CHAPTER.21 ささやかな実験 | 台本リスト | CHAPTER.23 ペトラとハインツ

MONSTER CHAPTER.22 ペトラとシューマン
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
175
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※SAH(エスエーエーチ)・・・クモ膜下出血


001

N

ドイツ、シュタットイルム―――――

レンガ色の屋根が立ち並ぶ街から少し離れたところにある一軒の家。
その扉を、60歳はこえているであろう白衣の男が激しく叩いていた。

002

シューマン

ペトラ!!開けるんだ、ペトラ!!
ペトラ、今日こそは連れて行くからな!!

003

ペトラ

やかましいね!!何度来てもムダだって言ってるだろ!!あんたみたいなヤブ医者に、誰がついていくかい!!

004

シューマン

ヤブ医者とはなんだ!!誰のために、私がこうして迎えに来てると思ってるんだ!!

005

ペトラ

誰もあんたなんか、呼んじゃいないって!!あんたみたいな悪魔に、メスで切り刻まれてたまるかい!!

006

シューマン

何、バカなことを言ってるんだ。とりあえず検査をさせなさい!!

007

ペトラ

へっ!!ゾンタークのとこのクララを、切り刻んで殺したくせに!!

008

シューマン

・・・クララはもう手遅れだったんだ。あんたも彼女のようになりたくなかったら出てこい!!

009

ペトラ

あんなふうになりたくないから、出て行かないんだよ!!

010

シューマン

この・・・・・・、ガンコ者の偏屈女―――!!

011

ペトラ

偏屈女だってェ!?よくも言えたね、この切り裂き魔――――!!
あたしは生まれてこのかた医者なんぞに厄介になったことはないが、この通りピンピンしてるよ!!とっととお帰り!!

012

シューマン

この・・・・・・!

013

N

ドア越しの舌戦はさらに白熱するかと思われたが、それをさえぎるように、うしろから白衣の男を呼ぶ声がかかった。
スクーターに乗った男が全速力で走ってきている。

014

ドクタ〜〜〜〜!!ドクター・シューマン!!
大変だ、診療所に酔っぱらいのフィンクが・・・・・・!

015

シューマン

フィンクがどうした?

016

国道ではねられて、今さっきかつぎこまれたんだ!!

017

シューマン

な、なんだと!?

018

N

二人はバイクに二人乗りして、病院に急いでいる。

019

シューマン

ケガの様子はどうだ!?意識はあるのか!?

020

俺ァよくわかんねえんだけどよ、フィンクをかつぎこんだ人が手当てしてるよ。

021

シューマン

あ?

022

ちょうど通りかかった人が診てるらしい。

023

シューマン

なんだ、そりゃ?

024

ん――、俺ァよくわかんねえけどよ。とにかく急ぐぜ!

025

N

シューマンの病院は田舎町の病院らしく、見た目はどちらかというと普通の一軒家だ。
その中のベッドでは、事故の被害者フィンクが横たえられている。
シューマンはその眠っている様子を見ながら、看護婦に尋ねた。

026

シューマン

・・・・・・どういうことだ、これは?

027

看護婦

先生は往診中だって言ったら、その人が・・・・・・

028

シューマン

治療させたのか!?そのどこのどいつかもわからない男に・・・・・・!

029

看護婦

す・・・すみません、一度は止めたんですけど・・・・・・。
クランケは吐物でちっ息する危険性があるので、気道確保の応急処置をさせてもらうって・・・

030

シューマン

ふん!
・・・何者だ、そいつは!?

031

看護婦

さあ・・・・・・名前も言わずに突然いなくなってしまって・・・・・・。
あ・・・!カルテに何か書いてましたけど。

032

シューマン

なに?
・・・・・・ふん、"吐物を吸引管で吸いあげ、気管内挿管を・・・・・・"だと!

・・・ん?
"・・・また患者は、金がない、医者には連れて行くなとうわ言をくり返していましたので・・・・・・"
"この金を治療費としてお遣いください"だとォ・・・・・・

033

N

見ると、カルテに添えて100マルク紙幣数枚が置いてあった。一般の治療には十分な金額である。

034

シューマン

ふざけやがって!!

035

N

シューマンはその札束を力いっぱい握り締めると、病院を出て行こうとする。

036

看護婦

あ・・・先生、どちらへ?

