原作
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浦沢直樹 |
時間
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20分 |
総セリフ数
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143 |
LINK
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★キャラクター紹介へ |
001
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ヘッケル
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この辺はガキの頃住んでたからよ、裏の路地まで知りつくしてんだ。 |
002
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N
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まだ幼い少年と背の低い小男が、夜の街を連れ立って歩いている。 少年はサッカーボールを、小男は織物の絨毯を大事そうに抱えている。 |
003
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ディーター
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うわ――、トルコのサッカー選手だ。ガラタサライのハカン選手のポスターだよ! |
004
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ヘッケル
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おいガキ、よそ見してねぇでちゃんとついてこい! この先に古物商がある。そこでこの絨毯を金にかえるんだ。 |
005
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ディーター
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なんだ、お金ないの?ヘッケルのおじさん・・・・・・ |
006
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ヘッケル
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うりせぇな、おまえの晩メシ代を何とかしてやろうってんだ・・・・・・ありがたく思・・・ ありゃ? |
007
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N
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街の奥まで進んできたヘッケルたちの目に写ったもの。 ドネルケバブの店、 |
008
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ヘッケル
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ありゃりゃ? |
009
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N
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街行く口ひげを生やしたトルコ人。 |
010
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ヘッケル
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うは〜〜〜。 |
011
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ディーター
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どうしたの、おじさん? |
012
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ヘッケル
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なんてこった・・・・・・ここら一帯、トルコ人街になっちまってら! |
013
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N
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トルコ人街の絨毯屋。 |
014
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絨毯屋店主
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こりゃあ、ニセ物だな。 |
015
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ヘッケル
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何言ってんだ、よく見ろよ!この柄、この肌ざわり、どう見ても手織りのシルクだ。 |
016
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絨毯屋店主
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こりゃ、化繊だよ。ま、かわいそうだから、100マルクでひきとってやってもいいぜ? |
017
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ヘッケル
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あ―――、これだからいやなんだ。前のドイツ人の店主なら、1万マルクは払ったぜ! |
018
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絨毯屋店主
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そんなら、もって帰りな。 |
019
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ヘッケル
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っ!後になって、本物だったからゆずってくれって言ったって知らねぇぞ!! |
020
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絨毯屋店主
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本物ってのはこういうのを言うんだ。 |
021
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N
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絨毯屋店主は後ろを向くと、壁に飾ってある一枚の絨毯を指した。 |
022
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絨毯屋店主
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ヘレケ産の100%シルクの絨毯だ。近くに寄って見てみな、細かい柄まで手抜きがない・・・ |
023
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ヘッケル
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・・・・・・・・・。 |
024
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絨毯屋店主
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15万マルクだ。 |
025
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ヘッケル
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けっ!どうせニセ物だ!!この絨毯が本物に見えねえような観察眼じゃな!! 帰るぞ、ディーター。 |
026
