|
浦沢直樹 |
|
20分 |
|
131 |
|
キャラクター紹介へ |
001 |
ミンターク |
また、あなたですか!! |
002 |
N |
大邸宅の玄関ホールで男二人が話をしている。迎えたほうの男はひどく興奮しているのか、声を荒げた。 |
003 |
ミンターク |
もう、いいかげんにしてほしいですね。何度いらしても答えは同じです。 ウチの先生が、そんな売春婦などとつきあいがあるわけないでしょう!! まして、その女が殺されたことなんて・・・・・・、無関係もいいとこだ!! ・・・お帰りください。しつこくすると、こちらにも考えがあります。 |
004 |
ルンゲ |
考えがある・・・!?名誉毀損で訴えますか? いや・・・、そんなこと、秘書のあなたはしないでしょう。 こんな事件でボルツマン先生の名前が出てはまずいでしょ?次期ドイツ民主党の党首候補としては・・・・・・ |
005 |
ミンターク |
・・・脅迫しているつもりかね? |
006 |
ルンゲ |
とんでもない。 本当のことを・・・、知りたいだけですよ。 |
007 |
N |
訪問していたのは、ドイツ連邦捜査局の刑事ルンゲ。 今日はここまでとふんだルンゲは、ボルツマン邸を後にし、外で待機していた部下の刑事と合流した。 |
008 |
刑事A |
今日もダメか・・・・・・。なかなか手強いですね。さすが、大物政治家の第一秘書だ。 |
009 |
ルンゲ |
いや、あともうひと押しだ。 |
010 |
刑事A |
ふむ。しかし、ルンゲ警部・・・・・・。ボルツマンほどの大物が、あんな売春婦に手を出しますかね? |
011 |
ルンゲ |
あの被害者(ガイシャ)は、ただの売春婦じゃない・・・・・・。 |
012 |
N |
ルンゲの右手がキーを操作する動きをし、脳から"データの引き出し"を行った。 |
013 |
ルンゲ |
以前は、大物財界人のクライン氏の御用達だった。 他にも何人もの政財界の人間の名が、彼女の線からあがっている。 ひと晩5,000マルク稼ぐといわれる、"超のつくほどの高級コールガールだ。" |
014 |
刑事A |
しかし、ボルツマン議員が常宿にしているベルリンのホテルで、彼女を見かけたという人間が、一人いるだけですよ? そんな不確かな情報で、二人に関係があるとは・・・・・・ |
015 |
ルンゲ |
・・・彼女の顧客リストの解読は? |
016 |
刑事A |
はあ・・・・・・。それが・・・あのフロッピーには、暗号が羅列してあって、なかなか・・・・・・ |
017 |
ルンゲ |
私がやろう。フロッピーをよこせ! |
018 |
刑事A |
は・・・はあ。しかしルンゲ警部、もう一件の"ライケネ公園連続殺人事件"の方でも、お忙しいんでしょ? |
019 |
ルンゲ |
かまわん、私によこせ。 |
020 |
刑事A |
は、はい。 ・・・・・・ルンゲ警部、前々からお聞きしたかったんですが・・・・・・、質問してよろしいでしょうか? |
021 |
ルンゲ |
なんだ? |
022 |
刑事A |
あの・・・・・・、いつ眠ってらっしゃるんですか?それと、家には、帰ってらっしゃるんですか? |
023 |
ルンゲ |
・・・それと事件と、どう関係がある? |
024 |
刑事 |
は・・・・・・? |
025 |
ルンゲ |
不合理な質問だな。 |
026 |
N |
ルンゲは振り返ることなくそう答え、また歩き始めた。 |
--- | ||
027 |
N |
夜――― ルンゲの自宅のダイニングでは、女性二人が食事をとっていた。 |
028 |
ルンゲの娘 |
ねえ、あの話、いつするの? |
029 |
ルンゲの妻 |
いつ話しても同じよ。あの人、何年も前から、あたしの言うことなんか、聞いちゃいないんだから。 |
030 |
ルンゲの娘 |
でも、早く言うにこしたことないわ、お母さん! |
031 |
ルンゲの妻 |
ちょっと!声が大きいわよ。 あの人、今日は部屋にいるんだから。 |
032 |
ルンゲの娘 |
あら、珍しい。 |
033 |
N |