037

シューマン

その正義の味方気取りの野郎を、とっ捕まえて来る、そいつの特徴は!?

038

看護婦

東洋人で、男の子を連れてましたけど・・・・・・あの、フィンクさんの処置は・・・?

039

シューマン

そのまま、ベッドに寝かせておけ!

040

看護婦

で・・・・・・でも、さっきの人が応急処置しただけなんじゃ・・・・・・

041

シューマン

応急処置なもんか・・・・・・

042

看護婦

は?

043

シューマン

あれで、完璧なんだよ。これ以上の治療は・・・必要ないということだ!

044

N

シューマンは車を発進させた。

---

045

N

市街のレストラン。
そこでは、テンマとディーターが食事をしていた。
ガツガツと盛んに食べ物をかきこむディーター。テンマは眉を寄せてそれを見ていた。

046

テンマ

なあ、ディーター・・・

047

ディーター

ハグハグ・・・・・・

048

テンマ

・・・・・・ふぅ・・・。
本当に困るんだ、私についてこられても・・・・・・
いいかい、たとえば学校はどうするんだ?私は一か所にいられない。君は学校へも行けないんだぞ。

049

ディーター

ガッガッ・・・ムシャムシャ・・・・・・

050

テンマ

あ、それに・・・!友達だってできないじゃないか。友達がいなけりゃ、大好きなサッカーだってできないんだぞ。

051

ディーター

ハグハグ・・・・・・。友達、いるよ。

052

テンマ

・・・誰だい?

053

ディーター

テンマ。

054

テンマ

あ?・・・・・・・・・はぁ。
あのなァ、ディーター。

055

シューマン

あんたか?

056

N

テンマが呆れかえっているところへ、声がかかった。
行きずりの町に知り合いがいるはずもない。テンマは驚いて振り向いた。

057

テンマ

は?

058

シューマン

ひとの診療所で、よけいなことをしてくれたのはあんただな!?
俺をなめるな、俺は金のために診療所やってるわけじゃないっ!!

059

テンマ

うわっ!!

060

N

シューマンが先ほどの札束をテンマの胸に叩きつけた。

061

シューマン

フィンクが、文無しのアル中なのはわかっている。あいつから、治療費をとろうなんてこれっぽっちも思っちゃいない!

062

テンマ

あ・・・・・・。あ・・・・・・いや・・・・・・

063

シューマン

どうせ、どこぞの一流病院のエリート医師が、休暇中に仏心おこして悦に入ってるんだろうがな。

064

N

シューマンの怒気に戸惑うテンマだったが、この直後さらに慌てることになる。
店に警官が入ってきたのだ。

065

ハインツ

よお、マスター!

066

テンマM

(け・・・警官!!)

067

テンマ

ディーター、行くぞ!!

068

シューマン

おい、人の話しは最後まで聞け!

069

N

シューマンが制しようとするが、指名手配を受けているテンマはそれどころではない。
料理も放棄して、ディーターの手をとり立ち上がった。

070

テンマ

申し訳ありませんでした。出すぎたマネをしてしまって・・・・・・
私たちは先を急ぎますので・・・・・・・・・!

071

シューマンM

(ん?なんだ、突然・・・・・・)

072

N

しかし運悪く警官がこちらに気づき近づいてくる。

073

ハインツ

やあ、シューマン先生、フィンクの容態はどうです?

074

シューマン

ああ、命に別状はない。アル中のほうは心配だがね。

075

ハインツ

ん?そちらは?

076

テンマ

い・・・いや私は・・・・・・

077

シューマン

・・・ああ、彼はドクター・チャン・・・私の大学の後輩だ。休暇中で、ちょっとこの村に寄ったんだ。

078

テンマ

え!?

079

ハインツ

ドクター・・・チャン?どこかでお会いしましたか・・・・・・・・・

080

テンマ

・・・・・・・・・。

081

シューマン

今日も、フィンクを私のかわりに治療してくれたんだ。私が往診中にな・・・・・・
ところで、私のほうはどこへ行ってたと思うね?

082

ハインツ

え?

083

シューマン

ハインツ、あんたの母親の所だよ。

084

ハインツ

お袋・・・・・・

085

シューマン

あんたからも、診療所に来るように言ってくれ。早急に治療が必要かもしれないんだ。

086

ハインツ

・・・無理だね・・・。あのガンコ者は、誰の言うことも聞きゃしないよ。

087

シューマン

そんな・・・ひと事みたいに!

