CHAPTER.23 ペトラとハインツ | 台本リスト | CHAPTER.24 残された女

MONSTER CHAPTER.24 残された男
原作
浦沢直樹
上演時間目安
20分
総セリフ数
131
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001

ミンターク

また、あなたですか!!

002

N

大邸宅の玄関ホールで男二人が話をしている。迎えたほうの男はひどく興奮しているのか、声を荒げた。

003

ミンターク

もう、いいかげんにしてほしいですね。何度いらしても答えは同じです。
ウチの先生が、そんな売春婦などとつきあいがあるわけないでしょう!!
まして、その女が殺されたことなんて・・・・・・、無関係もいいとこだ!!

・・・お帰りください。しつこくすると、こちらにも考えがあります。

004

ルンゲ

考えがある・・・!?名誉毀損で訴えますか?
いや・・・、そんなこと、秘書のあなたはしないでしょう。
こんな事件でボルツマン先生の名前が出てはまずいでしょ?次期ドイツ民主党の党首候補としては・・・・・・

005

ミンターク

・・・脅迫しているつもりかね?

006

ルンゲ

とんでもない。
本当のことを・・・、知りたいだけですよ。

007

N

訪問していたのは、ドイツ連邦捜査局の刑事ルンゲ。
今日はここまでとふんだルンゲは、ボルツマン邸を後にし、外で待機していた部下の刑事と合流した。

008

刑事A

今日もダメか・・・・・・。なかなか手強いですね。さすが、大物政治家の第一秘書だ。

009

ルンゲ

いや、あともうひと押しだ。

010

刑事A

ふむ。しかし、ルンゲ警部・・・・・・。ボルツマンほどの大物が、あんな売春婦に手を出しますかね?

011

ルンゲ

あの被害者(ガイシャ)は、ただの売春婦じゃない・・・・・・。

012

N

ルンゲの右手がキーを操作する動きをし、脳から"データの引き出し"を行った。

013

ルンゲ

以前は、大物財界人のクライン氏の御用達だった。
他にも何人もの政財界の人間の名が、彼女の線からあがっている。
ひと晩5,000マルク稼ぐといわれる、"超のつくほどの高級コールガールだ。"

014

刑事A

しかし、ボルツマン議員が常宿にしているベルリンのホテルで、彼女を見かけたという人間が、一人いるだけですよ?
そんな不確かな情報で、二人に関係があるとは・・・・・・

015

ルンゲ

・・・彼女の顧客リストの解読は?

016

刑事A

はあ・・・・・・。それが・・・あのフロッピーには、暗号が羅列してあって、なかなか・・・・・・

017

ルンゲ

私がやろう。フロッピーをよこせ!

018

刑事A

は・・・はあ。しかしルンゲ警部、もう一件の"ライケネ公園連続殺人事件"の方でも、お忙しいんでしょ?

019

ルンゲ

かまわん、私によこせ。

020

刑事A

は、はい。

・・・・・・ルンゲ警部、前々からお聞きしたかったんですが・・・・・・、質問してよろしいでしょうか?

021

ルンゲ

なんだ?

022

刑事A

あの・・・・・・、いつ眠ってらっしゃるんですか?それと、家には、帰ってらっしゃるんですか?

023

ルンゲ

・・・それと事件と、どう関係がある?

024

刑事

は・・・・・・?

025

ルンゲ

不合理な質問だな。

026

N

ルンゲは振り返ることなくそう答え、また歩き始めた。

---

027

N

夜―――
ルンゲの自宅のダイニングでは、女性二人が食事をとっていた。

028

ルンゲの娘

ねえ、あの話、いつするの?

029

ルンゲの妻

いつ話しても同じよ。あの人、何年も前から、あたしの言うことなんか、聞いちゃいないんだから。

030

ルンゲの娘

でも、早く言うにこしたことないわ、お母さん!