ルンゲはそんな会話など知るよしもなく、薄暗い自室でパソコンのモニターに向かっていた。 |
--- | ||
034 |
N |
ドイツ、ヴィスバーデン、ドイツ連邦捜査局――――― その巨大なビルのワンフロアで、中年の男が、歩いていたルンゲに寄ってくる。 |
035 |
刑事部長 |
ルンゲ、おまえ、まだ例の売春婦殺し・・・・・・、ボルツマン議員の線を洗ってるそうだな。 |
036 |
ルンゲ |
何か、問題ありますか? |
037 |
刑事部長 |
あるよ、大ありだ!ドイツ民主党はもちろん、内務省のエライさんからも圧力がかかってる。 この件は、無理につっこまない方が身のためだぞ。 |
038 |
ルンゲ |
それはいつものように、部長の方でうまくやってください。 |
039 |
刑事部長 |
いや、今回のケースは私なんかじゃフォローできない。 |
040 |
ルンゲ |
そこをなんとかお願いします。 |
041 |
刑事部長 |
お・・・おい、ルンゲ!! もし万が一、今の強引な見込み捜査があやまりだったらどうする!?おまえは、何もかも失うことになるんだぞ!! おまえは、ここまでずっと見事なキャリアを築いてきた・・・。今さら功をあせることもないだろう。 それとも何か?正義の名の元・・・とかいうつもりか? |
042 |
ルンゲ |
功をあせる・・・・・・。正義・・・・・・。 どちらも、興味ありませんね。 |
043 |
刑事部長 |
ん? |
044 |
ルンゲ |
女が一人、殺されているんです。 私は、その犯人にしか興味はありません。では・・・・・・ |
045 |
刑事部長 |
お・・・おい、ルンゲ!! |
046 |
N |
刑事部長をまいたルンゲは、今度は警部用の自室でパソコンに向かっていた。 デスクの上には書類やファイルが山と積まれており、ルンゲの扱う仕事の多さがうかがえる。 そこへ部下の刑事が入ってきた。 |
047 |
刑事A |
あの・・・・・・、ルンゲ警部、お客さんです。 |
048 |
ルンゲ |
ふん・・・・・・!できた。 |
049 |
刑事A |
は? |
050 |
ルンゲ |
殺された娼婦の顧客リストの暗号を解読した。この法則に従えば、すべての名前が変換できる。 |
051 |
刑事A |
あ・・・はあ、あの・・・・・・それで、また・・・あの女性がいらしてるんですが・・・・・・ |
052 |
ルンゲ |
ん。 |
053 |
刑事A |
例のエヴァ・ハイネマンという・・・・・・・・・・・・あっ!!困りますよ、勝手に入られちゃ・・・・・・! |
054 |
N |
ルンゲの私室の戸口には、顔を赤らめた女性が立っていた。 その女性―――エヴァ・ハイネマンは、来るなりルンゲに詰め寄った。 |
055 |
エヴァ |
(酔って)一体、何をやってるの、ルンゲ警部!!私がせっかく捜査に協力したっていうのに!! いつになったら、テンマは逮捕されるのよ!? |
056 |
ルンゲ |
ずいぶんとまた、飲んでらっしゃるようですね。 |
057 |
エヴァ |
飲まずにいられますか、ろくに事件も解決できないヘボ刑事のおかげだわ!! |
058 |
ルンゲ |
Dr.テンマの件は、一応、私の中では解決しています。 |
059 |
エヴァ |
え? |
060 |
ルンゲ |
10年前の院長殺し、中年夫婦連続殺人事件。すべてヨハンという男の仕業と彼は言っているが・・・・・・。 ヨハンというのは、彼の中のもうひとつの人格なんですよ。一見不合理に思えたあの事件も、功考えるとすべて合理的にかたづく。 あとは、全国の警察が、彼の身柄をとりおさえるのを待つだけです。 |
061 |
エヴァ |
・・・逮捕状を請求すれば、もうあなたの仕事は終わりってこと!? |
062 |
ルンゲ |
会って話を聞いてみたいことは、たくさんありますよ。Dr.テンマ・・・・・・、興味深い人物ですからね。 ただ・・・・・、 デスクの上には、私を必要としている事件が、山積みなんです。では、失礼。 |
063 |
エヴァ |
・・・・・・・・・。 |
--- | ||
064 |
ミンターク |