088

ハインツ

ハハ!大丈夫だよ、お袋は、そう簡単に死にゃしない。

089

シューマン

な・・・・・・!

090

ハインツ

それに、俺をここまで育てあげたんだ。お袋も、思い残すことないだろうと思うよ。
じゃあな・・・

091

シューマン

なんだと!!待て、コラ!!これからが、ペトラの人生だろうがァ!!
待て、ハインツ!!

・・・・・・あの野郎・・・・・・!

092

テンマ

・・・・・・なぜあんな嘘を・・・?

093

シューマン

大学の後輩ってか・・・・・・?
あれはフィンクを、助けてくれたお礼だ。あんたの迅速な処置がなけりゃ、あいつは死んでた。

094

テンマ

ありがとうございます。

095

シューマン

・・・警察を見て、あれだけ青くなる・・・・・・
あんた・・・何か・・・・・・

ふ、まあいい、一流病院のエリート医師じゃないことは確かだな。

096

テンマ

ん・・・・・・本当に助かりました。なんてお礼を言っていいか・・・・・・

097

シューマン

お礼か・・・・・・。じゃあ、ちょっと返してもらうかな・・・・・・

098

テンマ

え?

099

N

その後テンマは、シューマンの車に乗せられて数件の民家をまわることになった。
腕を折った人、足を折った人。脳神経外科医のテンマは怪我を負ったシュタットイルムの人々を丁寧に診察した。
テンマが診ている間シューマンは、各患者と世間話に花を咲かせている。
常に和やかな雰囲気、そして軽口が飛び交う中で、"テンマのお礼"はひと段落が着いた。

100

シューマン

助かったよ、私の専門は内科だ。専門外のやれるだけのことはやっているがね・・・・・・
山の向こうに、もう一つ村があって、そっちも診てる。
私一人じゃ、なかなか思うようにいかないのさ・・・・・・

101

テンマ

素晴らしいです。

102

シューマン

ああ、何もないが、のんびりした村だよ。

103

テンマ

いえ、そうじゃなくて・・・。あなたはここの人たちに愛されて・・・、あなたもここの人たちを本当に愛してて・・・・・・。

104

シューマン

ふん!
愛だと・・・・・・。そんな上等な感情は、とっくに失くしたよ・・・・・・。

105

テンマ

何言ってるんですか?あなたは一人で、大勢の人の命を助けてるじゃありませんか。

106

シューマン

・・・・・・医者として当然のことだ。私は仕事をこなしているだけだ。

・・・さあ、もう一軒つきあってくれ。こいつが難物だ!

107

テンマ

あ!?

108

ディーター

ん―――。

109

テンマ

・・・・・・・・・。

---

110

ペトラ

あんたもしつこいね!!

111

シューマン

ああ、しつこく何度でも来てやる!!

112

ペトラ

何度来ても同じだよ!!とっととうせな、このヤブ医者!!

113

N

ペトラの家の前では、朝と同じような壮絶なドア越し会話が繰り広げられる。
しかし、結果は同じだった。

114

シューマン

はぁ―――。やれやれこの通りだ、例の警察官の母親なんだが・・・

115

テンマ

三日前に倒れたとおっしゃいましたね?

116

シューマン

ああ、農作業中に気分が悪くなって・・・、診療所へ連れて行こうとしたが、途中、もう平気だと勝手に家に戻ってしまった。

117

テンマ

心配ですね。

118

シューマン

・・・・・・ああ・・・。

119

テンマ

私が説得してみましょうか?

120

シューマン

同じことかもしれんがな。

121

ペトラ

まだそんな所で、ウロウロしてるのかい!!

122

シューマン

どこでウロウロしようがこっちの勝手だ!!

123

テンマ

まあまあ!先生みたいにがなりたてたら、出て来る者も出られなくなりますよ!

124

シューマン

なんとしても連れて行くぞ!!私の生きがいを失くしてたまるか!!

125

テンマ

・・・え?

126

シューマン

・・・あ、い・・・、いや、ケンカ相手がいなくなると、困るって言っただけだ。
あ・・・・・・あと、彼女が作ったグラシュも食えなくなるから・・・ね・・・・・・・

127

ディーター

・・・おじさん、顔、真っ赤だよ。

128

シューマン

な・・・・・なんだと、このガキィ!!

