CHAPTER.22 ペトラとシューマン | 台本リスト | CHAPTER.24 残された男

MONSTER CHAPTER.23 ペトラとハインツ
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
163
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※ディーターは10歳前の少年 ※SAH(エスアーハー)・・・クモ膜下出血


001

署長

ハインツ!本当に、この手配書の男・・・ケンゾー・テンマだったのか!?

002

ハインツ

ええ、Dr.チャンとか名乗ってましたけど、間違いなくこの男です!!
ボーザー村のミールケのレストランにいたんです!!

003

署長

よおし!まだ遠くへは行っていないかもしれん、国道に非常線だ!!

004

N

ドイツ、シュタットイルム警察署―――――

署内はにわかに活気づいていた。新米刑事ハインツが、管轄内でドイツ全域に指名手配が出ている殺人犯を見かけたというのだ。

005

署長

これでもし、こいつを逮捕できたら、お手柄だぞ、ハインツ!!

006

ハインツ

は・・・・・・はい!

007

署長

全員、緊急配備だ!!急げェ!!

008

ハインツ

やった・・・・・・、やったぞ!!うまくいけば昇進だ、ざまあみろ!!
町へ出てから5年たつっていうのに、あいかわらずド田舎への巡回・・・・・。でも、もうそんな仕事とはおさらば!

009

N

ハインツは小さくガッツポーズをしていた。
と、そこへ最後までオフィスに残っていた先輩警官から声がかかった。

010

同僚警官

おいハインツ、電話だ。

011

ハインツ

え?あ・・・・・・はい、どうも。

012

同僚警官

聞いただろ、出動なんだ!さっさとしろよ?

013

ハインツ

はいはい・・・・・・。・・・・・・へっ、先輩ヅラしてられるのも今のうちだ。

014

同僚警官

ん?何か言ったか?

015

ハインツ

あ・・・・・・いや、

はい、ハインツです・・・・・・。あ―――どうも、診療所の看護婦さん。
え・・・・・・!!お袋がまた倒れた!?

---

016

N

診療所には、シューマンとテンマによって、ペトラが運び込まれていた。
大病院の整った環境があっても難しい、致死率が50%とも言われるSAH―――クモ膜下出血。
テンマたちはその大手術を、町医者の設備で敢行しようとしていた。

017

シューマン

こんな田舎の診療所に、CTなんかあるわけがない。あるのはレントゲンだけだ。
それに、脳外科手術に必要な道具はほとんどないんだ!

くそっ!!最初の発作の直後、私が無理やりにでもクルップにある国立病院で、検査を受けさせていれば・・・・・・
しかし・・・・・・今となっては・・・・・・

018

テンマ

・・・・・・・・・。

019

シューマン

あんただけが頼りなんだ、Dr.テンマ!!

020

N

読影室に入ったテンマたちは、レントゲン写真に目を凝らす。

021

テンマ

・・・やはり、中大脳動脈分岐部の動脈瘤ですね。

022

シューマン

くそっ・・・ここには手術用顕微鏡もクラニオトームもない・・・・・・

023

テンマ

脳動脈瘤クリップさえあれば、直視下でやってみます。

024

シューマン

しかしいくらあんたでも、難しいだろう。

025

テンマ

やってみるしかないでしょう。今度、脳動脈瘤が破裂したら、命はないかもしれません。

026

シューマン

・・・私のせいで、またこんなことに・・・・・・!

027

テンマ

どうしたんです、Dr.シューマン。この村の患者を、一手にひき受けていたあなたらしくないですよ・・・・・・!

028

シューマン

・・・・・・・・・。

029

テンマ

過去に何があったか知りませんが、目の前の患者に最善を尽くす・・・・・・。医者にできるのはそれだけです。

030

シューマン

・・・ああ・・・・・・。

031

看護婦

ドクター、準備できました。お願いします。

032

テンマ

よし!!はじめましょう!!

033

シューマン

あ・・・ああ。

034

N

二人は手術用キャップの紐を固く締めた。

その頃、診療所の表には警察車両が一台止まっていた。
ボールを蹴って遊んでいたディーターに声をかけたのは、看護婦の電話を受けてやってきたハインツである。

035

ハインツ

おい、小僧、Dr.シューマンは中か?

036

ディーター

うん、手術してるよ。

037

ハインツ

!!
じゃ・・・手術って、お袋の手術か?町の病院に運ばないで、こんな診療所で!?

