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バガボンド
#62-#76 武蔵と胤舜

原作
井上雄彦「バガボンド」
(吉川英治「宮本武蔵」)
時間
総セリフ数
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N
宝蔵院流槍術二代目胤舜―――
その男に武蔵は敗れた。
木剣木槍の勝負ゆえに命は拾った武蔵であったが、心にしかと"恐怖"を背負った。
その後故あって、武蔵は胤舜に"恐怖"を教えることを条件に、その師胤栄の修行を受けた。
そして今日。胤舜が再び武蔵のもとに来る。
---
 
 
武蔵
ムッ!

・・・寝ちまったのか!?
N
目を覚ました武蔵。その目に写ったのは漆黒の空。
昂ぶりで眠ることなく朝を迎えた武蔵は、いつの間にか寝てしまっていた。
宝蔵院方との約束は刻限を定めたものではなかったが、武蔵は焦った。
武蔵
・・・・・・一日が終わっちまったのか!?
武蔵
・・・・・・・・・。
武蔵
ぶっ!
ぶははははっ!うわっはっはっはっはっ!!

一日生き延びてやがる
ぶぶっ
こっけいな。何だ俺は!?
ぶっはっはっはっはっ!
武蔵
ふぅ・・・・・・
ちっぽけなもんだ

死が運命なら―――それもまたよし
武蔵
相手は俺の出会った最強の男宝蔵院胤舜
最後の相手としては悪くない
うん

有り難い
N
宝蔵院方三名、胤舜、胤栄、阿厳は山中で火を囲んでいた。
そこへひょこりと武蔵が顔を出す。
阿厳
あっ!?
武蔵
あっ、いた!!
胤舜
武蔵!!
武蔵
・・・・・・・・・。
胤舜
・・・・・・・・・。
武蔵
すまぬ
今まで寝過ごしてしまった
許してくれ胤舜
阿厳
!!
胤舜
わっはっはっはっはっ!!
ホラ師匠、逃げたんじゃなかったでしょ!!
胤栄
ム・・・
胤舜
な、阿厳!!
阿厳M
(にしても今まで寝てただと!?
 図太いのか阿呆なのか)
N
胤舜は立ち上がると数度屈伸をした。
そして木に立てかけてある得物を手に取り、武蔵に示した。
胤舜
これは我が師胤栄から譲り受けた宝蔵院流十字槍(じゅうじそう)
胤栄
にゃむ
胤舜
これを使うが、よいか?
武蔵
どうぞ
胤舜
・・・・・・どうやら準備は出来ているようだ
武蔵
いざ!!
N
それぞれ武蔵は木剣、胤舜は刃を持った十字槍を構えじりじりと間を空ける。
少し離れ、胤栄と阿厳が見守る。
対峙始まらんとするとき、胤栄が静かに口を開いた。
胤栄
そのままでよい
武蔵
わしは僧である故ひとつ聞いておかねばならぬ

死んだ場合、骸はどこへ
武蔵
!!
武蔵M
(骸――――――
 骸。それが運命ならばそれまでのこと
 受け入れるまでのこと
 そうだろっ!)
N
武蔵はここに死があることを改めて感じた。
武蔵
!?
N
その時、武蔵の眉間にひとつ影が降り、止まった。
目を凝らすとそれは八本足の生き物。その尻からは一本の糸が天上へ伸びている。
見上げた武蔵は爛漫と輝く星空を見た。
武蔵
・・・・・・骸は
骸はそのままここの土に
阿厳
むっ
胤栄
わかった
この勝負、立会人はこの胤栄が務める

始めよ
武蔵M
(胤舜もまた人なり)
N
かつて人は武蔵を野獣と揶揄した。
すべてに対し殺気を放ち、それ故にすべてを敵となした。
だが今は。
胤栄M
(ほうっ、こりゃ驚いた
 あの不細工な殺気が消えとる)
阿厳
お・・・・おお・・・
胤栄M
(四方八方にぶちまけておったあの殺気を、己の内に収めておるわい)
胤舜M
(炎のゆらめきのせいか
 影の具合か
 それとも後ろの闇のせいなのか)
胤舜
・・・・・・・・・。
胤舜M
(武蔵とはこれほど巨躯の男だったか?)
胤舜M
(でかい