129

テンマ

ふふっ・・・・・・。

ペトラさ――ん!開けてください、ペトラさん!

130

ペトラ

なんだい、今度は別の医者が来たのかい!!

131

テンマ

うわ!!

132

N

テンマは、ドア越しでも伝わるペトラのあまりの剣幕に閉口してしまった。

133

シューマン

ムダだよ!!そのガンコ者にドアを開けさせるには、爆弾でもしかけるしかない!!

134

テンマ

・・・・・・ペトラさん。・・・なんでそんなに、医者が嫌いなんですか?

135

ペトラ

なんでか・・・・・・だってさァ、ふん!!
人の体いじくって、自分のこと、神様とでも思ってるんじゃないのかい・・・・・・!!

136

テンマ

神様か・・・・・・。神様だったらいいなァと思うこともあります。
私たちも一生懸命なんですが、どうしてもミスは出てしまう・・・・・・。神様のように、完璧に人を治せたらと思うんですが・・・・・・。
私なんかいつも患者さんを診ながら、内心、ガタガタ震えているんですよ。

お願いですから、顔だけでも見せてくださいな。

137

N

テンマが思いの丈を語り終えた時、木製のドアが音を立てた。

138

シューマン

なに!?

139

N

中に入ると、ペトラは椅子に座ってじっと、こっちを見ていた。

140

テンマ

こんにちは、ペトラさん。
・・・ん?グラシュ作ってらっしゃるんですね、いいにおいだ。

141

ペトラ

なんだい、あんた・・・・・・グラシュが好物かい?

142

テンマ

ええ、でもドクター・シューマンは、あなたの作ったグラシェだけが、大好物らしいですよ。

143

ペトラ

え?
そんなことは初耳だよ。いつ作ってやっても、何も言わずに食べてたくせに・・・・・・。
好物なら好物と言やあいいのに!

144

テンマ

フフ。照れ屋なんですよ。おっ、これは本当にうまそうだ!

145

N

鍋をのぞきこんだテンマが感想を述べた。

146

ペトラ

まったく・・・・・・肩こってしようがないんだけど・・・。食事のしたくはしなくちゃならないからね。

147

テンマ

肩こり・・・・・・。
ペトラさん、顎を胸につけられますか?

148

ペトラ

何言ってんだい、そんなことできるに決まってるだろ。
ほれ・・・・・・いてて!

149

N

ペトラが顎を下げてみせる。

150

テンマ

ちょっと、失礼!

151

ペトラ

152

N

テンマはペトラに近づき、その顎の下に手を滑り込ませた。

153

テンマM

(指が四本も入る・・・・・・)

154

ペトラ

・・・で、なんのまじないだい?

155

テンマ

いえ、ちょっと・・・・・・

156

N

家に入れずにいたシューマンが、戸口に来たテンマに声をかける。

157

シューマン

どうだ、具合は?

158

テンマ

おそらく・・・・・・・・・、SAHです。

159

シューマン

・・・なんだってェ!?

160

N

その時、後ろで大きな音がした。

161

シューマン

ペトラ!!

162

テンマ

ペトラさん!!

163

N

ペトラが意識を失っていた。

---

164

N

シュタットイルム警察署―――

165

N(先輩警官)

おい、ハインツ!殺人容疑者の手配書のFAXだ。コピーとってくれ!

166

ハインツ

はい。

167

N(先輩警官)

おふくろ大丈夫か?三日前に倒れたってェ?

168

ハインツ

あっ・・・・・・、ご心配ありがとうございます。あれは、殺したって死にませんか・・・・・・・・・ああっ!!

169

N

受け取った手配書に写る男はまさしく、ハインツが昼頃にレストランで見かけた男―――ケンゾー・テンマその人であった。

---

170

テンマ

三日前、最初の発作から72時間以内・・・・・・今はそのぎりぎりの時間です。早急に手術しなければ!!
ヘリコプターを呼んで、間に合うかどうか・・・・・・!!

171

シューマン

・・・あんた・・・・・・、できるのか?

172

テンマ

え?

173

シューマン

頼む、手術できるんならあんたがやってくれ!でないと、私は・・・・・・
また愛する人を、自分のせいで失うことになる!!

174

テンマ

・・・・・・・・・。

175

N

ペトラの死、そして警察の手。
その二つがゆっくりと、しかし確実に、テンマに近づいてきていた。

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