テンマは手がかりを掴むために、ハルトマンの書斎に侵入した。 |
019 |
テンマ |
ん・・・?これは写真か。 ハルトマンと男の子が写ったのが何十枚も・・・・・・ |
020 |
N |
どれも、笑顔で寄り添う2人の写真だ。 |
021 |
テンマ |
時期は、バラバラみたいだが・・・・・・どれも同じ場所で撮ってる・・・。どこだ?ここは・・・・・・。 ・・・・・・!! |
022 |
N |
ある一枚の写真でテンマの手が止まった。 この写真に写っている少年こそ、テンマが追い求める存在。ある者は彼を絶対悪と呼び、またある者は悪魔といった。 |
023 |
テンマ |
ヨ・・・・・・・・・ヨハン!! ん?この写真だけはいっしょに写っているのがハルトマンじゃない・・・・・・。誰だ・・・? ・・・!!それよりも、この背景の右上に511とある。 そうか!!写真はすべて、511キンダーハイムで撮られたものだ。十年以上も前から、現在まで・・・・・・! |
024 |
テンマM |
(そういえば・・・教官達をふくめて、孤児院のメンバー全員があそこで殺し合ったと・・・・・・) |
025 |
テンマ |
ディーター・・・・・・もしかしたら!? |
026 |
N |
考えた時には、テンマは既に走り出していた。 |
--- | ||
027 |
N |
ベルリン郊外――――― 人気のまったくないその場所にある廃墟、それが今の511キンダーハイムの姿だ。 テンマはここに来るのは二回目になるが、中に踏み込むのは初めてのことになる。 崩れた柱、落ちた瓦礫などをかわしながら慎重に奥へ進んだ。 |
028 |
テンマ |
!! |
029 |
N |
テンマが驚いたのは、サッカーボールがテンマに向かって転がってきたからだ。 |
030 |
テンマM |
(あれは・・・・・・僕がディーターにあげた物だ!・・・・・・間違いない。ディーターはここにいる!!) |
031 |
N |
テンマは定石通り、壁に背をあてて、角から顔だけを出して様子をうかがう。 |
032 |
テンマ |
!! ディーター!! |
033 |
N |
テンマは、朽ちかけた階段の上の踊り場にディーターの姿を見た。 立派な手すりつきの椅子の上に、まるで人形のように座らされているその顔は、見るも無残に腫れあがっている。 そして、すぐそばで燃え盛る焚き火が、ライトアップするようにその光景を照していた。 |
034 |
テンマ |
ディ、ディーター、待ってろ!今、行く。 !! |
035 |
N |
テンマがあわてて駆け寄ろうとする。が、奥からショットガンを持った男が出てきたのを見てとどまった。 |
036 |
ハルトマン |
この子には、見えないらしい・・・ |
037 |
テンマ |
ハルトマン! |
038 |
ハルトマン |
あの時・・・ヨハンがここから見ていたものが・・・・・・、この子には見えないんだよ。 だめだ・・・・・・。また、だめだった。この子もヨハンじゃない。 |
039 |
テンマ |
・・・どういうことだ! |
040 |
ハルトマン |
みんな・・・みんな・・・死んでいた。 十年も前の話だ・・・・・・。教官も孤児も・・・・・・50人全員が息絶えていた・・・・・・。 ヨハンは・・・それを眺めていた。この場所から、今のディーターのように眺めていた。 ヨハンは、ただ眺めていたんだよ。 |
041 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
042 |
ハルトマン |
私は、ヨハンに尋ねたよ。一体・・・一体何をしたんだ、と。 彼はこう答えた。・・・・・・こうして、油のしみこんだ布を焚き火にかざしてね。 |
043 |
N |
そしてハルトマンはどこからともなく取り出した布―――おそらく油がしみこんだものを、焚き火の中に投げ込んだ。 火は一瞬大きく燃え上がり、そばにいたディーターは思わず顔をそむけた。 |
044 |
ハルトマン |
どうだい、この意味がわかるかね? |
045 |
テンマ |
・・・・・・・・・。 |
046 |
ハルトマン |
人が集まると憎しみが生まれる。僕はそれに、ほんの少し油をそそいだだけだよ。 こう言ったんだよ!!わずか10歳の少年が、だよ。そして彼はやってのけたんだ!! 自分は指一本動かさずに、50人もの人間を殺し合わせた!! |
047 |
テンマ |
それは・・・・・・ あなた達の!あなた達の実験が、彼をそんな人間にしてしまったんじゃないか!! |
048 |
ハルトマン |
私達が・・・・・・?そんな・・・・・・とんでもない・・・、とんでもないよ。 |
049 |
テンマ |
え・・・・・ |
050 |
ハルトマン |
確かに、511キンダーハイムは実験場だった。孤児たちを完璧な兵士に育て上げるプロジェクトのね・・・・・・ 今から思えば、それもささやかな実験だ。 ところが、ヨハンはどうだ?彼が兵隊・・・・・・? とんでもない!彼は生まれながらの指導者だ!!彼は頂点に立つべき人間だったんだよ!! 私達が、あんな芸術品を作れるわけがない!彼は最初から、人間以上・・・・・・。怪物のような存在だったんだ。 ・・・彼は予言した。人間は結局、みな憎み合い、殺しあう。 ヨハンの目標は、なんだったと思うね?彼はこう言ったんだ。 この世の終わりに、たった一人生き残ることだ・・・・・・とね。 |
051 |
テンマ |
・・・・・・!! |
052 |
ハルトマン |
