CHAPTER.24 残された男 | 台本リスト | CHAPTER.26 ビー・マイ・ベイビー

MONSTER CHAPTER.25 残された女
原作
浦沢直樹
上演時間目安
15分
総セリフ数
140
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001

N

とある邸宅の庭―――――

男が一人、泥だらけになりながら庭木の手入れをしている。

002

庭師

ふ――――・・・!

003

N

ひと仕事を終えた庭師が額の汗をぬぐったとき、豪邸の大きな扉が開き、男女が出てきた。
二人は玄関の前で抱き合い、キスを交わすと、この屋敷の主エヴァ・ハイネマンが男を送り出した。

004

エヴァ

安っぽい男・・・・・・

005

N

先ほどまでの猫なで声とは対照的な、冷え切った声だった。
思わずエヴァの方を凝視してしまっていた庭師は、あわてて作業に戻る。

006

エヴァ

あなた、また、私のこと見てたでしょ!?いつも違う男を連れ込んでるのが、気になる?

007

庭師

い・・・いえ・・・・・・。

008

エヴァ

あなたも、あやかりたいって思ってるんでしょ。

009

庭師

そ、そんな。

010

エヴァ

いやらしい!

011

庭師

そ・・・そんな、私はただ・・・・・・

012

エヴァ

―――あら、きれいになったわね。

013

庭師

!!

014

エヴァ

あたし、この庭が好きなの・・・・・・。こうして庭をボーッと眺めていると、いやなことも忘れそう。

015

庭師

ハハハ・・・気に入っていただいてよかった!
あ・・・ここにはミモザを植えます。あと・・・・・・向こうにはバラのアーチを造ります。
夏になればそりゃあ美しく・・・・・・

016

エヴァ

案外。あなたみたいな人ならできるのかもね。

017

庭師

え・・・・・・?

018

エヴァ

・・・・・・あたしのこと、幸せにする自信ある?

019

N

一日の仕事を終え家に帰った庭師の男は、一人娘と食卓につく。
娘は何かを話し続けているが、エヴァの昼の言葉を気にする庭師には届かない。

020

コレッタ

・・・ねえ、聞いてるの?お父さん。

021

庭師

・・・・・・・・・。

022

コレッタ 

ねえ、お父さんってば・・・!

023

庭師

え・・・え?
ああ・・・・・・ど、どうだった?今日のお父さんの料理は?けっこういけるようになってきたろ?

024

コレッタ

あたしの話なんか、全然聞いてないんだから・・・・・・。
そんなことだから、お母さん、他の男の人のところに行っちゃ・・・・・・
あ・・・・・・、ごめん。

025

庭師

い・・・・・・いや、いいんだ・・・・・・

実はな、コレッタ・・・・・・

026

コレッタ

ん?

027

庭師

お父さんに、もし・・・・・・その・・・・・・。す・・・・・・好きな人が・・・・・・

028

コレッタ

え!?

029

庭師

あ・・・・・・いや、な・・・なんでもない!
アハハハ・・・!やっぱりおいしくないな、今日の料理も。

030

コレッタ

悪くないよ。

031

庭師

そうか、悪くないか。

032

コレッタ

お母さんが出てった頃に比べたらね!

---

033

エヴァ

悪いわね。庭師のあなたに、電球交換までさせて。

034

庭師

いえ、こんなこと・・・・・・なんでもありませんよ。

035

エヴァ

使用人が次から次に暇をくれって、出て行ってしまうのよ。新しい人が決まるまで、いろいろお願いね。

036

庭師

ハハハ。私でよかったら、なんでもおっしゃってください。

037

N

エヴァは、庭師の方を微笑みながらじっと見ている。
庭師は黙々と作業をしていたが、視線がくすぐったくなり口を開いた。

038

庭師

な・・・・・・何か?

039

エヴァ

・・・・・・どう?今晩、食事でも。

040

庭師

え!?あ・・・・・・いや、は・・・はあ。

041

N

庭師は、背を向けて部屋を出て行くエヴァを顔を赤くして眺めていた。
その日の夜は約束どおり、エヴァとの食事となった。
庭師も、いつもの仕事着とは違ってスーツを着用している。

042

エヴァ

手、震わして・・・。何、緊張してるのよ?

043

庭師

は・・・・・・はあ、こういう高級なところは不慣れで・・・・・・

044

エヴァ

あたしにふさわしい男になりたかったら、どんな所でも堂々となさい!
庭で仕事をしている時のようにね!

045

庭師

は・・・・・・はあ。
そ・・・そうなんです。庭にいる時は、本当に自分に自信が持てるんです。
思い描いた庭に仕上がった時は、そりゃあうれしくて・・・・・・。私は庭にいるときが一番好きです!

046

エヴァ

ふーん。

047

庭師

庭が好きな人に悪い人はいません。あなたも、あの庭が好きだとおっしゃってた・・・。

048

エヴァ

あたしもいい人だって言うの?

