CHAPTER.25 残された女 | 台本リスト | CHAPTER.27 ゲーデリッツ教授

MONSTER CHAPTER.26 ビー・マイ・ベイビー
原作
浦沢直樹
時間
20分
総セリフ数
114
LINK
キャラクター紹介へ




001
N
ドイツ・フランクフルト―――――
歓楽街はネオンと街灯とで彩られ、盛りの時間を迎えていた。

その一角にあるバー"キャンディー"の扉が開き、一人の女性が入ってくる。
男達の視線が一斉に集まるが、女と言えばその視線を空気ほどにも思っていないのか、人並みを通り抜け一直線にカウンターについた。
002
見ない顔だな。
商売やりてぇんだったら、州の許可をとりな。もぐりの売春婦は迷惑だ。
003
ニナ
合法的にやってたら、稼ぎが少ないのよ。
004
ふん、とっとと帰りな。
005
N
そんな周りの男を無視し、タバコに火をつける。
006
ニナ
"あの人"の許可があれば、いいんでしょ?会わせてよ。
007
あの人?なんのことだ?
008
ニナ
会わせてくれるまで、何度でも来るわ。
あの・・・"赤ん坊"って男に・・・・・・
009
N
そう言って煙を吐いた真っ赤なボディコンシャスに身を包んだ女。
名をニナ・フォルトナーという。
---
 
 
010
ネオナチA
ジークハイル!!われらがドイツに栄光あれ!!
011
N
町からは妖しいネオンの光が消え、代わって爽やかな陽光がそれを照らしている。
そんな時間にもかかわらず、とあるバールの隅では髪を刈り上げた男たちが音頭をとって乾杯をしていた。
そこへ一人の東洋人の男が入ってくる。
男たちはねめつける様な視線を向けた。
012
テンマ
ビールください。
あと・・・ちょっと聞きたいことが・・・・・・
013
ネオナチB
おい。
お前みたいなのに飲ます酒は無いとよ・・・なあ、マスター。
014
N
ビールをあおっていた男たちが東洋人―――テンマをを取り囲む。
015
ネオナチA
おまえ、何人だ?あぁ?
016
ネオナチB
ベトナム人(フィジー)か?トルコ人か・・・?
017
ネオナチA
ま、なんにしろ、われら優秀な民族ではないことは確かだ。
ここはお前みたいな下種野郎の来る所じゃねえんだよ!!
018
N
大柄な男が背後からテンマの手を捻りあげようとした。
が、テンマは極められる前に男の足を踏みつけ、逆に男の背中に回りこむ。
その手にはボールペンが握られ、大男の首筋に押し付けられた。
019
ネオナチB
なんだ、コラー!!殺すぞ!!
020
テンマ
ここが頚動脈だ。
ボールペンでも、正しい位置をひと突きすれば命とりになる。
021
ネオナチB
なんだとォ―――!!
022
ネオナチA
や・・・やめろォ!!

・・・・・・や・・・やめろ、こいつマジだ・・・・・・
023
テンマ
私は別に、君らのようなネオナチに興味はない。
私は、メスナーという男を捜しているだけだ。
024
ネオナチB
・・・・・・・・・。
025
テンマ
知っているはずだ、このあたりの売春宿で用心棒をしている男だ!!
026
ネオナチB
ふん・・・・・・知らねえなぁ。
027
N
テンマの手に力が加わる。ネオナチの首筋から少量の血が滲んだ。
028
ネオナチA
あ・・・・・ああ!!
そいつ・・・そいつなら今、裏手から出てったよ。最近、誰かに追われてるって言ってた!!
029
テンマ
どこへ行くと言ってた?
030
ネオナチA
え・・・・・・駅だ。
031
テンマ
・・・・・・・・・。よし。そのまま歩け!
032
N
テンマはネオナチの男を引きずったまま入り口のドアまで後ずさる。
そして男の背中を蹴りつけると、踵を返してバールをとびだした。
033
ネオナチB
あ!!野郎!!
034
ネオナチA
くそぅ・・・追え!!殺せェ――!!
035
N
息巻いてテンマを追うネオナチたち。中にはナイフを握っている者もいる。
しかし、ひとつ角を曲がったところでその全員がピタリと動きを止めた。
テンマと、その手にある銃がまっすぐ男たちを捉えていた。
036
テンマ
気をつけたほうがいい!弾は人数分入っている。
---
 