 何かが違う
 この前の武蔵とは)
胤栄
阿厳
阿厳
はっ
胤栄
これよりまばたきを禁ずる
阿厳
――――!!
胤栄
いずれが勝つにせよ一瞬・・・・・・
---
 
 
阿厳
・・・・・・・・・ふぅ
阿厳M
(もうどれだけの時が経ったのか

 動かぬ・・・・・・いや
 動けぬのか?)
N
果たして幾刻過ぎたか。
しかしこの闇にあっては計るものもなし。
阿厳
武蔵は容易には動けんだろう・・・
恐怖の記憶はその体に刻みこまれているはず
それはわかる

だが胤舜はなぜ動かぬ・・・!?
胤栄
阿厳よ
派手な打ち合いでなければ戦いではないか?
阿厳
はっ?
胤栄
にゃむ
せめぎあっておるよ
胤栄
二人の気が、魂が
先を取り合っておる
武蔵M
胤舜M
(ふっ・・・ ふっ・・・ ふっ・・・)
胤舜M
(刮目せよ
 これは新しい武蔵だ

 どうやら俺は寝ている虎を起こした)
N
武蔵の静かな視線を見返す。
胤舜を鳥肌が包んだ。
胤舜
(おっ・・・おお――――っ
 見ろ武蔵
 全身が粟立つぞ!!)
N
胤舜の突きが武蔵の首許を襲う。上体を傾け躱す武蔵。
しかし十字槍の横に出た刃が、武蔵の首を深く捕らえていた。
血が噴き出す。

とは、武蔵の頭のうちの考えである。
武蔵M
(厄介だな
 十字槍とはっ)
N
武蔵が一抹の戦慄を覚えた刹那、胤舜が一歩踏み出た。
武蔵M
(!!

 とらわれるな!

 心が何かにとらわれれば剣は出ない
 見るともなく全体を見る
 それが見るということ)
胤舜M
(この眼・・・・・・!!)
武蔵M
(この満天から見下ろせば

 胤舜も俺も変わりはない)
N
胤舜、半歩下がる。
阿厳
胤舜
阿厳M
(何故そこで退がる!?)
胤栄M
(・・・・・・・・・。)
胤栄
天地自然・・・・・・
阿厳
は?
胤栄
「天地自然に四季のあるように――――
 人間の修行などもまた
 繰り返す四季の如し」

繰り返す・・・・・・四季の如し・・・にゃむ
胤栄
かっかっ
わしらの師の受け売りじゃ
阿厳
胤栄様の・・・・・・師・・・!?
胤栄
にゃむ
武蔵M
(・・・・・・胤舜って・・・わりかし若い
 そんなことに今更気づくとは)
胤栄
辛く苦しい冬を乗り越えれば
新たな生命の芽吹き、力みなぎる春は来る

どうじゃ武蔵
己の身にそれを感じぬか?
N
武蔵は答えなかった。
しかしその顔にははっきりと笑みが見て取れた。
胤舜M
(笑み・・・・・・?)
阿厳
胤舜を前にしてそれほどの余裕があの武蔵に・・・!?
まさか
胤舜M
(おっといかん
 己の中で敵を大きくしてどうする)
胤舜M
(・・・・・・・・・!!

 待て
 待て待て
 強大な相手をこそ、俺は求めてたんじゃなかったのか?

 鬼も恐れぬ
 完全無欠の強さまであとわずかのところまで来たはず

 あと俺に足りないものは
 命のやりとり
 死の淵を垣間見るほどの戦いの経験
 己の命を投げ出さねば超えられぬほどの巨大な敵
 俺の本能が求めるのはそれのみ)
武蔵
・・・・・・・・・
胤舜M
(いいぞこの気の充実
 もはや俺の知る武蔵ではない
 こいつが強大な敵ならば歓んで迎えろ!!)
胤舜
ソエエエエエエッ!!
N
胤舜の喊声がこだまする。やがてその顔にも笑みが浮かぶ。
胤舜M
(この戦いののち
 天地の間に俺に勝る者なし!)
N
得心した胤舜は大きく一歩踏み込む。
受ける武蔵はその幅だけ飛び退る。
武蔵M
(大丈夫だ
 よく見える)
武蔵M
(まつ毛なげえ)
武蔵M
(・・・ただひとつだけ気がかりが・・・・・・)
武蔵M
(気持ちが静かすぎる)
武蔵M
(生涯最強の相手を前にして何だこれは?
 必殺の戦いの最中にいいのかこれで?)
武蔵M
(頭が冷たい)
武蔵M
(うしろの葉っぱまで見えている・・・・・・!!)
胤舜