ディーター・・・・・・。明日は暗闇だ。おまえも少しでも、ヨハンに近づかないと・・・・・・ なのに、どうしてだめなんだ。 ・・・・・・・・・。 どうしてヨハンのようになれないんだァァァァ!! |
053 |
N |
ハルトマンはショットガンを振りかざすと、その銃口を、ディーターの頭にゴリゴリと押し付けた。 テンマもすばやく拳銃を取り出すと、ハルトマンに狙いをつける。 |
054 |
テンマ |
やめろ、ハルトマン!!これ以上暴力をふるえば、撃つ!! |
055 |
ハルトマン |
・・・・・・出て行ってくれ。 これは私達の問題だ。出て行ってくれ!! |
056 |
テンマ |
ディーター、降りて来るんだ! |
057 |
ディーター |
うう・・・・・・ |
058 |
ハルトマン |
Dr.テンマ・・・・・・。あんた、ヨハンのことを知りたいんでしょ。 ヨハンのことを知ってどうする?見つけ出して殺そうなんて、無理な話だと思うよ。 まあいい・・・、一ついい情報をあげよう・・・・・・。 そのかわりそれを聞いたら、私たちのことはほっておいてくれ。 ・・・ヴォルフ将軍を捜せ!ヨハンの才能を、最初に見出したのは彼だ・・・・・・。きっとどこかで、生きているはずだよ。 |
059 |
テンマ |
あなたの書斎にあった、写真の男か!?ヨハンといっしょに写っていたあの男か? |
060 |
ハルトマン |
ヨハンを連れて来たのも彼だし・・・、あの人なら何か知っている。 ・・・・・・さあ、行ってくれ。 |
061 |
N |
しかしテンマはさがらなかった。真っ直ぐにディーターの目を見つめる。 |
062 |
テンマ |
ディーター!! |
063 |
ディーター |
!! |
064 |
テンマ |
そこから降りるか降りないか、自分自身で決めるんだ!! 心配いらない。ハルトマンがライフルの引き鉄に指をかけたら、私が撃つ!! 自分で決めろ!!君自身で決めるんだ!! |
065 |
ハルトマン |
・・・ハハハ・・・・・・。私と別れるなんて、できるわけないよなァ、ディーター・・・ だっておまえは、私の子供だもの。 ・・・・・・というわけだ。Dr.テンマ、さあ、消えてくれ・・・・・・!! |
066 |
N |
ディーターは自分を選んだ。そうハルトマンが確信したまさにその時、ディーターが動いた。 |
067 |
ハルトマン |
ディ・・・ディーター・・・・・・ |
068 |
テンマ |
そうだ。 大丈夫・・・・・・そのまま・・・・・・ゆっくり・・・・・・ゆっくり・・・・・ |
069 |
N |
椅子から立ったディーターは、自分の膝ほどもある石段を一段一段、ゆっくりと下る。 |
070 |
ハルトマン |
ディーター!戻っておいで。私のかわいいディーター・・・・・・ ディーター・・・・・・? ・・・私から離れて、生きていけると思うのか!?ディーター!! |
071 |
テンマ |
やめろハルトマン!!動けば撃つ!! |
072 |
ハルトマン |
愛しているんだ、ディーター!! 世界は真っ暗だ。明日は真っ暗なんだぞ!! |
073 |
N |
石段を降りきったディーターがテンマに寄り添い、そして言った。 |
074 |
ディーター |
テンマのおじさんが・・・言ってた・・・・・・ 明日はいい日だって。 |
075 |
ハルトマン |
ディータアアア!! |
076 |
テンマ |
・・・・・・勇気を持て!怖くない! |
077 |
ハルトマン |
ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ・・・・・・・・・ ああ・・・・・・! |
078 |
N |
ハルトマンはついに、銃を取り落とし、膝をついた。 |
079 |
ハルトマン |
ディーター!!ディーター!! |
080 |
N |
地面に何度も頭を打ちつけながら、何度も何度も名を叫ぶ。 その目からは、涙があふれていた。 |
081 |
ハルトマン |
うっ・・・・・・うっ・・・・・・ ディータアアアアアアア!!!! |
082 |
N |
最後にひときわ大きく叫ぶハルトマンの姿は、焚き火によって赤く、赤く、照らされていた。 |
--- | ||
083 |
N |
翌日――― テンマはディーターをつれて、周りを草原に囲まれた寂れた道路のバス停に来ていた。 ディーターの顔の絆創膏が痛々しい。 |
084 |
テンマ |
いいかい?ここからバスに乗ってキューネン通りで降りるんだ。 すぐ目の前の孤児院だ。そこのエルナ・ティーツェって先生に、この手紙を見せるんだ。 ほら、落としちゃだめだぞ。 見た目はおっかない先生だけど、根はすごくやさしいおばさんだ。 |
085 |
ディーター |
・・・・・・・・・。 |
086 |
テンマ |
元気でな、私はわけあって町には行けない。ここでお別れだ。あと2、3分でバスも来る。 それじゃあな、サッカーうまくなるんだぞ。 |
087 |
N |
言い残すと、テンマは荷物を持ち、道路沿いに歩き出した。 しばらく歩いていると、その足元にサッカーボールが転がってきた。 振り返るとディーターがじっとこちらを見ている。 |
088 |
テンマ |
だめだ!!私についてきちゃ! それ! |
089 |
N |
ボールを蹴り返して、再び歩き始める。が、またしてもボールが追いかけてきた。 |
090 |
テンマ |
ディーター・・・・・・だめだって言ってるだろ。 |
091 |
ディーター |
・・・・・・・・・。 |
092 |
テンマ |
私に・・・ついてきちゃ・・・・・・ |
--- | ||
093 |
N |
数十分後――― 道路には、並んで歩く大人と子供の姿があった。 |