031

ルンゲの妻

ちょっと!声が大きいわよ。
あの人、今日は部屋にいるんだから。

032

ルンゲの娘

あら、珍しい。

033

N

ルンゲはそんな会話など知るよしもなく、薄暗い自室でパソコンのモニターに向かっていた。

---

034

N

ドイツ、ヴィスバーデン、ドイツ連邦捜査局―――――

その巨大なビルのワンフロアで、中年の男が、歩いていたルンゲに寄ってくる。

035

刑事部長

ルンゲ、おまえ、まだ例の売春婦殺し・・・・・・、ボルツマン議員の線を洗ってるそうだな。

036

ルンゲ

何か、問題ありますか?

037

刑事部長

あるよ、大ありだ!ドイツ民主党はもちろん、内務省のエライさんからも圧力がかかってる。
この件は、無理につっこまない方が身のためだぞ。

038

ルンゲ

それはいつものように、部長の方でうまくやってください。

039

刑事部長

いや、今回のケースは私なんかじゃフォローできない。

040

ルンゲ

そこをなんとかお願いします。

041

刑事部長

お・・・おい、ルンゲ!!
もし万が一、今の強引な見込み捜査があやまりだったらどうする!?おまえは、何もかも失うことになるんだぞ!!
おまえは、ここまでずっと見事なキャリアを築いてきた・・・。今さら功をあせることもないだろう。
それとも何か?正義の名の元・・・とかいうつもりか?

042

ルンゲ

功をあせる・・・・・・。正義・・・・・・。
どちらも、興味ありませんね。

043

刑事部長

ん?

044

ルンゲ

女が一人、殺されているんです。
私は、その犯人にしか興味はありません。では・・・・・・

045

刑事部長

お・・・おい、ルンゲ!!

046

N

刑事部長をまいたルンゲは、今度は警部用の自室でパソコンに向かっていた。
デスクの上には書類やファイルが山と積まれており、ルンゲの扱う仕事の多さがうかがえる。
そこへ部下の刑事が入ってきた。

047

刑事A

あの・・・・・・、ルンゲ警部、お客さんです。

048

ルンゲ

ふん・・・・・・!できた。

049

刑事A

は?

050

ルンゲ

殺された娼婦の顧客リストの暗号を解読した。この法則に従えば、すべての名前が変換できる。

051

刑事A

あ・・・はあ、あの・・・・・・それで、また・・・あの女性がいらしてるんですが・・・・・・

052

ルンゲ

ん。

053

刑事A

例のエヴァ・ハイネマンという・・・・・・・・・・・・あっ!!困りますよ、勝手に入られちゃ・・・・・・!

054

N

ルンゲの私室の戸口には、顔を赤らめた女性が立っていた。
その女性―――エヴァ・ハイネマンは、来るなりルンゲに詰め寄った。

055

エヴァ

(酔って)一体、何をやってるの、ルンゲ警部!!私がせっかく捜査に協力したっていうのに!!
いつになったら、テンマは逮捕されるのよ!?

056

ルンゲ

ずいぶんとまた、飲んでらっしゃるようですね。

057

エヴァ

飲まずにいられますか、ろくに事件も解決できないヘボ刑事のおかげだわ!!

058

ルンゲ

Dr.テンマの件は、一応、私の中では解決しています。

059

エヴァ

え?

060

ルンゲ

10年前の院長殺し、中年夫婦連続殺人事件。すべてヨハンという男の仕業と彼は言っているが・・・・・・。
ヨハンというのは、彼の中のもうひとつの人格なんですよ。一見不合理に思えたあの事件も、功考えるとすべて合理的にかたづく。
あとは、全国の警察が、彼の身柄をとりおさえるのを待つだけです。

061

エヴァ

・・・逮捕状を請求すれば、もうあなたの仕事は終わりってこと!?

062

ルンゲ

会って話を聞いてみたいことは、たくさんありますよ。Dr.テンマ・・・・・・、興味深い人物ですからね。
ただ・・・・・、
デスクの上には、私を必要としている事件が、山積みなんです。では、失礼。

063

エヴァ

・・・・・・・・・。

---

064

ミンターク

しつこいね、あなたも!!