049

庭師

はい、もちろん!

050

エヴァ

クックックッ・・・

051

庭師

ただ・・・・・・

052

エヴァ

ん?何よ!?

053

庭師

いや、その・・・あなた・・・・・・寂しそうだ・・・・・・

054

エヴァ

・・・・・・・・・。
あなたもね!

055

庭師

え?

056

エヴァ

ウェイター!ワイン、もう一本!

057

庭師

あ・・・あの、ちょっと飲みすぎじゃあ・・・

058

エヴァ

あなたも、・・・・・・寂しいんでしょ?

059

N

食事を終えた庭師は家に帰らず、二人でエヴァの家―――ハイネマン邸に戻った。

午後2時ごろ、庭師は同じベッドで眠っているエヴァを残し、服を着始めた。

060

エヴァ

ん・・・

061

N

すると、後ろからエヴァの声が聞こえる。

062

庭師

!!
あ・・・・・・起こしてしまいましたか・・・すみません。娘が心配していると思いますので・・・・・・

063

エヴァ

ん・・・・・・ん・・・・・・

064

庭師

あ・・・・・・、寝言か・・・・・・。

065

エヴァ

ん―――・・・・・・、ケンゾー・・・・・・・・・ケンゾー・・・・・・

066

庭師

・・・・・・・・・。

067

N

一夜を共にした女は、自分とは違う誰かの名を口にしていた。

---

068

N

夜の繁華街――――

庭師が娘と二人で買い物をした帰り道。

069

庭師

うわ――!綺麗なイルミネーションだ。・・・もうすぐクリスマスだなあ、コレッタ。

070

コレッタ

今年のサンタは、ムリしなくていいからね!

071

庭師

おいおい、おまえはそんなこと気にしなくても・・・・・・

072

コレッタ

二人っきりでクリスマスパーティなんて寂しいだけよ。ムリしなくていいからね!

073

N

少女がつんけんな態度で返してくる。しかし庭師は笑顔だった。

074

庭師

いや、もしかすると二人っきりじゃないかもしれないぞ――。

075

コレッタ

え?

076

N

翌日、いつものようにハイネマン邸に来た庭師は、今日は家の掃除までしていた。
エヴァの居室を丁寧に拭いていると、サイドチェストの写真立てが目に付いた。

077

庭師M

(これは・・・・・・、誰だろう・・・・・・。)

078

N

アジア系の男がエヴァと一緒に写る写真だ。

079

エヴァ

(酔って)その男が、あたしの人生を狂わせたのよ。

080

庭師

081

N

庭師があわてて振り返ると、いつの間にかエヴァが、部屋の入り口にもたれかかるようにして立っていた。
手にはウィスキーの瓶がある。

082

庭師

す・・・すいません。ちょっと掃除を・・・・・・

083

エヴァ

名前はケンゾー・テンマ。あたしの元フィアンセ。

084

庭師

あ・・・・・・。ま・・・またこんな時間から飲んで・・・・・・。

085

エヴァ

飲まずにいられますか!!
今、ヴァイスバーデンのBKAに行ってきたのよ。ルンゲという警部に会いにね!!

086

庭師

BKA・・・・・・連邦捜査局・・・・・・?警部・・・・・・?

087

エヴァ

あの男、無能なくせに、私を門前払いしたのよ!!連中はいつになったら、テンマを逮捕できるのよ!!

088

庭師

逮捕・・・・・・?

089

エヴァ

テンマは・・・、あたしの父親を殺して逃げたのよ!!あいつはぬれぎぬとか言ってるけど、ふざけるんじゃないわ!!
大病院の院長の娘として、将来を約束されてたのに・・・!!三度の結婚の失敗だって、あいつのせいよ!!

何がヨハンの仕業よ!!

090

N

エヴァはサイドチェストの本棚からアルバムを取り出すと、庭師に突き出す。

091

エヴァ

これを見なさいよ!!この写真、父と一緒に写ってる、この包帯巻いた男の子がヨハンよ!!
こんな子供が、父を殺せると思う!?

092

庭師

テンマ本人がそう言ってるんですか?

093

エヴァ

ふん!くだらない言い逃れよ!!

094

庭師

この写真、警察に提出したんですか?

095

エヴァ

するわけないでしょ!何言ってんの、あんたまで!!

096

庭師

重要な証拠に、なるかもしれないじゃないですか!!

097

エヴァ

やったのはテンマよ!!ルンゲ警部の言う通り、テンマは二重人格なのよ!!

098

庭師

・・・それなら・・・・・・

099

エヴァ

100

庭師

それならなぜあなたは、彼の写真をこうして飾っているんですか?
あなたは心の底では、テンマを犯人じゃないと思ってる!!

101

エヴァ

な・・・・・・!!

