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浦沢直樹 |
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15分 |
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140 |
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001 |
N |
とある邸宅の庭――――― 男が一人、泥だらけになりながら庭木の手入れをしている。 |
002 |
庭師 |
ふ――――・・・! |
003 |
N |
ひと仕事を終えた庭師が額の汗をぬぐったとき、豪邸の大きな扉が開き、男女が出てきた。 二人は玄関の前で抱き合い、キスを交わすと、この屋敷の主エヴァ・ハイネマンが男を送り出した。 |
004 |
エヴァ |
安っぽい男・・・・・・ |
005 |
N |
先ほどまでの猫なで声とは対照的な、冷え切った声だった。 思わずエヴァの方を凝視してしまっていた庭師は、あわてて作業に戻る。 |
006 |
エヴァ |
あなた、また、私のこと見てたでしょ!?いつも違う男を連れ込んでるのが、気になる? |
007 |
庭師 |
い・・・いえ・・・・・・。 |
008 |
エヴァ |
あなたも、あやかりたいって思ってるんでしょ。 |
009 |
庭師 |
そ、そんな。 |
010 |
エヴァ |
いやらしい! |
011 |
庭師 |
そ・・・そんな、私はただ・・・・・・ |
012 |
エヴァ |
―――あら、きれいになったわね。 |
013 |
庭師 |
!! |
014 |
エヴァ |
あたし、この庭が好きなの・・・・・・。こうして庭をボーッと眺めていると、いやなことも忘れそう。 |
015 |
庭師 |
ハハハ・・・気に入っていただいてよかった! あ・・・ここにはミモザを植えます。あと・・・・・・向こうにはバラのアーチを造ります。 夏になればそりゃあ美しく・・・・・・ |
016 |
エヴァ |
案外。あなたみたいな人ならできるのかもね。 |
017 |
庭師 |
え・・・・・・? |
018 |
エヴァ |
・・・・・・あたしのこと、幸せにする自信ある? |
019 |
N |
一日の仕事を終え家に帰った庭師の男は、一人娘と食卓につく。 娘は何かを話し続けているが、エヴァの昼の言葉を気にする庭師には届かない。 |
020 |
コレッタ |
・・・ねえ、聞いてるの?お父さん。 |
021 |
庭師 |
・・・・・・・・・。 |
022 |
コレッタ |
ねえ、お父さんってば・・・! |
023 |
庭師 |
え・・・え? ああ・・・・・・ど、どうだった?今日のお父さんの料理は?けっこういけるようになってきたろ? |
024 |
コレッタ |
あたしの話なんか、全然聞いてないんだから・・・・・・。 そんなことだから、お母さん、他の男の人のところに行っちゃ・・・・・・ あ・・・・・・、ごめん。 |
025 |
庭師 |
い・・・・・・いや、いいんだ・・・・・・ 実はな、コレッタ・・・・・・ |
026 |
コレッタ |
ん? |
027 |
庭師 |
お父さんに、もし・・・・・・その・・・・・・。す・・・・・・好きな人が・・・・・・ |
028 |
コレッタ |
え!? |
029 |
庭師 |
あ・・・・・・いや、な・・・なんでもない! アハハハ・・・!やっぱりおいしくないな、今日の料理も。 |
030 |
コレッタ |
悪くないよ。 |
031 |
庭師 |
そうか、悪くないか。 |
032 |
コレッタ |
お母さんが出てった頃に比べたらね! |
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033 |
エヴァ |
悪いわね。庭師のあなたに、電球交換までさせて。 |
034 |
庭師 |
いえ、こんなこと・・・・・・なんでもありませんよ。 |
035 |
エヴァ |