・・・・・・・・・
胤舜M
(スキだらけのような―――
 一分のスキのないような)
阿厳
・・・・・・恐れながら・・・胤栄様
なぜ武蔵に弟子となることを許されたのですか
胤栄
別に弟子ちゃう
阿厳
でもっ・・・・・・
直々に鍛えられた!!
胤舜を倒そうと狙った浪人を!!
何ゆえにですか!?
胤栄
・・・・・・・・・・・・
阿厳
こんな時に何ですが・・・・・・
胤舜の二代目を快く思っていない連中が相当います
胤栄
・・・明栄か?
腕の差は自身が一番わかっておろう
阿厳
ですが・・・・・・
胤栄
・・・何じゃ
阿厳
豪放磊落だった胤栄様に比べ胤舜は―――
胤栄
比べるな
阿厳
いえ、でも・・・・・・

胤舜の性根はどこか・・・なんと言うか
人として・・・・・・
不可解で・・・・・・
胤栄
お前もそう思うのか?
胤栄
お前もそう思うのか?
阿厳
いや・・・・・・でも・・・・・・

その不可解さが
彼らの恐れにつながり
反感が育っていく
そこへ胤栄様が武蔵を鍛えているという噂―――
阿厳
明栄らは勢いづき
院内は混乱しています・・・・・・・!!
胤栄
・・・緊迫感台無しじゃよ
べらべらしゃべるから
胤栄
阿厳よ
お前はなかなか見所がある故教えといてやろう
胤栄
わしゃもうじき死ぬ
阿厳
・・・・・・!!
胤栄
阿厳に問う

わしは・・・・・・
この宝蔵院覚禅房胤栄は・・・・・・
一体何のためにこの世に生れ落ちたか?
阿厳
それは・・・・・・!!
宝蔵院流槍術を興されました!
それを後々の世まで我々が伝えて・・・・・・
胤栄
技はの
阿厳
はっ!?
胤栄
技においてはわしが編み出し工夫して
皆に伝えたものも幾らかあろう
阿厳
幾らかなどと―――
全てです!
胤栄
じゃがの
じじいになり体もよう動かんようになってきてふと気づいた

わしは肝腎なものを二代目に伝えとらん
胤栄
師から受け継いだはずの肝腎なものを―――― ここにまだためとる

それを胤舜に伝えるまでわしゃ死ねん
胤栄
死ねん!
---
 
 
N
笠置山にある神戸(かんべ)の庄柳生谷――――

そこには土民が「お館」と仰ぐ大きな住居が構えてあるのだが、そのさらに奥には小さな山荘があり、質素ながらもある種の気風を持っていた。
その庭に白髪を総髪にした老体が立っており、ひとつ咳をした。
受けた手は赤く染まっていた。
柳生宗厳
・・・・・・・・・ふむ
N
ご老体―――柳生石舟斎はそれを拭うと、縁側に腰掛け星空を仰いだ。
柳生宗厳
76年・・・・・・
思えばよう生きてきた・・・・・・
お通
ふふっ
まだまだ―――っ!!
あと30年は生きられますよ大殿様なら!!
柳生宗厳
ん?