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ディーター
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あ、待ってよおじさん。 ねえ・・・・・・おなかすいたよ・・・・・・ |
027
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ヘッケル
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本物だ・・・・・・ |
028
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ディーター
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え? |
029
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ヘッケル
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あの絨毯・・・本物だ・・・・・・。 百年前、オスマントルコ後期の、正真正銘の上物だ!! あれが15万マルクだって?バカ親父め!!出すとこに出しゃあ、80万マルクの代物だぞ! |
030
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ディーター
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ねえ、なんか食べようよ・・・ |
031
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ヘッケル
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うるせえ!あの絨毯を俺の物にすれば、高い料理が食い放題だ!! |
032
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ディーター
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物にするって、どうやって? |
033
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ヘッケル
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へっへっへ・・・まかせときな。 |
034
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ディーター
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じー・・・・・・・・・。 |
035
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ヘッケル
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?な・・・・・・なんだよ、その目は!? |
036
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ディーター
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どろぼうだ!! |
037
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ヘッケル
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わ・・・・・・バカ!!こ・・・声がでかいよ、このガキ!! |
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038
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N
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酒場キャンディー前――――― 近くの路地の影から入り口の様子を伺う男の姿がある。 ここに目的の女性ニナ・フォルトナーがいると聞いてやってきた、テンマだった。 慎重に観察し、頃合いだとふんだテンマは路地から飛び出そうとする。 が、そのテンマのコートを細い腕がつかみ引き止めた。 |
039
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テンマ
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!! |
040
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アイシェ
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ちょっと、どうしようっていうのさ。 |
041
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N
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テンマが慌てて振り返ると、ひと目で売春婦だとわかるいでたちの女性が鋭い目つきでテンマを見ていた。 |
042
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テンマ
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悪いが、客ならほかをあたってくれ。 |
043
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アイシェ
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そうじゃないよ。 あんたみたいな黄色い肌の東洋人がこのキャンディーなんて店にのこのこ入っていったら、殺されちまうかもしれないんだよ。 ここは、右翼の巣なんだからね! |
044
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テンマ
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・・・・・・・・・。 君こそトルコ人だろ?こんなところで商売してて大丈夫なのか? |
045
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アイシェ
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バカ言ってんじゃないよ。こんな路地裏のゴミ捨て場で商売するかい!! ・・・あたしの友達が、ここの連中に連れ去られちまったんだよ。 |
046
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テンマ
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え!? |
047
|
アイシェ
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なんかその子、連中の知られちゃまずい秘密を知っちまってさ・・・ |
048
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テンマ
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秘密? |
049
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アイシェ
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なんだか知らないよ。でも早いとこ助けてやらなきゃ、今頃、どんな目にあってるか・・・・・・ |
050
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テンマ
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私も、知り合いの女性がこの中にいるんだ。助け出さなきゃならない・・・・・・ |
051
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アイシェ
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どんな子だい?もしかして、ブロンドでロングヘアの子・・・・・・? |
052