しつこいね、あなたも!! |
065 |
N |
数日後――― ルンゲはまた、ボルツマン議員の家を訪れていた。 |
066 |
ミンターク |
いいかげんにしたまえ!!何度も言うように、あの晩、ボルツマン先生にはアリバイが・・・・・・ |
067 |
ルンゲ |
アリバイ?当然ですよ。あの殺しはプロの仕業ですからね。 |
068 |
ミンターク |
じゃあ何かい!?そのプロの殺し屋を、先生が雇ったとでも言いたいのかね!? バカバカしい!! |
069 |
ルンゲ |
殺された女の顧客リスト、解読しましてね。 |
070 |
ミンターク |
!! |
071 |
ルンゲ |
その中に、ボルツマン議員の名前がありましたよ。電話番号もね。 |
072 |
ミンターク |
そ・・・そこに、名前と電話番号があったからって・・・・・・ 殺人の動機はなんなんだ!? |
073 |
ルンゲ |
そう言われれば、それまでですがね。 |
074 |
ミンターク |
はっ!!つきあいきれんな!!帰りたまえ!! |
075 |
刑事A |
(小声で)やっぱり、証拠としては不十分でしたね、警部。 |
076 |
ルンゲ |
ふん。・・・・・・ミンタークさん、シェルホーン社という出版社・・・・・・ご存じですか? |
077 |
ミンターク |
え! |
078 |
ルンゲ |
三流の出版社なので、ご存じないかもしれませんね・・・・・・。 たまに、有名人の暴露本を出しちゃあ、顰蹙を買いながらもなんとか食いつないでるようですがね。 その会社のやり口が、また汚いんです。 いかがわしい女を雇って、有名人と関係を結ばせ、その女の手記という形で本を出すんですから・・・。 くれぐれも注意した方がいいですな、そういう手合いに引っかからないように。 |
079 |
ミンターク |
・・・・・・・・・。 |
080 |
刑事A |
・・・・・・・・・。 |
081 |
N |
しばし、無言の間があき、両者は反対の方向に歩き出した。 |
082 |
刑事A |
あ・・・・・・ルンゲ警部!! |
--- | ||
083 |
刑事A |
・・・まるで、チェックメイトって感じさ! |
084 |
N |
ボルツマン邸への同行から帰ってきた刑事は、同僚の刑事と、先ほどの話を交えながらのチェスに興じていた。 |
085 |
刑事A |
あの秘書も、さすがに返す言葉もなかったね。 |
086 |
刑事B |
ルンゲ警部、いつの間にそんな出版社のネタ、仕入れてたんだ? |
087 |
刑事A |
実際、驚くよ。一瞬たりと、頭も体も休めようとしない・・・まさに超人的だよ。 |
088 |
刑事B |
超人ね・・・・・・、ホントに人間じゃないのかもよ? あの人、生身の人間の生活感なんてこれっぽっちもないじゃ・・・・・・ |
089 |
N |
その時、ボードの横から手が伸び、白のルークが移動した。 |
090 |
刑事A |
あっ!! あ―――。そうか、そこに置けば、チェックメイトで俺の勝ちだ!! |
091 |
刑事B |
おいおい、他人のゲームに手ェだすな・・・・・・ あ・・・・・・!ルンゲ警部・・・・・・!! |
092 |
ルンゲ |
つまらないゲームなどに、頭を使うな。 例の出版社の社長、ちょっとおどかしただけで、簡単にゲロした。調書を取っておけ!! |
093 |
刑事A |
は・・・・・・はい! |
094 |
N |
再びボルツマン邸に出向いたルンゲは、秘書のミンタークの顔の前に手帳を突き出した。 |
095 |
ルンゲ |
このメモ、なんだと思います? あの娼婦のメモです。ある男との密会の様子が、日付も時間も事細かに書かれている・・・・・・。 男の名前はわかりません。頭文字が"B"という以外はね。 しかしこれがけっこう面白いんです。まるで小説の構想みたいでね。 ・・・シェルホーン出版は、あの女と、彼女のライフストーリーを出す契約を交わしていました。 |
096 |
ミンターク |
か・・・・・・ |
097 |
ルンゲ |
あ・・・そうそう、あなた、ヤンカという男に連絡をとったことありますか? その男、プロの殺し屋なんですけどね・・・・・・ |