065

N

数日後―――
ルンゲはまた、ボルツマン議員の家を訪れていた。

066

ミンターク

いいかげんにしたまえ!!何度も言うように、あの晩、ボルツマン先生にはアリバイが・・・・・・

067

ルンゲ

アリバイ?当然ですよ。あの殺しはプロの仕業ですからね。

068

ミンターク

じゃあ何かい!?そのプロの殺し屋を、先生が雇ったとでも言いたいのかね!?
バカバカしい!!

069

ルンゲ

殺された女の顧客リスト、解読しましてね。

070

ミンターク

!!

071

ルンゲ

その中に、ボルツマン議員の名前がありましたよ。電話番号もね。

072

ミンターク

そ・・・そこに、名前と電話番号があったからって・・・・・・
殺人の動機はなんなんだ!?

073

ルンゲ

そう言われれば、それまでですがね。

074

ミンターク

はっ!!つきあいきれんな!!帰りたまえ!!

075

刑事A

(小声で)やっぱり、証拠としては不十分でしたね、警部。

076

ルンゲ

ふん。・・・・・・ミンタークさん、シェルホーン社という出版社・・・・・・ご存じですか?

077

ミンターク

え!

078

ルンゲ

三流の出版社なので、ご存じないかもしれませんね・・・・・・。
たまに、有名人の暴露本を出しちゃあ、顰蹙を買いながらもなんとか食いつないでるようですがね。
その会社のやり口が、また汚いんです。
いかがわしい女を雇って、有名人と関係を結ばせ、その女の手記という形で本を出すんですから・・・。
くれぐれも注意した方がいいですな、そういう手合いに引っかからないように。

079

ミンターク

・・・・・・・・・。

080

刑事A

・・・・・・・・・。

081

N

しばし、無言の間があき、両者は反対の方向に歩き出した。

082

刑事A

あ・・・・・・ルンゲ警部!!

---

083

刑事A

・・・まるで、チェックメイトって感じさ!

084

N

ボルツマン邸への同行から帰ってきた刑事は、同僚の刑事と、先ほどの話を交えながらのチェスに興じていた。

085

刑事A

あの秘書も、さすがに返す言葉もなかったね。

086

刑事B

ルンゲ警部、いつの間にそんな出版社のネタ、仕入れてたんだ?

087

刑事A

実際、驚くよ。一瞬たりと、頭も体も休めようとしない・・・まさに超人的だよ。

088

刑事B

超人ね・・・・・・、ホントに人間じゃないのかもよ?
あの人、生身の人間の生活感なんてこれっぽっちもないじゃ・・・・・・

089

N

その時、ボードの横から手が伸び、白のルークが移動した。

090

刑事A

あっ!!
あ―――。そうか、そこに置けば、チェックメイトで俺の勝ちだ!!

091

刑事B

おいおい、他人のゲームに手ェだすな・・・・・・
あ・・・・・・!ルンゲ警部・・・・・・!!

092

ルンゲ

つまらないゲームなどに、頭を使うな。
例の出版社の社長、ちょっとおどかしただけで、簡単にゲロした。調書を取っておけ!!

093

刑事A
刑事B

は・・・・・・はい!

094

N

再びボルツマン邸に出向いたルンゲは、秘書のミンタークの顔の前に手帳を突き出した。

095

ルンゲ

このメモ、なんだと思います?
あの娼婦のメモです。ある男との密会の様子が、日付も時間も事細かに書かれている・・・・・・。
男の名前はわかりません。頭文字が"B"という以外はね。
しかしこれがけっこう面白いんです。まるで小説の構想みたいでね。

・・・シェルホーン出版は、あの女と、彼女のライフストーリーを出す契約を交わしていました。

096

ミンターク

か・・・・・・

097

ルンゲ

あ・・・そうそう、あなた、ヤンカという男に連絡をとったことありますか?
その男、プロの殺し屋なんですけどね・・・・・・

098

ミンターク

帰りたまえ。

099

N

しぼり出すようなミンタークの声がホールに響く。その手は小刻みに震えていた。

100

ミンターク

とっとと帰りたまえ!!!