おつう―――
柳生宗厳
ここへ座れ
お通
風邪ひきますよ大殿様
眠れないんですか?
柳生宗厳
いや・・・・・・
お通
風邪がもとでポックリいくこともあるんで・・・・・・
柳生宗厳
ここに座っておれおつう
N
石舟斎の眼が俄かに鋭さを帯びた。
庭園の木々の中闇の一点を見据え、立ちあがった。
柳生宗厳
どなたか知らんが出てこられてはどうじゃ
何日も闇からつけ狙うのも飽いたろう
N
茂みの一端を揺らし、雅な身なりながらもひげを伸ばし放題にした男が現れた。
男―――祇園藤次は、武蔵と胤舜の一の立会いを見ていた者であり、そのすさまじさに自らの矜持を失った。
そして、せめて最期は、かつて天下無双と謳われた柳生石舟斎宗厳に挑んで死にたいと思い、ここに来たのだ。
まさしく問答無用。
祇園藤次は真剣を抜き放つと、無手の石舟斎に切りかかっていく。
お通
あっ!!
柳生宗厳
座っておれ!
N
次の瞬間には決していた。
祇園藤次は地に膝をつき、一方石舟斎は衣服を乱すこともなく。そしてその手には自らに向けられていた剣が握られていた。
騒ぎを聞きつけた柳生衆が駆けつけ、放心の祇園藤次を召し取ってゆく。
柳生宗厳
祇園殿
迷われたならわしなどではなく
まず師のもとへ戻られてはいかがか

剣に一心になればなるほど
いつしか錯覚していくもの・・・だが
柳生宗厳
あなたでさえ
ひとりで生きているのではないよ
N
石舟斎はふたたび、縁に腰を置いた。
柳生宗厳
なんという夜じゃ・・・・・・
寝るとするかの
お通
大殿様・・・・・・

初めて見ました
大殿様の・・・・・・
柳生宗厳
わしの・・・・・・何?
お通
兵法

あれも兵法?
剣の道・・・・・・というものなんですか?
柳生宗厳
む?
お通
さっきの大殿様はすごく静かな感じがした――――

私の知ってる剣ってもっと鬼気迫るような
修羅の世界のような――――
お通
見てて
泣きたくなるような
お通M
(抱きしめたくなるような――――)
柳生宗厳
・・・・・・それは宮本村の
例の幼友達のことかね?
お通
・・・・・・!

大殿様のはまるで正反対・・・・・・
柳生宗厳
そいつは今も生きとるのか?
お通
え―――!
生きてますよっ
柳生宗厳
名は?
お通
名は・・・宮本武蔵!!
N
その武蔵。胤舜との相対を続けている。
額には両者とも、先刻にはなかった汗の雫が見て取れる。
胤栄
経験があるか?阿厳
阿厳
はっ?
胤栄
気と気の対峙でうかつに動けず―――

しかしそういうときにこそ
両者の消耗は急速である
阿厳
あ・・・あの胤舜でもですか?
胤栄
よく見よ
阿厳
・・・むしろ・・・胤舜の方が・・・・・・・・・?
柳生宗厳
――――宮本・・・・・・武蔵じゃと!?

知らんなそんな奴
聞いたこともない
お通
ええ!?
柳生宗厳
誰なんじゃそいつは?
くわしく話してみい!お!?
お通
え・・・・・・
N
妙に食ってかかる石舟斎である。
柳生宗厳
宮本武蔵ってのは何者じゃ
剣の道を往く男か
お通
昔は新免武蔵(しんめんたけぞう)といったんですけどね
乱暴者で村のみんなから怖がられて・・・・・・
柳生宗厳
ずいぶん嬉しそうに語るもんよのうそいつのことは
いまいましい!

好きなのか?そいつが
好きなのかっ?
お通
・・・・・!!
お通M
(・・・・・・・・・)
お通
(照れ笑い)でへっ
柳生宗厳
(落ち込む)む・・・・・・・・・!!
柳生宗厳M
((悔しがる)宮本・・・・・・武蔵か)
柳生宗厳
修羅の道に生きる男か・・・・・・

わしもそうじゃった
師にめぐり逢うまでは――――
---
 
 
N
遡ること幾十年。
まだ石舟斎と名乗る前で、柳生但馬守宗厳(たじまのかみむなよし)と呼ばれていた頃のこと。
若き日の胤栄が柳生の新鋭宗厳とともに、きっての剛の者上泉伊勢守秀綱(かみいずみいせのかみひでつな)を招いての稽古を催したことがあった。