使用人が次から次に暇をくれって、出て行ってしまうのよ。新しい人が決まるまで、いろいろお願いね。 |
036 |
庭師 |
ハハハ。私でよかったら、なんでもおっしゃってください。 |
037 |
N |
エヴァは、庭師の方を微笑みながらじっと見ている。 庭師は黙々と作業をしていたが、視線がくすぐったくなり口を開いた。 |
038 |
庭師 |
な・・・・・・何か? |
039 |
エヴァ |
・・・・・・どう?今晩、食事でも。 |
040 |
庭師 |
え!?あ・・・・・・いや、は・・・はあ。 |
041 |
N |
庭師は、背を向けて部屋を出て行くエヴァを顔を赤くして眺めていた。 その日の夜は約束どおり、エヴァとの食事となった。 庭師も、いつもの仕事着とは違ってスーツを着用している。 |
042 |
エヴァ |
手、震わして・・・。何、緊張してるのよ? |
043 |
庭師 |
は・・・・・・はあ、こういう高級なところは不慣れで・・・・・・ |
044 |
エヴァ |
あたしにふさわしい男になりたかったら、どんな所でも堂々となさい! 庭で仕事をしている時のようにね! |
045 |
庭師 |
は・・・・・・はあ。 そ・・・そうなんです。庭にいる時は、本当に自分に自信が持てるんです。 思い描いた庭に仕上がった時は、そりゃあうれしくて・・・・・・。私は庭にいるときが一番好きです! |
046 |
エヴァ |
ふーん。 |
047 |
庭師 |
庭が好きな人に悪い人はいません。あなたも、あの庭が好きだとおっしゃってた・・・。 |
048 |
エヴァ |
あたしもいい人だって言うの? |
049 |
庭師 |
はい、もちろん! |
050 |
エヴァ |
クックックッ・・・ |
051 |
庭師 |
ただ・・・・・・ |
052 |
エヴァ |
ん?何よ!? |
053 |
庭師 |
いや、その・・・あなた・・・・・・寂しそうだ・・・・・・ |
054 |
エヴァ |
・・・・・・・・・。 あなたもね! |
055 |
庭師 |
え? |
056 |
エヴァ |
ウェイター!ワイン、もう一本! |
057 |
庭師 |
あ・・・あの、ちょっと飲みすぎじゃあ・・・ |
058 |
エヴァ |
あなたも、・・・・・・寂しいんでしょ? |
059 |
N |
食事を終えた庭師は家に帰らず、二人でエヴァの家―――ハイネマン邸に戻った。 午後2時ごろ、庭師は同じベッドで眠っているエヴァを残し、服を着始めた。 |
060 |
エヴァ |
ん・・・ |
061 |
N |
すると、後ろからエヴァの声が聞こえる。 |
062 |
庭師 |
!! あ・・・・・・起こしてしまいましたか・・・すみません。娘が心配していると思いますので・・・・・・ |
063 |
エヴァ |
ん・・・・・・ん・・・・・・ |
064 |
庭師 |
あ・・・・・・、寝言か・・・・・・。 |
065 |
エヴァ |
ん―――・・・・・・、ケンゾー・・・・・・・・・ケンゾー・・・・・・ |
066 |
庭師 |
・・・・・・・・・。 |
067 |
N |
一夜を共にした女は、自分とは違う誰かの名を口にしていた。 |
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068 |
N |
夜の繁華街―――― 庭師が娘と二人で買い物をした帰り道。 |
069 |
庭師 |
うわ――!綺麗なイルミネーションだ。・・・もうすぐクリスマスだなあ、コレッタ。 |
070 |
コレッタ |
今年のサンタは、ムリしなくていいからね! |
071 |
庭師 |
おいおい、おまえはそんなこと気にしなくても・・・・・・ |
072 |
コレッタ |
二人っきりでクリスマスパーティなんて寂しいだけよ。ムリしなくていいからね! |
073 |
N |
少女がつんけんな態度で返してくる。しかし庭師は笑顔だった。 |
074 |
庭師 |
いや、もしかすると二人っきりじゃないかもしれないぞ――。 |
075 |
コレッタ |
え? |
076 |
N |