---

101

N

夜―――
帰宅したルンゲを、その妻と娘が玄関で待っていた。
しかし二人ともコート姿。足元には大きなキャリーケースとボストンバッグが置かれ、"迎える"といった雰囲気ではなかった。

102

ルンゲの妻

あたし達、家を出ますから・・・。

103

ルンゲの娘

大きい荷物は、あとで取りによこすから。

104

ルンゲ

・・・・・・・・・。

105

ルンゲの娘

お父さん、あたしが妊娠してたなんて知らないでしょ?

106

ルンゲ

・・・相手の男のところへ行くのか?

107

ルンゲの妻

私もね。
あなた、あたしに恋人がいたなんて、ぜんぜん知らなかったでしょ?

108

N

二人は荷物を持ち、ルンゲの脇を通り抜けようとする。
その時、ルンゲの携帯電話が鳴った。

109

ルンゲ

はい、ルンゲ。

110

ミンターク

刑事さん、私です。ポルツマンの秘書のミンタークです。
すべてお話します。いらしてください!

111

ルンゲ

ああ、そうですか。そりゃどうも・・・

出かけてくる。詳しい話は後で聞こう。

112

N

ルンゲは再びコートを着ると、"家族"の冷ややかな視線を背に受けながら、扉を閉めた。


ボルツマン邸に到着したルンゲ。その頭に、疑問符が浮かんだ。
本当ならば証言をする秘書しかいないはずのその豪邸の前に、パトカーが数台とまっていたのだ。
ルンゲがたたずんでいると、部下の刑事が駆け寄ってくる。

113

刑事A

ハァ ハァ・・・・・・け・・・・・・警部!!

114

ルンゲ

どうした、何の騒ぎだ?

115

刑事A

あ・・・・・・あの、秘書が・・・、自殺しました!!

116

ルンゲ

!!

117

N

現場検証を終えたルンゲが家に戻った時には、もう朝になっていた。
リビングへと進むルンゲ。しかし妻と娘の姿は、テーブルの写真立ての中以外にはどこにもなかった。

---

118

N

翌日。出勤したルンゲは、部長室へ呼び出された。

119

刑事部長

「ボルツマン先生は無実だ・・・・・」
これが、あの秘書が残した書き置きだ。
ルンゲ、この事件はカミンスキ警部に引き継ぎだ。あと・・・、ライケネ公園の件と、ガーラント社長殺害の件もな。

120

ルンゲ

・・・・・・では、私は何を?

121

刑事部長

・・・・・・・・・・・・。

122

ルンゲ

・・・・・・・・・・・・。

123

刑事部長

君にはもう・・・、何もないんだよ。

124

N

自室に向かうルンゲに、オフィス中の視線が集中する。皆一様に眉を寄せ、"ミスをした刑事"を眺めていた。
椅子に腰を落ち着けたルンゲは、自分のデスクを見つめる。
昨日まで今にも崩れそうなほど書類が積まれていたそこには、今は何もなかった。

125

ルンゲM

(私にはもう、なにもない・・・か)

126

N

ルンゲは引き出しを開けると、写真を一枚取り出した。

127

ルンゲ

私にはもう、おまえしか残っていないようだな。

128

N

黒髪の好青年。アジア系の男。医者。Dr.テンマ。

129

刑事A

あ・・・あの、警部・・・。お客様です・・・・・・
また例の、エヴァ・ハイネマンという女性が・・・・・・

130

N

部下の刑事が――今のルンゲの状況を鑑みて気まずいのだろうか、遠慮がちに扉を開け、声をかけてきた。
ルンゲは写真をデスクに置くと、いつもと変わらぬ表情ではっきりと答えた。

131

ルンゲ

ふっ・・・。お通ししろ!

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