 
037
N
フランクフルト中央駅―――
038
N(駅アナウンス)
五番線より、アムステルダム行き特急列車が発車します!
039
N
大きな講堂のようなホームの片隅。そこに50前後のひどくやせた顔つきの男がベンチに座っている。
男の目は、小動物のそれのようにせわしなく右左へ動き回り、コートを着た体もこころなしかカタカタと震えていた。
と、そのベンチに別の男が座った。
040
メスナー
お・・・遅いじゃないか・・・・・・。早くブツをくれ!
041
テンマ
・・・・・・・・・。
042
メスナー
早くくれよ!!・・・・・・!!
043
N
下を向いていた顔を上げ、後から座った男を見る。結果、元々落ち窪んでいた目がさらに見開かれることとなった。
044
テンマ
久しぶりですね、メスナー刑事。
045
メスナー
ド・・・・・・!Dr.テンマ!
046
テンマ
そう、あなた方・・・・・・あの時も私のことをそう呼んだ・・・・・・
初対面で、私の職業を聞いてもいないのにね。

でも、今はもう"元"ドクターですよ。
047
N
淡々と話すテンマは懐から新聞の切抜きを取り出す。
048
テンマ
そういえば、あなたも元刑事でしたね。
"現職刑事、麻薬疑惑で免職"・・・・・・
この・・・・・・半年前の記事を見つけた時は、びっくりしました。

おっと、立ち上がらないほうがいい!上着の中で、銃口はそっちに向いてますから・・・・・・
049
メスナー
・・・・・・・・・!!

な・・・なんの用だ!?
050
テンマ
10か月前、ハイデルベルクであなたがやったこと・・・・・・
そしてそれを、誰に依頼されたのか聞きたいんです。
051
メスナー
お・・・・・・俺は、知らないよ。
052
テンマ
あなたはフォルトナー夫妻とマウラー記者の命を奪った!!
053
メスナー
俺はやってない!!
俺は見張りをやっていただけだ!!
やったのは・・・相棒のミュラーだ!!
054
テンマ
そのミュラー刑事もあの直後、警察を辞めていますね。
055
メスナー
あ・・・・・・ああ・・・・・・
あいつはたんまり金をせしめて、うまくやっているらしい・・・
056
テンマ
あなたのほうは、麻薬でお金を使い果たして、このありさまというわけですか?
057
メスナー
あいつが依頼を受けて、あいつが殺人を実行し、あいつのほうが多額の報酬を受けてるんだ!!

現に俺は・・・口封じのために誰かに命を狙われたこともあるんだ・・・・・・
058
テンマ
よく助かりましたね。
059
メスナー
ある組織に助けられたからな・・・・・・
060
テンマ
ある組織・・・・・・?
061
メスナー
もういいだろ!!許してくれ、この前だって俺はしゃべりすぎたんだ!!
062
テンマ
この前・・・・・。誰に?
063
メスナー
ああ〜〜!!!もうほっといてくれ!!
俺は今それどころじゃないんだ!!
064
テンマ
・・・・・・禁断症状ですね。

私がここに座っている間は、麻薬の売人もあなたによりつかないでしょう。
知っていることを早くしゃべったほうがいい。
065
メスナー
だ、だから、俺は"赤ん坊"に助けられたんだ!!
066
テンマ
"赤ん坊"・・・・・・?
067
メスナー
キャンディって酒場に行け!そいつに会える!
068
テンマ
その"赤ん坊"って何者ですか?
069
メスナー
あ゙―――!

極右の大物だよ。「純粋ドイツ民族党」と「変革と前進党」・・・二つの幹部を兼業している・・・・・・
"赤ん坊"は、壁が壊れてから東側・・・・・・ドレスデンに行き、純粋なドイツ人だけの町を作ろうとしたが、失敗してまたこっちへ戻ってきた男だ。
070
テンマ
その男が、なぜあなたを助けたんです。
071
メスナー
・・・・・・闇だ・・・
072
N
メスナーは頭を抱え、地面をうつろに見つめる。
073
メスナー
ベルリンの壁が壊れてから・・・大きな闇が生まれた・・・・・・