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テンマ
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さあ・・・・・・今はどんな髪形をしてるか・・・・・・ |
053
|
アイシェ
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もしその子なら、さっき車で連れていかれたよ。 |
054
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テンマ
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どこに!? |
055
|
アイシェ
|
知らないよ。けど"赤ん坊"もいっしょだったから、やつの屋敷かもね。 |
056
|
テンマ
|
"赤ん坊"・・・・・・ |
057
|
N
|
この酒場のことを語ったミュラーという元刑事の言葉が思い出された。 「"赤ん坊"はこう言ってたよ。この国は第二のヒトラーが生まれれば、もう大丈夫だって・・・・・・。あの女は、その餌なんだ。」 |
058
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テンマ
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その車の車種は?色は!? |
059
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アイシェ
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ま、真っ赤なでかいベンツだよ。 |
060
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テンマ
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よし!とにかくその車を見つけて、あとを追うしかないな! |
061
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アイシェ
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あ・・・・・・あたしの友達も、いっしょに助けてよ!! 頼むよ、あの子、家にまだちっちゃな子供がいるんだ。あの子に何かあったら・・・・・・! |
062
|
テンマ
|
・・・・・・・・・。 |
063
|
アイシェ
|
頼むよ! |
064
|
N
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助けてやりたい。しかし、自分の目的すら達せられる保証もない状態で請け負ってしまっていいものか。 逡巡するテンマだったが、突如その思考は途切れる。 通りを暴走してきた車によってその体が宙を舞った。 |
065
|
アイシェ
|
ひ・・・・・・ ひ―――――ッ!!! |
066
|
N
|
一目散に逃げ出す売春婦。 テンマをはねた車はすぐに停まり、その"赤い大きなベンツ"から降りてきた小さな男がテンマに歩み寄ってきた。 |
067
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赤ん坊
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死んだかぁ?・・・(蹴飛ばす)ふんっ! |
068
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テンマ
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う・・・ |
079
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赤ん坊
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な――んだ、死んでないや!! |
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070
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N
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一方、テンマの捜し求める二ナ・フォルトナーの姿は郊外の邸宅にあった。 |
071
|
部下
|
どうぞこちらです。 |
072
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ニナ
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・・・・・・・・・。 |
073
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部下
|
その前に、コートの中の銃。お預かりしておきましょう。 ・・・はい。ではどうぞ、お入りください。 |
074
|
N
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ニナがコートからワルサーPPKを出し手渡すと、男は部屋の扉を開いた。 中には大きく長い食卓があり、サイドに3脚ずつ、両端に1脚ずつ椅子が置いてあった。 その一番奥の席には、齢七十に達しようかという老人が座りメロンを食べている。 |
075
|
ゲーデルリッツ
|
好きな席にかけて・・・ |
076
|
N
|
その老人はニナのほうを見ずにそういった。 部屋にはメロンを切り分けるナイフとフォークの音のみが響く。 ニナは、老人に向かい合う一番端の席に座った。 |
077
|
ゲーデルリッツ
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"赤ん坊"が連れてきたという娘は君かね。顔を見せてごらん。 |
078
|
ニナ
|
・・・・・・・・・。 |
079
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ゲーデリッツ
|
なかなか、美しい子じゃないか・・・・・・ さすが、ヨハンの双子の妹だ。 |
080
|
N
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老人は、懐から取り出した写真とニナを見比べてそう言った。 そして、自分のタイピンを重し代わりに写真につけると、それをニナに向けて投げた。 |
081
|
ゲーデリッツ
|
私は、ゲーデリッツ教授。その、ヨハンといっしょに写っているのはヴォルフ将軍だ・・・・・・ 他に二人・・・あわせて四人で、私たちは組織を統括している。 果物は?召し上がるかね? |
082
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ニナ
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兄に・・・・・・ヨハンに、会わせて下さい! |
083
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ゲーデリッツ
|
会えるとも・・・君がここにいるとわかれば、彼は必ず現れる。 彼は君が必要なんだ。 |
084
|
ニナ
|
あなた方もヨハンの居所を知らないのね。 |
085
|
ゲーデリッツ
|
私達は、彼を必要としている。 |
086
|
N
|
ゲーデリッツは洋ナシを4つ、密集した四角に並べた。 |
087
|
ゲーデリッツ
|
我々の上に、座ってもらうためにね。 |
088
|
N
|
そして、大きなドリアンをその上―――頂点に乗せた。 |
089
|
ゲーデリッツ
|
ヒトラーがなぜ、あれほどの力を得たか知っているかね? 彼は頭のいい実務家でね。三つのポイントを知っていた。 銀行を抑え、軍需産業をとりこみ、そして軍隊を掌握した・・・・・・ |
090
|
ニナ
|
・・・・・・・・・。 |
091
|
ゲーデリッツ
|
今、ヨハンはその三つのどこかに潜んでいる。どうだい?この推理、正しいと思わないかね? |
092
|
ニナ
|
あなた方は、ヨハンをどうしようと・・・・・・ |
093
|
ゲーデリッツ
|
ただし、ヒトラーがそれを成し得たのは、彼のカリスマ性のお陰だ・・・・・・ ヨハンはどうだね? ヒトラー以上だとは思わないかね? |
094
|
N
|
メロンをひとつ口に運んだゲーデリッツは淡々と続ける。 |
095
|
ゲーデリッツ
|