038

ディーター

大丈夫だよ、テンマがいるもん。

039

ハインツ

テ・・・・・・!テンマだとォ!?

040

N

オペ室では、ペトラの頭皮の切開が始まっていた。
大病院でならスタッフが10人近くつく大手術であるが、ここにいるのはテンマとシューマンに加え看護婦の3人だけである。

041

テンマ

頭蓋骨を開頭する。・・・血圧と脈拍は?

042

看護婦

は・・・はい、血圧126/84、脈拍88です。

043

テンマ

Dr.シューマン、頭をよく押さえておいてください。

044

シューマン

あ・・・・・・ああ。

045

テンマ

僕も・・・、こんなに道具がない状態で、オペをしたことはありません。
でも、昔はこんなふうにやっていたんでしょうけど・・・・・・。

046

シューマンM

(す・・・すごい!頭蓋開頭器(クラニオトーム)もないのに・・・・・・。線鋸だけで、こんなに素早く開頭してしまった・・・・・・)

047

N

内科が専門のシューマンにでもわかるほど、テンマの手際は鮮やかだった。
そしてテンマが硬膜に触れようとしたその時、手術室にある男が侵入してきた。

048

シューマン

ハインツ!!なんで、おまえが・・・・・・!

049

看護婦

あ・・・・・・、私が電話をして・・・

050

シューマン

!!

051

N

入ってきた男ハインツは、ホルスターから拳銃を取り出した。

052

ハインツ

何をやってるんだお前たちは!?

053

シューマン

見ての通り、おまえの母親の手術だ!!
そっちこそ、その銃はなんのマネだ!?出て行け、ハインツ!!

054

ハインツ

手を上げろ、テンマ!!

055

N

銃口は真っ直ぐにテンマに向けられている。
テンマはチラリとそちらを見たが、手を止めることなく脳の切開を開始した。

056

シューマン

何を言ってるんだ。母親を殺す気か、ハインツ!!

057

ハインツ

そいつこそ殺す気だ!!そのテンマってのは・・・・・・、殺人容疑で逃げ回ってる男だからな!!

058

シューマン

な・・・・・・!?

059

看護婦

えっ・・・!

060

テンマ

・・・・・・・・・。

061

ハインツ

ハイデルベルクで男を一人殺してる。その他、連続中年夫婦殺人の容疑もかかってる!
ま・・・まさか、おまえをここで見つけられるとはな!仲間はみんな、おまえを追って非常線をはってる!
せっかくの俺の手柄も、お袋が倒れてオジャンかと思ったが・・・・・・、ヘヘ、さすがお袋、俺にチャンスをくれたってわけだ!

さあ、とっとと手を上げろ!!さもなきゃ撃つ・・・・・・!!

062

シューマン

出てうせろ!!

063

ハインツ

!!

064

シューマン

ここは滅菌状態の手術室だ!おまえは菌を持ちこんでいる!!
感染すれば、おまえの母親は髄膜炎にかかり、命取りになるぞ!!

065

ハインツ

そ・・・・・・それなら、早く手術を中止しろ!!

066

シューマン

・・・おまえ、お袋さんを本当に死なせる気か?

067

ハインツ

ど・・・どういうことだ。

068

シューマン

おまえの母親は、SAH・・・・・・いわゆるクモ膜下出血だ。
最初に倒れたのが三日前・・・・・・。72時間以内に処置しなければ手遅れだ。

069

ハインツ

・・・・・・・・・。

070

シューマン

さあ、出て行け!!

071

ハインツ

ひ・・・・・・
人質をとったつもりか!!そうか・・・、俺のお袋を人質にとって、ここを逃げようって腹だな!!

072

シューマン

な・・・・・・!

073

テンマ

脳動脈瘤クリップと、鉗子を。

074

看護婦

・・・・・・え?

075

テンマ

脳動脈瘤クリップと、鉗子を!!早く!!

076

看護婦

は・・・・・・はい!

077

ハインツ

おい!!そ・・・それは俺のお袋だ!!お袋に手を出す奴は、許さない!!