翌日、いつものようにハイネマン邸に来た庭師は、今日は家の掃除までしていた。 エヴァの居室を丁寧に拭いていると、サイドチェストの写真立てが目に付いた。 |
077 |
庭師M |
(これは・・・・・・、誰だろう・・・・・・。) |
078 |
N |
アジア系の男がエヴァと一緒に写る写真だ。 |
079 |
エヴァ |
(酔って)その男が、あたしの人生を狂わせたのよ。 |
080 |
庭師 |
! |
081 |
N |
庭師があわてて振り返ると、いつの間にかエヴァが、部屋の入り口にもたれかかるようにして立っていた。 手にはウィスキーの瓶がある。 |
082 |
庭師 |
す・・・すいません。ちょっと掃除を・・・・・・ |
083 |
エヴァ |
名前はケンゾー・テンマ。あたしの元フィアンセ。 |
084 |
庭師 |
あ・・・・・・。ま・・・またこんな時間から飲んで・・・・・・。 |
085 |
エヴァ |
飲まずにいられますか!! 今、ヴァイスバーデンのBKAに行ってきたのよ。ルンゲという警部に会いにね!! |
086 |
庭師 |
BKA・・・・・・連邦捜査局・・・・・・?警部・・・・・・? |
087 |
エヴァ |
あの男、無能なくせに、私を門前払いしたのよ!!連中はいつになったら、テンマを逮捕できるのよ!! |
088 |
庭師 |
逮捕・・・・・・? |
089 |
エヴァ |
テンマは・・・、あたしの父親を殺して逃げたのよ!!あいつはぬれぎぬとか言ってるけど、ふざけるんじゃないわ!! 大病院の院長の娘として、将来を約束されてたのに・・・!!三度の結婚の失敗だって、あいつのせいよ!! 何がヨハンの仕業よ!! |
090 |
N |
エヴァはサイドチェストの本棚からアルバムを取り出すと、庭師に突き出す。 |
091 |
エヴァ |
これを見なさいよ!!この写真、父と一緒に写ってる、この包帯巻いた男の子がヨハンよ!! こんな子供が、父を殺せると思う!? |
092 |
庭師 |
テンマ本人がそう言ってるんですか? |
093 |
エヴァ |
ふん!くだらない言い逃れよ!! |
094 |
庭師 |
この写真、警察に提出したんですか? |
095 |
エヴァ |
するわけないでしょ!何言ってんの、あんたまで!! |
096 |
庭師 |
重要な証拠に、なるかもしれないじゃないですか!! |
097 |
エヴァ |
やったのはテンマよ!!ルンゲ警部の言う通り、テンマは二重人格なのよ!! |
098 |
庭師 |
・・・それなら・・・・・・ |
099 |
エヴァ |
? |
100 |
庭師 |
それならなぜあなたは、彼の写真をこうして飾っているんですか? あなたは心の底では、テンマを犯人じゃないと思ってる!! |
101 |
エヴァ |
な・・・・・・!! |
102 |
庭師 |
そしてまだ、テンマのことを・・・・・・ |
103 |
エヴァ |
はっ!・・・・・・メロドラマの見すぎじゃないの? この男はね・・・、今まであたしが知り合った中で、もっともあたしにふさわしい男だったのよ。 天才とまで言われたエリート脳外科医・・・、肩書きは十分だったわ・・・・・・。それになにより、この男はあたしにさからわなかった。 あたしのわがままを、すべて聞いてくれたわ!! イエス、イエス、イエス!!すべてにイエスと言う男だったわ。 この男が、あたしを世界一幸せにしてくれるはずだったのよ!! |
104 |
庭師 |
・・・・・・私じゃ・・・、彼のかわりはできませんか? 一生、あなたのために、庭を造ってもいい・・・・・・。あなたの心が安らぐなら・・・・・・ |
105 |
N |
エヴァはまくし立てる口をとめ、一瞬、庭師の目を見る。 しかし、突然床に膝をつくとうつむいてしまった。垂れた髪で表情は見えない。 やがてその体が、小刻みに震え始める。 |
106 |
エヴァ |
ククッ・・・・・・ |
107 |
庭師 |
? |
108 |
エヴァ |
クックックッ・・・ハハハハハ・・・・・ア―――ハッハッハッハッ!!一度抱いたくらいで、いい気になるんじゃないわよ!! あんたなんか、ただの退屈しのぎに決まってるでしょ!! |