怪物が・・・・・・生まれたんだ・・・・・・・・・
074
テンマ
・・・・・・・・・。
075
メスナー
もう行ってくれぇ!!あとは全部、あの娘に話した。
076
テンマ
あの娘って・・・・・・?
077
メスナー
銃つきつけて、復讐にきやがったんだ、あの娘!!俺たちが殺した夫婦の娘だよ!!
078
テンマ
!!
アンナが・・・・・・いや、ニナ・フォルトナーが来たのか!?
079
N
テンマはメスナーのコートの襟元をつかみ、揺さぶる。
080
メスナー
"赤ん坊"に言われたんだ。もし、あの娘が現れたら、自分のところへ来るようにしむけろって!
あの娘は・・・・・・大事な餌だって・・・・・・
081
テンマ
大事な・・・・・・餌!?
082
メスナー
"赤ん坊"はこう言ってたよ。
この国は第二のヒトラーが生まれれば大丈夫だって・・・・・・

あの女は、その餌なんだ。
083
テンマ
・・・・・・!
ニナ!!
---
 
 
084
N
酒場・キャンディ―――

メスナーの言葉にあったそのバーには、テンマの探す女性、ニナ・フォルトナーがいた。
そこに派手な柄のシャツを着た男が声をかけてくる。
085
毎晩、根気よく現れるじゃねぇか。
なんなら、俺がいい値で買ってやってもいいぞ。
086
N
ニナに擦り寄り、お尻に手を回そうとする男。
087
ニナ
触らないでよ。
"赤ん坊"に無許可で商売したら、痛い目にあうって言ったのはそっちよ。
088
!!
チッ!おとなしくしてりゃ、つけあがりやがって!!
089
N
その男の手を振り払うと、逆上した男は髪をつかんでくる。
ニナはひるむことなく男を睨み返した。
090
なんだァ、その目つきは!?
091
N
ニナの顎をつかみあげる男。しかしその肩に別の男の手が置かれ、あわてて手を離すことになる。
092
部下
おい。
"赤ん坊"に会いたいってのは、この娘か?
093

あ・・・・・・はい。
094
部下
こちらへどうぞ。
095
ニナ
・・・・・・・・・。
096
部下
・・・こちらへどうぞ?
097
N
後から来た総髪の男に連れられて来たのは、統一感のない調度品が所狭しと置かれた怪しげな部屋だった。
部屋の中央にはウジャトの目の文様をあしらった絨毯が敷かれている。
男はそこを指差す。
098
部下
そこで待ってください。
099
ニナ
え・・・・・・
100
部下
その印の上で立っていてください。
あ、だめだめ・・・その上、そうそう。
101
N
ニナの立ち位置を見届けた男は、部屋の隅にあったレコードをかける。
ニナが一瞬驚くほどの重低音が部屋に響いた。
奥のカーテンの陰からそのリズムに合わせて何者かが出てきた。
102
赤ん坊
んー、知ってますか?この曲。
103
ニナ
・・・・・・・・・。
104
赤ん坊
ロネッツの"ビー・マイ・ベイビー"ですよ。
ニナ・フォルトナーさん。
105
N
入ってきた男はフィンガースナップをしながらクネクネと体を揺らしている。
派手なチェックのブレザーに蝶ネクタイ。しかしさらに目を引くのは、ニナの胸の辺りまでしかないその身長だった。
106
赤ん坊
なんでも知ってますよ。またの名を、アンナ・リーベルト・・・
でもどれも、本当の名前じゃない。
名前なんて堂でもいいものです。私は"赤ん坊"ですものね。さあ、踊って踊って!
107
ニナ
あなたは、兄の居場所を知ってるって聞いたわ。
108
赤ん坊
ああ、ヨハンか・・・・・・
いい名前だ。
109
ニナ
知っているのね!?
110
赤ん坊
そんなかっこうまでして、お兄さんにあってどうするんですか?
111
N
ニナはバッグから素早く拳銃を取り出し掲げた。
112
ニナ
殺さなきゃいけないの。
113
赤ん坊
おおぅ・・・そんな物騒なもの、ふりまわさないでくださいよ。

大丈夫。ヨハンは必ずあなたに会いに現れますよ。
114
N
容貌とは裏腹に、やはり裏の世界に生きてきた男なのか。全く動じずに踊り続ける"赤ん坊"。
あせる自分とは全く違うペースで流れる世界に、ニナは苛立ちを押えきれずにいた。

CHAPTER.25 残された女 | 台本リスト | CHAPTER.27 ゲーデリッツ教授