078

シューマン

そうだ、ペトラはおまえのお袋さんだ。
だがおまえは、この五年間、お袋に何をしてやった?
町に出てから五年の間、おまえはお袋に会ったことがあるのか?
ここまで育てあげてもらった後、おまえはおふくろさんに何をしてやった?
いいか、大事な人は、いつかいなくなるんだ。

お袋の作ったグラシュの味を覚えているか?
今でもペトラは、習慣でおまえの分も作っちまうんだ。余った分は私がいただいている。あれはうまい!あの味は絶品だ!

Dr.テンマはおまえのお袋さんを助けようと、必死に戦っている。
またあのグラシュが食べたければ・・・・・・

079

ハインツ

う!!

080

N

シューマンはハインツのネクタイを掴むと、ドアに押し付ける。

081

シューマン

おとなしく出て行け!!

082

ハインツ

うわっ!!

083

N

そして、ドアを開くとそのまま床へと叩きつけた。

084

ハインツ

く・・・・・・この!

085

ディーター

な?テンマがいるから、大丈夫だろ。

086

ハインツ

っ!!・・・・・・・・・。くそ・・・・・・

087

N

いつの間にか院内に戻っていたディーターにそう言われたハインツは、ひとつ悪態をついて、自分の母親の血がついたネクタイをじっと見つめた。

---

088

N

そして夜―――

089

看護婦

血圧、140/86、脈拍は82です。

090

シューマン

ふむ。バイタルサインは順調だな。

091

看護婦

そうですね。

092

N

昼頃に始まった緊急手術は終わり、術部である頭にネットをかぶせられたペトラを皆が見守っていた。

093

シューマン

ピオニールさんは、少し休んだほうがいい。

094

看護婦

でも、先生方は・・・・・・

095

シューマン

私は大丈夫だ、休みたまえ。術看、ご苦労様。

096

看護婦

はい、それじゃ・・・

097

シューマン

Dr.テンマも眠ってくれ。

098

テンマ

いえ、私も大丈夫です。

099

シューマン

何を言ってるんだ。あんな困難なオペを3時間もぶっ続けでやりとげたんだぞ!!

100

テンマ

念には念を入れないと・・・。元気になったペトラさんに、Dr.シューマンがプロポーズできるように・・・・・・

101

シューマン

な・・・・・・!

102

ハインツ

おい、プロポーズってどういうことだ?

103

N

病室にはもう一人男がいた。はっきりと誰かに向けているわけでもないが、まだ銃を持っている。

104

シューマン

な・・・なんだ、ハインツ、おまえ、眠ってたんじゃないのか!?

105

ハインツ

眠るもんか、テンマを連行するまではな!!
それより、プロポーズってどういう意味だ。まさかドクター、おふくろを・・・

106

シューマン

バ・・・バカ言うな!!

107

N

シューマンは、二人に習ってパイプ椅子に腰をおろした。

108

シューマン

バカを言うな。
俺は・・・・・・、人にプロポーズできるような人間じゃない。

大学病院時代の俺は、患者と話すことなんか二の次だった。
病院内でいかに自分の地位をかためるか・・・、院長の派閥にとり入り、院長のかわりに論文を書き・・・・・・、ついには、院長の娘と結婚までこぎつけた。

109

テンマ

それは・・・・・・。

110

テンマM

(それは・・・、昔の私の姿だ・・・・・・。)

111

シューマン

その後も、出世街道を邁進さ。妻のことなんか、目もくれなかった。
・・・・・・そう、ちゃんと妻の顔を見ていれば、気がつくはずだった。本当の医者なら・・・・・・。
妻は微熱が続き、疲れやすく、長い間、風邪に似た症状に悩まされていた。ちゃんと見ていれば、気づいたはずだ。
気づいた時にはひどい肝硬変で・・・・・・、最後は肝不全だった・・・。
彼女は息をひきとる時、私にこう言ったんだ・・・・・・。

112

(微笑みながら)やっと・・・・・・私を見てくれたのね・・・・・・

113

シューマン

・・・・・・・・・。私には、人を愛す資格なんかないんだよ。

114

ハインツ

・・・・・・・・・。

115

テンマ

そんなことないです。あなたは、ちゃんと見てた。この村の人達を、ちゃんと見てた。
あなたが見ていたから、ペトラさんは助かったんだ。

---

116

N

夜が明けた。
テンマはいつの間にか、壁にもたせかかるようにして眠っていた。
シューマンは、その休息する戦士に白衣をかけてやりながら、ハインツのほうを見る。

117

シューマン

・・・どうだ、この男をまだ連行する気か?