102

庭師

そしてまだ、テンマのことを・・・・・・

103

エヴァ

はっ!・・・・・・メロドラマの見すぎじゃないの?

この男はね・・・、今まであたしが知り合った中で、もっともあたしにふさわしい男だったのよ。
天才とまで言われたエリート脳外科医・・・、肩書きは十分だったわ・・・・・・。それになにより、この男はあたしにさからわなかった。
あたしのわがままを、すべて聞いてくれたわ!!
イエス、イエス、イエス!!すべてにイエスと言う男だったわ。
この男が、あたしを世界一幸せにしてくれるはずだったのよ!!

104

庭師

・・・・・・私じゃ・・・、彼のかわりはできませんか?
一生、あなたのために、庭を造ってもいい・・・・・・。あなたの心が安らぐなら・・・・・・

105

N

エヴァはまくし立てる口をとめ、一瞬、庭師の目を見る。
しかし、突然床に膝をつくとうつむいてしまった。垂れた髪で表情は見えない。
やがてその体が、小刻みに震え始める。

106

エヴァ

ククッ・・・・・・

107

庭師

108

エヴァ

クックックッ・・・ハハハハハ・・・・・ア―――ハッハッハッハッ!!一度抱いたくらいで、いい気になるんじゃないわよ!!
あんたなんか、ただの退屈しのぎに決まってるでしょ!!

109

庭師

なっ・・・・・・

110

エヴァ

あんたをからかってただけよ!ハッハッハ・・・・・・何、その気になってんのよ!バカね、何様のつもりよ!!
ア――ハッハッハッ!!!

111

庭師

あなたは・・・・・・

112

N

庭師の男は、のけぞって高笑いをするエヴァから目を背ける。

113

庭師

あなたは、本当に寂しい人だ・・・

114

エヴァ

ハッハッハ!あんたもねえ!
アーハッハッハッ!!

115

庭師

・・・クリスマスの日、家で娘とパーティをやります。よかったら来て下さい。では。

116

N

そう言い残した庭師は部屋を出て行った。

117

エヴァ

クックックックッ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・。

118

N

残されたエヴァは、扉が閉まったと同時にピタリと笑うのをやめ、扉のほうを見る。
少し赤くなった寂しそうな目だった。

---

119

コレッタ

すごいじゃない、このごちそう!!

120

N

やってきたクリスマス―――
庭師の家ではささやかなパーティの準備が進められていた。
できないなりに最高の腕を振るったであろう料理が、テーブルの上に所狭しと並べられている。

121

コレッタ

全部、お父さんがつくったの?

122

庭師

ハハ、味は保証できないがね。

123

コレッタ

でも・・・二人分にしては多すぎない!?

124

庭師

あ・・・・・・そ・・・そうか?

125

コレッタ

あ!!

126

庭師

ん?

127

コレッタ

お母さんが、帰ってくるんだ!!

128

庭師

あ。・・・・・・コレッタ・・・・・・。

129

コレッタ

そうなんだ!!ねっ!!そうなんでしょ!?

130

N

コレッタは庭師の手をとってはしゃぎまわっている。
するとそこへ、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。

131

コレッタ

あ・・・!お母さん、帰ってきた!!

132

N

コレッタは玄関へ一目散に駆けていく。
しかし、後ろからゆっくりと追う庭師の表情は重かった。
エヴァが来てくれるのは確かに嬉しいが、コレッタが彼女を見たときにどんな表情をするだろうか。
そしてその扉が開かれた。が、その光景に庭師は目を疑った。

133

コレッタ

ママー!

134

庭師

え!?
シャ・・・・・・シャルロッテ・・・・・・・・・

135

シャルロッテ

あなた、ごめんね・・・・・・。ごめんね・・・・・・

136

N

そのころエヴァは、庭師の家近くを颯爽と歩いていた。手には、リボンでラッピングされたプレゼントの箱がある。
やがて家に到着し、玄関の前に立つ。が、ふと思いつき、先に窓から中を見てみることにした。
窓枠の端から遠慮がちに覗き込むエヴァ。
しかしそこにあったのは、自分の到着を待つ食卓ではなく、父母娘3人の暖かな団欒であった。

エヴァの手にあったプレゼントはグシャグシャに潰され、彼女の顔からは、先ほどの笑顔が消え去った。

---

137

エヴァ

何がミモザよ!何がバラよ!何が美しい庭よ!

138

N

燃え盛る豪邸を背景に、エヴァ・ハイネマンが歩いてくる。
庭木を含めて、ハイネマン邸のすべてが燃えている。

139

エヴァ

すべて燃えてしまえばいいわ!!何もかも!!
燃えろ!!燃えろ!!燃えろ――――!!

140

N

エヴァの怒りを具現化したような業火は、クリスマスの夜の空を真っ赤に染め上げていた。

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