ヒトラーは、美術学校の受験に失敗し、軍隊でも伍長どまりだった・・・・・・ 彼がカリスマを現したのは、三十歳をすぎてからのことだ。 ところが、ヨハンはどうだね?彼には子供の頃から、怪物的なカリスマがあった。子供のときからのカリスマ・・・・・・まるでイエス・キリストのようじゃないか。 しかし忘れてならないのは、そのイエスの才能を最初に見抜いた東方の三博士とバプテスマのヨハネという素晴らしい四人の存在だ。 我々四人も、子供の頃からヨハンの才能に注目していたんだよ。素晴らしいだろ? 本当に、果物はいらないのかね? |
096
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ニナ
|
私は、どうすればいいの? |
097
|
ゲーデリッツ
|
ここに、しばらくいてほしい・・・・・・ヨハンが、君に会いに現れるまでね。 ・・・逃げるようなマネはしないでほしい・・・・・・君はもう一歩を踏み込んでしまったんだよ・・・・・・ |
098
|
ニナ
|
心配要らないわ。私が望んで来たんだから。 ここで、ヨハンを待つわ。 |
099
|
ゲーデリッツ
|
けっこう・・・・・・さ、果物を召し上がれ。 |
--- | ||
100
|
N
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意識を取り戻したテンマ。全速の車にはねられたダメージは大きく、まともに目を開けるのも辛い。 地下室で裸電球がひとつしかないため薄暗く、自分はといえば固いイスに縛り付けられている。 自分を轢いた張本人、"赤ん坊"の顔が目の前で大写しになる。 |
101
|
テンマ
|
う・・・・・・うう・・・・・・く・・・・・・・・・ |
102
|
赤ん坊
|
気がついたようでちゅね・・・・・・・・ |
103
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テンマ
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(痛みに呻いて)う・・・・・・! |
104
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赤ん坊
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心配いりまちぇんよぉ、骨が折れたりはしてまちぇんからね―――。 この辺りで、何をやってたんでちゅか?テンマ先生(ちぇんちぇい)・・・・・・ |
105
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テンマ
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な・・・・・・なぜ、私のことを知っている? |
106
|
赤ん坊
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こちらが質問してるんでちゅ。あなたはそれに、答えればいいの! 何をやろうとしているんでちゅか? ヨハンを捜し出して、どうしようというんでちゅか? |
107
|
テンマ
|
・・・ニナはどこにいる? |
108
|
N
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問いかけをやめようとしないテンマ。 赤ん坊は手に持ったビリヤードのキューを高く掲げた。 |
109
|
赤ん坊
|
質問しているのは、こっちだと言ってるでちょ!! |
110
|
テンマ
|
ぐは!! |
111
|
N
|
キューの先端がテンマの額をヒットする。 |
112
|
テンマ
|
うぅ・・・・・・ニナを、どうする気だ? |
113
|
赤ん坊
|
質問するなといってるだろうが!! |
114
|
N
|
今度は横薙ぎに一撃。体を固定され勢いを逃がすことも出来ないテンマは、ただ耐える。 "赤ん坊"は、ハンカチでキューの先を磨いている。 |
115
|
赤ん坊
|
ニナは大事なお客様だ。おまえのようなゴミとは違うんだ。 |
116
|
テンマ
|
じゃあ、無事なんだな? |
117
|
赤ん坊
|
今はね・・・・・・でも、あの子はとっても危険・・・ あんなにかわいい顔をしているのに・・・・・・・ヨハンを殺そうとするなんて・・・・・・・ そういう人間は、じきに処分しなくちゃあ・・・・・・ |
118
|
テンマ
|
ニナは、ヨハンを呼び出すまでの道具というわけか!? お前たちは何者だ!?何をしようと・・・・・・ |
119
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赤ん坊
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また質問だ!! おまえのような異人種がぁ! 私たちに質問する資格なんかない!! そういう生意気な態度をとるからぁ! 街ごと焼き払われることになるんだ!! |
120
|
テンマ
|
ぐふぅ!・・・・ま、街ごと・・・・・・!? |
121
|
赤ん坊
|
そう・・・・・・明日の晩は、夜空がきれいに染まるんでちゅ。 明日の夜は、ヨハンを迎える歓迎パーティでちゅ! この世の中には、我々のような優秀な民族だけ生き残ればいいんでちゅ。 あとは、燃えてしまえばいいんでちゅ! |
--- | ||
122
|
N
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ゲーデリッツとの顔合わせを終え、ニナは用意された部屋のベッドに座っていた。 |
123
|
ニナ
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ここにいれば・・・・・・ヨハンに合える・・・・・・ |
124
|
N
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そう自問して、不意にスカートをたくし上げる。 あらわになった太ももに、COP357―――隠し持つのに適した四連装の小型拳銃がテープで巻きつけてあるのを確認するニナ。 その時、金属をたたくような音がごく小さいながら、確実に聞こえた。 |
125
|
ニナ
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? ・・・洗面所・・・・・・? |
126
|
N
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音の元を追って洗面所に入る。さらにたどると、二ナの耳は洗面台の排水溝から出るか細い声を拾った。 |
127
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娼婦
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助けて・・・・・・ |
128
|
ニナ
|
女性の声・・・・・・ |
129
|
娼婦
|
助けてぇ・・・・・・ |
130
|
ニナ
|
あ・・・・・・あなた、誰? |
131
|
娼婦
|
た・・・助けて・・・・・・ |
132
|
ニナ
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あなた、どこにいるの? |
133
|
娼婦
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三階・・・・・・ |
134
|
ニナ
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三階・・・・・・。この上ね・・・ あなた・・・・・・片言のドイツ語ね、どこの国の人? |
135
|
娼婦
|
トルコ人・・・・・・ 私・・・・・・殺される・・・。ここから、逃げ出さないと・・・・・・ |
136
|
ニナ
|
ここの連中に、監禁されているのね・・・・・・? |
137
|
娼婦
|
助けて・・・・・・ |
138
|
ニナ
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・・・・・・・・・。 で・・・でも、あたしはどうしてもここにいなくちゃいけないの・・・・・・ |
139
|
娼婦
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お願い、助けて!!早く知らせないと、私の坊やも死んでしまう・・・ |
140
|
ニナ
|
え・・・・・・ |
141
|
娼婦
|
私・・・・・・奴らの話・・・・・・聞いてしまった・・・ 奴ら、明日の晩火をつける・・・。私達の、トルコ人街を、焼き払おうとしている! |
142
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ニナ
|
!! |
143
|
N
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赤ん坊の組織が企てる、トルコ人街を焼き払う計画。 今それを知る者は、テンマとニナ。この二人をおいて他にはいない。 |