118

ハインツ

・・・・・・・・・。

119

シューマン

おまえの母親の命を、必死になって救ったこの男を、まだ殺人犯だと思うのか?

120

N

ハインツは改めて眠っているテンマを見た。
そしてひとしきり眺めると、黙って病室を出て行った。

121

シューマン

ハインツ!!

122

N

シューマンはあわててその後を追う。
果たしてハインツの向かった先は、院内の据え置き電話のところであった。

123

ハインツ

もしもし、ハインツです。部長をおねがいします・・・・・・

124

シューマン

ハ・・・ハインツ!!

125

ハインツ

部長、すみませんでした。私の人違いでした。非常線を解いてください。

126

シューマン

!!

127

ハインツ

私の見たのはテンマではなく、Dr.チャンという男でした。東洋人なので、見間違えてしまいました。
・・・はい、すみません。・・・・・・申し訳ありません。・・・・・・すみませんでした・・・・・・

128

N

そこに、出世意欲をむき出しにした男の姿はなかった。

---

129

N

病院近くの空き地にヘリのローター音が響く。ペトラは都会の大病院へと搬送されたのだ。
Dr.シューマン、手術にあたった看護婦、駆けつけた人々がそれを見送る。

130

看護婦

国立病院のドクター、目を丸くして驚いてましたね。

131

シューマン

ああ、こんな田舎の診療所で、あれほど見事な治療を見せられるとは思わなかっただろうよ。

132

N

シューマンの顔にも笑みが浮かぶ。
と、そこへ村の男があわてたように走りよってきた。

133

ドクター!!あの若い医者、行かせちまうのか?

134

シューマン

ん?

135

いやぁ、今日はうまいものでも食わそうかと思ってたのによ、荷物持ってガキといっしょに出て行ったぜ。

136

シューマン

何!?どっち行った!!

137

しゅ、 州道の方だ。

138

N

シューマンは走った。そしてやっと、州道の峠手前あたりで、並んで歩くテンマたちの背中をとらえた。

139

シューマン

テンマ―――!!
行くな、この村はもう安全だ!!ハァ ハァ・・・・・・逃げる必要はない!!

140

テンマ

ド・・・Dr.シューマン!!

141

シューマン

ふう―――。ディーター、こっちにおいで。おまえもここが気にいったろ。

142

テンマ

そうか・・・。ディーターには、この村はいいかもしれませんね。

143

シューマン

ディーターだけじゃない。あんたもこの村なら、警察から守ってやれる。
私といっしょにここの人達を診てやってくれ。この村には、あんたが必要だ。

144

テンマ

・・・・・・でも、私は行かなくちゃならないんです。

145

ディーター

テンマ、僕も一緒に行くよ!!

146

シューマン

ま・・・待て、ディーター!!

なぜだ!?なぜ、警察に追われる危険まで冒していこうとするんだ!!

147

テンマ

・・・ディーターのこと、よろしくお願いします。

148

ディーター

テンマ!!

149

シューマン

待て、テンマ!!
あんたがいれば、ここら一帯の何人もの人の命が救えるんだ。ここで私といっしょにやっていこう!!

150

テンマ

・・・何人もの命を救う・・・・・・。

151

シューマン

ん?

152

テンマ

私は・・・・・・、ある男を殺さなくちゃならないんです。

153

シューマン

な・・・・・・なんだって・・・・・・?

154

N

テンマは身を翻し、2人を置いて歩き始める。

155

シューマン

テンマ―――!!どういうことだ、テンマ!!
あんたにそんなこと、できるわけがない!!人の命を、あんなに必死で救おうとするあんたに!!

・・・テンマ!!

156

ディーター

行っちゃうよ・・・・・・

157

シューマン

!!

158

ディーター

テンマは、どんなことしても行っちゃうよ・・・

159

シューマン

・・・・・・・・・。

行け、ディーター。

160

ディーター

え?

161

シューマン

おまえがいっしょなら、テンマは道を踏みはずさない。テンマのことを、よく見ているんだぞ。
・・・行け!!

162

ディーター

う・・・・・・うん!

163

N

ディーターはテンマの横まで走っていくと、再び並んで歩き始めた。
その様子を後ろから眺めるシューマン。
ふと空を見上げると、その空はどこまでも淀んだねずみ色であった。

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