109 |
庭師 |
なっ・・・・・・ |
110 |
エヴァ |
あんたをからかってただけよ!ハッハッハ・・・・・・何、その気になってんのよ!バカね、何様のつもりよ!! ア――ハッハッハッ!!! |
111 |
庭師 |
あなたは・・・・・・ |
112 |
N |
庭師の男は、のけぞって高笑いをするエヴァから目を背ける。 |
113 |
庭師 |
あなたは、本当に寂しい人だ・・・ |
114 |
エヴァ |
ハッハッハ!あんたもねえ! アーハッハッハッ!! |
115 |
庭師 |
・・・クリスマスの日、家で娘とパーティをやります。よかったら来て下さい。では。 |
116 |
N |
そう言い残した庭師は部屋を出て行った。 |
117 |
エヴァ |
クックックックッ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・。 |
118 |
N |
残されたエヴァは、扉が閉まったと同時にピタリと笑うのをやめ、扉のほうを見る。 少し赤くなった寂しそうな目だった。 |
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119 |
コレッタ |
すごいじゃない、このごちそう!! |
120 |
N |
やってきたクリスマス――― 庭師の家ではささやかなパーティの準備が進められていた。 できないなりに最高の腕を振るったであろう料理が、テーブルの上に所狭しと並べられている。 |
121 |
コレッタ |
全部、お父さんがつくったの? |
122 |
庭師 |
ハハ、味は保証できないがね。 |
123 |
コレッタ |
でも・・・二人分にしては多すぎない!? |
124 |
庭師 |
あ・・・・・・そ・・・そうか? |
125 |
コレッタ |
あ!! |
126 |
庭師 |
ん? |
127 |
コレッタ |
お母さんが、帰ってくるんだ!! |
128 |
庭師 |
あ。・・・・・・コレッタ・・・・・・。 |
129 |
コレッタ |
そうなんだ!!ねっ!!そうなんでしょ!? |
130 |
N |
コレッタは庭師の手をとってはしゃぎまわっている。 するとそこへ、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。 |
131 |
コレッタ |
あ・・・!お母さん、帰ってきた!! |
132 |
N |
コレッタは玄関へ一目散に駆けていく。 しかし、後ろからゆっくりと追う庭師の表情は重かった。 エヴァが来てくれるのは確かに嬉しいが、コレッタが彼女を見たときにどんな表情をするだろうか。 そしてその扉が開かれた。が、その光景に庭師は目を疑った。 |
133 |
コレッタ |
ママー! |
134 |
庭師 |
え!? シャ・・・・・・シャルロッテ・・・・・・・・・ |
135 |
シャルロッテ |
あなた、ごめんね・・・・・・。ごめんね・・・・・・ |
136 |
N |
そのころエヴァは、庭師の家近くを颯爽と歩いていた。手には、リボンでラッピングされたプレゼントの箱がある。 やがて家に到着し、玄関の前に立つ。が、ふと思いつき、先に窓から中を見てみることにした。 窓枠の端から遠慮がちに覗き込むエヴァ。 しかしそこにあったのは、自分の到着を待つ食卓ではなく、父母娘3人の暖かな団欒であった。 エヴァの手にあったプレゼントはグシャグシャに潰され、彼女の顔からは、先ほどの笑顔が消え去った。 |
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137 |
エヴァ |
何がミモザよ!何がバラよ!何が美しい庭よ! |
138 |
N |
燃え盛る豪邸を背景に、エヴァ・ハイネマンが歩いてくる。 庭木を含めて、ハイネマン邸のすべてが燃えている。 |
139 |
エヴァ |
すべて燃えてしまえばいいわ!!何もかも!! 燃えろ!!燃えろ!!燃えろ――――!! |
140 |
N |
エヴァの怒りを具現化したような業火は、クリスマスの夜の空を真っ赤に染め上げていた。 |