宝蔵院の広い庭では、柳生宗厳と伊勢守が二間ほどの間を置いて対峙している。
**柳生宗厳M
(天下無双の剣豪上泉伊勢守秀綱
 尊敬はしている
 しかし齢50を重ねているのも確か・・・・・・)
**柳生宗厳M
(この勝負俺がとる!!)
**胤栄
柳生殿っ・・・・・・!
**胤栄M
(気負いすぎではないか・・・・・・!?
 そんなに昂ぶっては真の実力は出せんぞ・・・・・・!!)
N
伊勢守の供の者にして、何という殺気と言わしめるほど宗厳は凄まじかった。
対して伊勢守は手に持つ棒を片手で、超然と構えているのみである。
**柳生宗厳
ハッ・・・ ハッ・・・ ハッ・・・ ハッ・・・
N
両者微動だにせず。
しかしながら宗厳は自らが一方的に疲労しているのを烈々と感じていた。
**柳生宗厳M
(うっ・・・気・・・・・・!!
 気にうたれているのか・・・・・・!?)
**柳生宗厳M
(違う
これは俺自身の気

俺の殺気)
**柳生宗厳M
(伊勢守に殺気はない
 まるでない

 何だ これは
 何だ!?)
**胤栄
誰もが認める当代随一の剣豪!!
かの武田信玄にもその腕をかわれ大名にと誘われているのにもかかわらず
それを一顧だにせず剣の追求のみに生きるという
天下無双・上泉伊勢守秀綱!!

しかし目の前のその人はこの胤栄の想像とはまったく違う――――
**胤栄
こんなにも静かなものなのか剣豪とは!?
**柳生宗厳M
(むううっ)
**柳生宗厳M
(吸い込まれそうだっ・・・・・・!!)
N
重圧に堪えかねた宗厳が動いた。
裂帛の気合とともに上段斬りを見舞う。
が。
**柳生宗厳
!?
**胤栄
・・・・・・!!
N
まさに瞬きひとつの間の後、宗厳の木剣は宙を舞っていた。
宗厳は自らの足元を転がる得物を見て初めて、勝負の行方を知った。
だが敗れた時の常、あの打ち据えられた痛みは無い。
**胤栄
く・・・
宝蔵院当主覚禅房胤栄!!
私にも是非一手ご教示を!!
N
代わって胤栄が入る。
伊勢守の返事も待たず木槍を構えた。ともすると伊勢守の手にある棒が目に入る。
**胤栄M
(なんだあの奇妙な棒は
 皮・・・・・・?
 中は竹か?)
**胤栄M
(およそ人を倒せる代物ではない・・・・・・!!)
N
後に竹刀と呼ばれる物の前身であるが、伊勢守はおもむろにそれを投げ捨てた。
**胤栄M
(それすらもいらぬというか!?
 おのれっ!!)
N
激した胤栄は大きな踏み込みとともに渾身の突きを放った。
しかし、またしても伊勢守を捉えることはなかった。
それどころか、胤栄の槍はその手を離れ、伊勢守の手の中にある。
**胤栄
ま・・・・・・参りましたっ・・・・・・!!
**柳生宗厳
なんと・・・!
**胤栄M
(わからん
 なぜ槍をとられた・・・!?
 一体どうやって)
N
しかしどうにもわからない。
手渡された木槍をじっと見る胤栄に、走り寄った寺男がもてなしの膳の用意が整ったことを告げた。
一同の足は堂に向く。
**柳生宗厳
今一度・・・・・・

今一度勝負を!!
**胤栄
柳生殿っ!!
**柳生宗厳
納得がいかんのです!!
私の負けは負け!!
しかし何故負けたのか・・・わからぬ!!
**柳生宗厳
今一度勝負を是非っ!!

勝負っ!!
N
詰め寄る宗厳の前に立ったのは、伊勢守の甥で弟子の疋田豊五郎だった。
**柳生宗厳M
(ナメるな小童!!)
N
見たところ二十を少し過ぎた男が差し出てきたことに、宗厳は怒った。
が、勝負は即座に終結した。
太刀筋に至るまで全く同じ形だった。
N
翌日も――――
さらにその翌日も鬼の形相で挑む宗厳であったが。

結果は同じだった。
**柳生宗厳M
(敵は誰なんだ?)
**柳生宗厳M
(踏みこめば不思議なあたたかさにとりこまれる
 吸いこまれるように

 倒そうと力を込めるほどにこの体は硬くなり
 自由を失っていく)
**柳生宗厳M
(敵はいない

 俺が対峙しているのは―――)
**柳生宗厳M
(いつの間にか俺自身?)


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