098 |
ミンターク |
帰りたまえ。 |
099 |
N |
しぼり出すようなミンタークの声がホールに響く。その手は小刻みに震えていた。 |
100 |
ミンターク |
とっとと帰りたまえ!!! |
--- | ||
101 |
N |
夜――― 帰宅したルンゲを、その妻と娘が玄関で待っていた。 しかし二人ともコート姿。足元には大きなキャリーケースとボストンバッグが置かれ、"迎える"といった雰囲気ではなかった。 |
102 |
ルンゲの妻 |
あたし達、家を出ますから・・・。 |
103 |
ルンゲの娘 |
大きい荷物は、あとで取りによこすから。 |
104 |
ルンゲ |
・・・・・・・・・。 |
105 |
ルンゲの娘 |
お父さん、あたしが妊娠してたなんて知らないでしょ? |
106 |
ルンゲ |
・・・相手の男のところへ行くのか? |
107 |
ルンゲの妻 |
私もね。 あなた、あたしに恋人がいたなんて、ぜんぜん知らなかったでしょ? |
108 |
N |
二人は荷物を持ち、ルンゲの脇を通り抜けようとする。 その時、ルンゲの携帯電話が鳴った。 |
109 |
ルンゲ |
はい、ルンゲ。 |
110 |
ミンターク |
刑事さん、私です。ポルツマンの秘書のミンタークです。 すべてお話します。いらしてください! |
111 |
ルンゲ |
ああ、そうですか。そりゃどうも・・・ 出かけてくる。詳しい話は後で聞こう。 |
112 |
N |
ルンゲは再びコートを着ると、"家族"の冷ややかな視線を背に受けながら、扉を閉めた。 ボルツマン邸に到着したルンゲ。その頭に、疑問符が浮かんだ。 本当ならば証言をする秘書しかいないはずのその豪邸の前に、パトカーが数台とまっていたのだ。 ルンゲがたたずんでいると、部下の刑事が駆け寄ってくる。 |
113 |
刑事A |
ハァ ハァ・・・・・・け・・・・・・警部!! |
114 |
ルンゲ |
どうした、何の騒ぎだ? |
115 |
刑事A |
あ・・・・・・あの、秘書が・・・、自殺しました!! |
116 |
ルンゲ |
!! |
117 |
N |
現場検証を終えたルンゲが家に戻った時には、もう朝になっていた。 リビングへと進むルンゲ。しかし妻と娘の姿は、テーブルの写真立ての中以外にはどこにもなかった。 |
--- | ||
118 |
N |
翌日。出勤したルンゲは、部長室へ呼び出された。 |
119 |
刑事部長 |
「ボルツマン先生は無実だ・・・・・」 これが、あの秘書が残した書き置きだ。 ルンゲ、この事件はカミンスキ警部に引き継ぎだ。あと・・・、ライケネ公園の件と、ガーラント社長殺害の件もな。 |
120 |
ルンゲ |
・・・・・・では、私は何を? |
121 |
刑事部長 |
・・・・・・・・・・・・。 |
122 |
ルンゲ |
・・・・・・・・・・・・。 |
123 |
刑事部長 |
君にはもう・・・、何もないんだよ。 |
124 |
N |
自室に向かうルンゲに、オフィス中の視線が集中する。皆一様に眉を寄せ、"ミスをした刑事"を眺めていた。 椅子に腰を落ち着けたルンゲは、自分のデスクを見つめる。 昨日まで今にも崩れそうなほど書類が積まれていたそこには、今は何もなかった。 |
125 |
ルンゲM |
(私にはもう、なにもない・・・か) |
126 |
N |
ルンゲは引き出しを開けると、写真を一枚取り出した。 |
127 |
ルンゲ |
私にはもう、おまえしか残っていないようだな。 |
128 |
N |
黒髪の好青年。アジア系の男。医者。Dr.テンマ。 |
129 |
刑事A |
あ・・・あの、警部・・・。お客様です・・・・・・ また例の、エヴァ・ハイネマンという女性が・・・・・・ |
130 |
N |
部下の刑事が――今のルンゲの状況を鑑みて気まずいのだろうか、遠慮がちに扉を開け、声をかけてきた。 ルンゲは写真をデスクに置くと、いつもと変わらぬ表情ではっきりと答えた。 |
131 |
ルンゲ |
ふっ・・・。お通ししろ! |